空返事マスター②:僕の番
――訓練所・生活棟中庭付近
記録官:レオン=リグレイ(聞き取りメモ抜粋)
「……でさあ、どう思う? やっぱり、僕が我慢するしかないのかなあ」
「……うん、それは……つらいよね」
「わかってくれる? なんか、ソーニャくんに話すと落ち着くんだよなー。ありがと!」
「……ううん。全然、だいじょうぶ」
「やっぱ、聞き上手って得だよな。助かるわー!」
……また、僕の番は来なかった。
ここ数日、僕は毎日誰かの“相談相手”だった。
訓練での不満、寮での愚痴、食堂での気まずさ。
みんな“話を聞いてくれる人”を求めていた。
そして僕は、たしかにその役に立てていた。
でも──
「ねえ、ソーニャはさ、どう思う?」
その質問だけには、毎回、言葉が出てこなかった。
“どう思う?”
“君はどうしたいの?”
それがいちばん苦手だ。
僕の気持ちなんて、誰も知らなくていいのに。
なのに、なぜか、聞かれたとたんに答えられなくなる。
夜。寮のベッドで目を閉じても、頭の中は静かにならなかった。
──僕のスキルって、
人の言葉を聞くことじゃなくて、
自分の言葉を、閉じるスキルなんじゃないかって。
【訓練所記録 第79期生:ソーニャ=トーン】
スキル名:空返事マスター
分類:対話補助スキル(模倣型)
共通カリキュラム期間内・生活観察
傾向:会話受容の頻度増/他訓練生からの評価「話しやすい」多数
問題点:相談量増加により心理疲労が蓄積/本人による発信行動ゼロ
教官対応:レオン教官による“共感負荷”への注意喚起指示あり
評価官メモ(レオン=リグレイ)
「“ありがとう”を言われるたびに、彼は少しだけ遠くなる。
人の声を受けすぎて、自分の声が聞こえなくなる──
感応系にとって、それはとても危うい兆候よ。
アタシ、そろそろ彼に“話を聞く人”から“話をさせる人”になるわね」