空返事マスター③:誰かの声を聞いてあげたいって、思えるんです
――面談室・記録再開
面談官:レオン=リグレイ
被面談者:第79期訓練生 ソーニャ=トーン
「……あの、先生。今日、もう一回だけ、お話できますか」
昼下がり、生活訓練の後。
ソーニャは面談棟の前に立ち、そっとレオンに声をかけた。
「もちろんよぉ。アタシ、暇だけは得意だからねぇ」
冗談みたいな声で返したレオンは、すぐにいつもの真面目な口調に戻った。
「どうしたの? 君から話しかけてくれるなんて、ちょっと嬉しいな」
「……昨日、ちょっと考えてたんです。
このスキル、“空返事マスター”って、便利だけど、やっぱりずっと怖かったなって」
「うん。聞いてるようで、君の声が消えるスキル──だったね」
「はい。
僕、ずっと“誰かの役に立ちたい”って思ってたけど、ほんとは……ただ“役に立ってる間は、自分のことを考えなくてすむ”ってだけだったのかもしれないです」
ソーニャは、膝の上で指を軽く組み直す。
「でも……この前、話しかけられた時、どうしても言いたくなったんです。
“僕はどう思うか”って、初めて聞かれた気がして──言わなきゃって、思ったんです」
レオンは何も言わず、頷いた。
「……僕、最初はこのスキルがあるから、“カウンセラー”になろうって思ってました。
でも今ならわかります。
スキルがあるから、じゃなくて──“ちゃんと話せなかった自分”がいるから、誰かの声を聞いてあげたいって、思えるんです」
「……」
「僕、やっぱりカウンセラーになりたいです。
スキルで聞くんじゃなくて、“聞く覚悟”を持って、話す人を大事にできる……
そういうカウンセラーに、なりたいです」
沈黙の中、レオンは静かに息をついた。
「……あら、困ったわねぇ」
「えっ?」
「アタシ、そのまま推薦文に書いちゃいそう」
「……それは、ちょっと恥ずかしいです」
「でも──本音で言った言葉って、恥ずかしいくらいがちょうどいいのよ」
レオンは微笑んだ。
それは、今度こそ、ちゃんと“返ってきた言葉”だった。
【訓練所記録 第79期生:ソーニャ=トーン】
スキル名:空返事マスター
分類:対話補助スキル(模倣型)→意志表出型との併用観察中
面談評価ログ(再面談時)
精神状態:安定/本人より進路希望の明確な表明あり
スキル使用傾向:精度維持/自己意志の併用が増加傾向
対人関係:受容→交流へ/相談ではなく“会話”が増加中
評価官メモ(記録教官:レオン=リグレイ)
「“聞く”ことと“話さない”ことは違う。
彼はそれを理解した上で、自分の声を選んだ。
スキルに頼らず、誰かの言葉を受け止めたいという願いは──
きっと、あの子の中にずっとあった本音なんだと思う。
それを話せた今、彼はもう、ただの“聞き役”じゃない。
“対話者”の第一歩を、ちゃんと踏み出したわよ」