勇者①:一般的に知られていても母数から見たらマイナーって話
――面談室・記録開始
面談官:ヴィス=ノア
被面談者:第79期訓練生 セイル=ミナズキ
「……異世界召喚、されちゃったっぽいです」
最初に発した言葉がそれだった。
セイル=ミナズキは、椅子の端にちょこんと座りながら、どこか遠くを見ていた。
「記録開始」
静かにヴィス=ノアが応じる。
その声は、空気を圧迫することなく、ただ淡々とそこにあった。
「スキル名?」
「……《勇者》です」
「解析済み。全能力C+相当、特筆なし。典型的バランス型。適性突出なし。分類:評価困難系」
「……ああ、やっぱり……そうなりますよね」
セイルは苦笑した。
自分でも、わかっていた。
「来所理由」
「……ギルドでの活動がうまくいかなくて。
どこに行っても“期待外れ”って空気で……誰かの力になりたくて、ここに来ました」
ヴィスは目を細め、彼を一瞥する。
「“誰かの力に”──では、自分は?」
「……自分、ですか?」
「自分のために、何かをしたいとは思わない?」
セイルは言葉に詰まり、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……思っていいんでしょうか。
“勇者”って、そういうの……許されない気がして」
「固定観念。排除推奨。訓練目的:スキル理解および主体性の回復。初回内容:外周走行10周」
「えっ!? え、それ、あの、体力測定!?」
「見ればわかる」
「いやいや、見た目で“運動できなさそう”とか思われてません!?」
「……走れ」
「ひぃぃ、なんかもう逆らえない空気出してるぅ!!」
怒ると怖い”お姉さん”に睨まれ、セイルは半泣きになりながら立ち上がった。
でも、その背中には、ほんの少しだけ、重みが抜けたような気配があった。
【訓練所記録 第79期生:セイル=ミナズキ】
スキル名:勇者
分類:全能力C+/器用貧乏系スキル(戦闘・支援・生活複合型)
初期面談・観察メモ
能力構成:全能力C+基準、突出能力なし、特化適性不明
性格傾向:自己評価低/周囲期待に過剰反応/孤立傾向
行動動機:「誰かの役に立ちたい」→自己肯定より他者依存寄り
教官メモ(ヴィス=ノア)
「勇者──その名に縛られて、最も大切な“自分”を見失う傾向あり。
この訓練所においては、肩書きより、心の立ち位置を正すことが最優先。
“自分である勇者”になること。それが彼に与えるべき最初の課題だ」