湯加減③:たった2度のぬくもり
――面談室・進路相談記録
記録官:サーシャ=ベルモンド
「進路のこと、考えてる?」
サーシャは、ぽかぽかした昼下がりの面談室で、お茶を一口すすりながらそう尋ねた。
ヌル=ユカゲンは、そっと湯気を見つめて、首をかしげる。
「……考えては、いるんですけど。
“役に立った気がする”のと、“本当に向いてる”のって、違うのかなって……」
「うん。悩んでいいの。むしろ、ちゃんと悩める子は強いわ」
サーシャはにこっと笑って、カップを置いた。
「でもさ──君、この前、誰かに“ありがとう”って言われたでしょう?」
ヌルは、ぱちりと目を瞬かせてから、こくんとうなずいた。
「……はい。手を洗ったとき、温かくて安心したって」
「でしょ?」
サーシャは言葉を切らず、続ける。
「“誰かの不安を小さくする仕事”って、ちゃんとあるのよ。
たとえば──赤ちゃんのお世話。
ミルクの温度、お風呂の湯加減、肌に触れるタオルのぬくもり。
ぜんぶ“たった2度”で泣いたり笑ったりするのよ」
ヌルは、ゆっくりと視線を上げた。
「……泣いたり、笑ったり」
「うん。温度って、それくらい人を動かすの。
君はそれを“感じる”力があって、“気づける”子。
それに……やさしさを“続けられる”って、とてもすごいことよ?」
ヌルはしばらく黙ってから、ぽつりとつぶやいた。
「……保育所とか……育児の支援とか……そういうところで、
手を洗わせてあげたり、ミルクをあげたり……してみたい、かもです」
「それ、すっごくいいじゃない」
サーシャはまっすぐにそう言った。
「“2度だけ”って、誰かに言われたことあるかもしれないけど。
でもその2度が、“泣きたい気持ち”を“笑える気持ち”に変えられるの。
君のスキルは、そういう魔法よ」
ヌルは、小さく笑った。
その笑顔は、ちゃんと“あたたかかった”。
【訓練所記録 第79期生:ヌル=ユカゲン】
スキル名:湯加減
分類:微温調整スキル → 育児・支援対応型適正あり
最終評価メモ
内面変化:自己評価の向上・他者評価への実感が安定
適正進路:保育補助/育児支援員/生活サポート型ギルド所属 等
目標:本人より「“泣きたい気持ち”を笑顔にしたい」との進路希望あり
教官メモ(サーシャ=ベルモンド)
「小さな子って、ほんとに“ちょうどよさ”に正直なのよね。
ヌルくんの“ぬるさ”は、そういう心に寄り添える力だと思うの。
この子はもう、“やさしさを仕事にする”準備ができてるわ」