雑記 音を扱うということ
――「気づけるのは、繊細な証拠だ」
「……今後も君が“戦闘実習”の担当に入るとのことだったので、簡単に共有しておこう」
資料館の一角、記録室の奥。
訓練生たちが就寝した深夜帯に、カリナ=ラインベルは静かにゼルドの話を聞いていた。
「足音識別。対象:第79期生、エコー=ステップ。
スキルは“聴覚による個人特定”──ただし、記憶との照合に基づく主観的判断が中心だ」
「つまり、数値じゃなく“違和感”で判断するタイプか」
「その通り。
そして、彼のスキルにはもう一つの特性がある。
“変化”に気づく力が、異常検知よりも先に動いてしまう」
「先に、って……それって──」
「──直感的に“危ない”と感じるのに、それを言葉にする準備が間に合わない、ということだよ」
ゼルドは、静かに一冊の訓練ログを開く。
そこには昨夜の通報記録と、彼自身のメモが丁寧に記されていた。
「聞き分けられることと、説明できることは違う。
彼は、まだ後者の準備が足りない。
……気づけるのは、繊細な証拠だ。だが、その分、壊れやすくもある」
カリナは腕を組んだまま、少しだけ目を細めた。
「実戦向きじゃないって、こと?」
「いいや、逆だ」
ゼルドの声に、少しだけ温度が乗った。
「“気づける力”を、“行動に変える勇気”がある。
昨日の通報は、彼が“自分の判断”で選んだ。
それができた時点で──あとは環境と支援次第だ」
「……なるほどね」
カリナは資料を受け取りながら、わずかに笑った。
「言葉よりも、行動で信頼を勝ち取るタイプかも。
だったら任せなさいな。実習中に、彼が何に気づくか──私が見極めてみる」
ゼルドはうなずいた。
「それで十分だ。
……推薦に値する資質は、すでにログに残してある」
記録係の言葉にしては、ずいぶん感情のこもった一言だった。
カリナはそれを受け取るように、ゆっくりとその場を後にした。