足音識別①:足音には癖がある
――面談室・記録開始
面談官:ゼルド=クロイツ
被面談者:第79期訓練生 エコー=ステップ
「……つまり、“足音で個人を判別できる”と、君は言うわけだね」
ゼルド=クロイツは、記録端末から視線を上げずに言った。
声の抑揚はほとんどない。淡々として、冷静。だがその言葉の背後には、微かな好奇心があった。
「はい……でも、正確に識別できるっていうより、“違いがわかる”っていうか……」
「なるほど。“確信ではなく、違和感の記憶”という解釈でいいかな」
「……たぶん、そうです。重さとか、歩幅とか……その人っぽい、音があるんです」
「音響パターンによる身体情報の知覚的記憶……興味深いね」
ペンが走る音が、室内に小さく響く。ゼルドは構造的に記録を続けながら、もう一度だけ問いかけた。
「君は、訓練所に来てから、何か“おかしい音”に気づいたことは?」
「……何度か。呼吸が荒くなってたり、リズムが急に崩れたり。でも、そういうのって、僕が気にしすぎてるだけかと思って……」
「それが“気にしすぎ”で済むなら、我々の仕事は半分で済むよ」
ゼルドは記録の手を止め、ようやく顔を上げた。
「君のスキル、もし適切に活かすことができれば──
“警戒察知”や“警備補助”への応用も視野に入るのだが……その点は、理解しているかい?」
エコーは小さく首を振った。
「僕、そういうふうに考えたこと、なかったです」
「ならば、なおのこと適正評価が必要だね」
ゼルドは椅子から立ち上がり、壁際の端末を操作し始めた。
「この記録を、戦闘系のカリナ=ラインベル教官に転送する。“静音状況下での異変察知スキルの可能性あり”という注釈を付けて。……この件は、彼女の管轄だろう」
その背中を見ながら、エコーは静かに頷いた。
まだ自分のスキルがなんなのかは、よくわからない。
でも、“記録に残る何か”として扱われたことは、少しだけ誇らしかった。
【訓練所記録 第79期生:エコー=ステップ】
スキル名:足音識別
分類:知覚型スキル(感覚/未分類)→ 要戦闘分野評価
初期面談・記録官メモ(ゼルド=クロイツ)
内容:人物ごとの足音の違いを認識し、違和感検知が可能
精度:本人の意識では曖昧とするが、再現例・描写に一貫性あり
応用可能性:異常察知、行動変化の初期検出、精神・身体状態の変化観察
訓練生特性評価(初期)
反応傾向:聴覚過敏に近い集中型/反応は抑制傾向
性格傾向:寡黙・自責志向あり/“役に立つ実感”への渇望あり
教官所感:本人の自己認識に反し、スキルとしては高精度・高感度の傾向あり
評価官メモ(ゼルド=クロイツ)
「感覚に基づく認知記憶──曖昧なようで一貫性がある。君の“気になる”は、論理ではなく本能で選んでいる。これは記録係の領分を超えている。ここから先は、“戦う現場”での判断が必要だ。君のログは、カリナ=ラインベル教官に送っておく。君が気づけるものを、彼女なら“使い方”にできるだろう」