経路図作成(通気口限定)①:道しるべ
――面談室・記録開始
面談官:ゼルド=クロイツ
被面談者:第79期訓練生 トーキ=スリット
「……スキルは《経路図作成(通気口限定)》です」
少年は、面談室に入るなり椅子に深く座り、そう静かに告げた。
姿勢は真っ直ぐ。声も明瞭。けれど感情の起伏は最小限。
ゼルドは手元の記録紙に書き込みながら、眼鏡越しに一瞥をくれる。
「通気口限定、というのは、どういう制限か。明確に」
「建物内部にある通気口、あるいは換気経路──
その“おおよその配置”と“空気の通り方”がなんとなくわかります。
現場を歩けば、図にできます」
「地図精度は?」
「人に渡して使ってもらえる程度には。
施工会社の人に“設計図より当たってる”って言われたこともあります」
「ふむ」
ゼルドはメモを取る手を止めずに、小さく頷いた。
「来所理由。正直に」
「……応募しても、落ちるからです」
「ふむ」
「求人には“通気設計に明るい方歓迎”とか“設備保守経験者歓迎”とか書いてあるのに……
“スキル名が伝わらない”“意味がわからない”って言われて。
説明しても、“それって便利なんですか?”で終わることが多くて……」
「では、マイスキに何を求める?」
「……ちゃんと“伝わる場所”に推薦してほしいです。
実力はあるって、自分でも思ってます。でも、それだけじゃだめみたいで」
ゼルドは筆を止め、トーキを見た。
「理解はしている。自己評価に根拠もある。いい傾向だ」
そのタイミングで、面談室のドアがノックされた。
「ゼルドー、ちょっといい?地下資料館の通気見てくれるって子、ここ?」
顔を覗かせたのはカリナだった。
「そう。彼がトーキ。通気口経路作成スキルを有する」
「へぇ……君、地下の構造とか読めるの?」
「ある程度なら。図に起こすのも、得意です」
「それ、警備系でも便利だな……配置とか導線とか、使える場面多そうだ」
今度は背後から、工房服姿のシュロがひょこっと顔を出す。
「わしらのほうでも、古い空調の通りが気になっててな。ほっとくと粉塵が舞って危ないんや」
トーキは驚いたように2人を見たあと、小さく口を開いた。
「……こんなにすぐ、“わかってもらえる”と思ってませんでした」
ゼルドは即座に返す。
「ここは“わかる者が集まる場所”だ。通気を見てきたまえ。君が得意な環境は、すでにある」
「……ありがとうございます」
静かにそう答えたトーキの目には、
少しだけ、張り詰めていたものがほどけたような色が宿っていた。
【訓練所記録 第79期生:トーキ=スリット】
スキル名:経路図作成(通気口限定)
分類:環境構造認識型/補助支援スキル(インフラ・警備系特化)
初期面談・観察メモ
能力:通気構造の把握および図面化。構造予測・再構築に応用可能
認識:本人の実用性理解レベル高。就職活動での不適合経験あり
対応:現地実地訓練にて、価値を“視える形”に転換予定。ギルドまたは自治体推薦視野
教官メモ(ゼルド=クロイツ)
「“使えるスキル”が“伝わらない”という悲劇は、マイナースキル持ちに最も多い。
だが、彼はそれに挫けなかった。“見てもらえる場所”を求めた。
我々が為すべきは、記録と証明によって“価値”を可視化することだ」