湯加減①:心にしみる”ぬるさ”
――面談室・記録開始
面談官:サーシャ=ベルモンド
被面談者:第79期訓練生 ヌル=ユカゲン
「……えっと、まずは、スキルの説明から、ですよね……?」
ヌル=ユカゲンは、もじもじと指先をこすりながら、小さく尋ねた。
その姿勢は、まるで“空気になろうとしている空気”。
サーシャはふふっと笑って、向かいの椅子に座る。
「うん、大丈夫よ。焦らなくていいから、ゆっくり話して?」
「……はい」
ヌルはしばらく考え、そっと視線を上げた。
「……ぼくのスキルは、“湯加減”っていって、
触った液体の温度を、ちょっとだけ変えられるんです。
……上げたり、下げたり、2度までなら」
「うんうん」
「でも、料理とかだと“ちゃんと温度管理できる”人がいっぱいいるし……
回復魔法みたいに“治す”力があるわけじゃないし……
……だから、あんまり役に立たないっていうか……」
最後の方は、だんだん声が小さくなる。
サーシャはくすっと笑って、手元のノートに何かを書きながら言った。
「──ねえ、ヌルくん。たとえば、寒い日に冷たいお水で手を洗うと、どう思う?」
「……つらい、です」
「でしょ?」
サーシャはにっこり笑う。
「じゃあ、手を洗う前に“ぬるま湯”にしてくれる人がいたら?」
「……うれしい、です。すごく」
「うん。私もそう思う。
だから、それを“毎回そっとやってくれる人”がいたら──
絶対、誰かの一日が、ちょっとやさしくなるのよ」
ヌルは、少し驚いたような顔をした。
今まで、そんな風に言われたことは、なかった。
「温度ってね、魔法みたいに派手じゃないけど、
“誰かを整える”力なのよ。気分とか、体調とか、動作のリズムとか──
人って、“ちょうどよさ”で変わるから」
ヌルは、少しだけ口元をゆるめた。
「……でも、ぼく、あんまり目立てないし……
気づかれないところでしか、できないっていうか……」
「うん。それでいいの。
気づかれない“やさしさ”が、いちばん沁みるんだから」
そう言ってサーシャは、そっとお茶を差し出した。
それは、完璧な“ぬるさ”だった。
【訓練所記録 第79期生:ヌル=ユカゲン】
スキル名:湯加減
分類:微温調整スキル(生活/癒し系)
初期面談・観察メモ
能力:液体温度を±2度範囲で上下させる(瞬間型)
発動条件:触れることで即時反応。視認されない環境が最も安定
性格:自己評価低め・遠慮深く控えめ/細部に強く反応する繊細型
教官メモ(サーシャ=ベルモンド)
「“ちょうどいい”って、本当にすごいことなのよ。
ヌルくんのスキルは、“不快をなくす”っていう、見えない価値。
この子のやさしさは、誰かの心を“ぬるく”守ってくれる気がするわ」