足音識別③:何を聞いて、どう感じたか
――資料館・記録室
記録官:ゼルド=クロイツ
「……入っていい、ですか」
静かな声だった。
ゼルド=クロイツが記録棚を整理していたところへ、エコー=ステップが扉を開けて立っていた。
「構わないよ。君の記録は、ここに保管されているからね」
エコーは一礼して、資料館の奥へと歩いてくる。
その足音は、まるで床と会話するように、一定のリズムを刻んでいた。
「昨日の夜間通報の件──君の報告、すでに正式記録に反映されているよ。
カリナ教官の推薦文付きでね」
「……はい。ありがとうございます」
ゼルドは振り返らずに、書架に一冊のログを収めながら言った。
「君の足音は、以前よりもずっと安定している。
昨日の記録から、何か変わったことは?」
エコーは少しだけ考えて、それから言った。
「……多分、“自分の音”に気づいたから、だと思います」
ゼルドはその言葉に反応し、わずかに眉を上げた。
「以前は、他人の足音ばかり気になって、
自分が何を聞いて、どう感じているかも分からなかった。
でも、昨日初めて“気づけたことを伝えられた”ことで──
僕のスキルは、“怖いもの”じゃなくて、“使えるもの”かもしれないって、思えたんです」
ゼルドは静かにうなずき、作業を止めた。
「……そうか」
そして棚から、薄いファイルを一冊取り出す。
「これは“過去の未採用訓練生の記録”だ。
推薦されなかった者たちの記録も、こうしてすべて残っている。
だが、君の名は──ここには、入らないと思うよ」
エコーの目が、わずかに見開かれた。
「推薦は確約じゃない。
だが、“残したい”と誰かが思った時点で、それはもう価値のある記録だ」
エコーは言葉を探し、そして一言だけ返した。
「……ありがとうございます」
その声には、初めて“音の揺らぎ”がなかった。
【訓練所記録 第79期生:エコー=ステップ】
スキル名:足音識別
分類:知覚型スキル(感覚/警戒対応)
最終推薦前評価
心理傾向:静か・着実・報告精度向上
他訓練生との関係:一定距離保ちつつも補佐ポジションで信頼獲得中
推薦候補先:ギルド警備/自治体護衛支援/資料館内補佐(記録官補佐含む)
教官メモ(ゼルド=クロイツ)
「他人の音に気づける者は、貴重だ。
だが、“自分の音”に気づいた者は、それ以上に価値がある。
君はもう、“音に振り回される側”ではない。
音で、誰かを守れる側に、立っている」