雑記 怒ると怖いという噂
――「あの人が怒った時は、絶対にウソがない」
静かに怒る人がいちばん怖い──って、誰かが言っていた。
訓練所で暮らすようになって、僕も少しだけそれがわかってきた気がする。
その日、生活訓練の後の片付けの時間だった。
「なーなー、またソーニャかよ、聞き役頼りすぎじゃね?」
笑いながら誰かが言った。
悪意があったわけじゃないと思う。
その場も、軽く笑って流れそうだった。
だから僕も、笑って言ったんだ。
「……ううん、大丈夫だよ。僕、話聞くの好きだから」
でも──
「大丈夫じゃねぇよ、それは」
その瞬間、空気が凍った。
レオン先生の声だった。
いつものやわらかい調子じゃない。
“アタシ”じゃなく、“俺”の声だった。
「本人が“好きだから”って言ってんだから、いいだろって? ……それは違うだろ。
好きでも、平気でも──限界があるんだよ、人間には」
誰も、何も言わなかった。
僕も、言えなかった。
「ソーニャはな、“話を聞くスキル”はあるけどな、“話されすぎて苦しい”なんてスキル、持ってねえよ」
その言葉が、胸に刺さった。
レオン先生が、本気で怒っているのを初めて見た。
それが──僕のためだったって、あとで気づいた。
面談のあと、先生は何も言わずに隣に座ってくれた。
僕も、何も言えなかったけど──
でも、なんか、胸の奥がちょっとだけ温かかった。
……本音って、誰かを困らせるかもしれない。
でも、もしかしたら、守ってくれる人もいるのかもしれない。
そう思えたことが、
僕が“カウンセラーになりたい”って、ちゃんと願えた理由かもしれない。