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2.届いた声

 夕食を終えたエレインは、人目を避けるように秘密の書斎へと足を運んだ。過去二度の放送で「電信魔法でお便りをお待ちしております」と告げていたものの、こんな得体の知れない相手にメッセージをくれるだろうか……。不安と期待を抱えながら、日がなそわそわして過ごしていたのだった。


 彼女は書斎の隅に置かれた古びた受信用の魔法水晶に手を当て、小さく呟いた。


「『レディ・ミッドナイト』宛、受信」


 そっと魔力を流し込むと、水晶が淡い光を放ち始めた。エレインは息を呑む。メッセージが届いていたのだ。


 水晶の上に青白い光が漂い、まるでホログラムのように文字が浮かび上がった。


「レディ・ミッドナイト様。あなたの放送を聴いて、勇気をもらいました。わたしは王都から離れた村に住む、とある薬草師の娘です。毎晩こっそり魔法水晶を調整して、あなたの放送を楽しみにしています。異世界の音楽は本当に美しく、この世界にはない不思議な感覚をもたらしてくれます。もし良ければ、恋愛相談に乗っていただけないでしょうか……」


 以下は「恋愛相談」の言葉通り、彼女の切実な思いが綴られていた。

 エレインは胸に手を当てた。本当に誰かの心に届いていたのだ。しかも王都から離れた村まで。想像以上に広範囲に電波――ではなく魔力が飛んでいるようだ。


 彼女は再び魔力を流し込んだ。別のメッセージが浮かび上がる。


「レディ・ミッドナイト様。あなたの声は魔法のようです。私は王宮警備を担当する騎士ですが、夜勤中にあなたの放送を偶然聴きました。異世界からの音楽と知恵――とても興味深いです。魔法省が発信源を探しているという噂もありますが、私はあなたの放送が続くことを願っています」


 王宮の騎士まで聴いているとは。私のような得体の知れない相手に明かしてよい身分じゃないのでは……。

 うれしさと同時に、少し緊張も覚えた。


 ジョセフの言葉を思い出す。魔法省が調査を始めているという。危険かもしれない。

 でも――エレインは決意を固めた。この放送を通じて、誰かの心に触れることができるなら、リスクを冒す価値はある。


 彼女は窓の外を見やった。日が沈み、そろそろ放送の時間が近づいていた。



 *



「こんばんは、皆様。『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』へようこそ。お相手は、レディ・ミッドナイトです」


 いつもの離れの書斎。エレインは魔法装置の前に座り、柔らかい声でマイクに語りかけた。


「本日は嬉しいことに、複数のお便りをいただきました。この放送が誰かの心に届いていることを実感し、とても幸せです」


 エレインは受信した内容を思い出しながら話し始めた。


「まずはラジオネーム『薬草の香り』さんからのお便りです。『村で出会った商人の息子さんに好意を抱いているのですが、身分の差を感じて告白できません。彼は来月また村に来るそうです。どうしたらよいでしょうか』」


 エレインはほんの少し考えてから、優しく語りかけた。


「薬草の香りさん、お便りありがとうございます。恋は人の心を豊かにする素晴らしいものですね。わたくしの故郷では、身分の差は恋愛の障害とはならないことが多くありました。大切なのは互いの気持ちです」


 エレインは窓の外の月を見つめながら続けた。


「とはいえ、この世界にはまだ身分制度が根強く残っていることも理解しています。でも、それでも諦める必要はありません。まずは友人として、あなたの作る薬草茶をプレゼントしてみてはいかがでしょう? あなたの腕前を知ってもらうことで、自然な会話が生まれるかもしれません」


 そして少し含み笑いをしてから。


「そして、薬草師としての知識は商人にとっても貴重なもの。あなたの価値を見出してくれる人であれば、きっと身分を超えた関係も可能でしょう。次回彼が村に来たときには、勇気を出して一歩踏み出してみてください。その結果がどうであれ、行動しなかった後悔よりも、ずっと価値あるものになるはずです」


 エレインは自分自身の言葉に、少し感慨深い気持ちになった。前世でラジオパーソナリティをしていた頃、何度同じようなアドバイスをしたことだろう。それでも、一人一人の悩みに真剣に向き合うことの大切さは、世界が変わっても変わらない。


「さて、次はラジオネーム『月下の騎士』さんからのお便りです。『レディ・ミッドナイト様、異世界では恋愛事情はどのようなものなのでしょうか。この世界では身分に応じた結婚が当たり前ですが、あなたの世界ではどうだったのでしょう』」


 これは微妙な質問だった。エレインは言葉を選びながら答えた。


「月下の騎士さん、興味深い質問をありがとうございます。わたくしの故郷では、恋愛と結婚は基本的に個人の自由意志によるものでした。もちろん、家柄や財産が全く関係ないというわけではありませんが、多くの人々は『愛』を最も重視していました」


 エレインは少し間を置いて続けた。


「たとえば、一般的な恋愛の始まり方は……お互いを知り、時間を共有し、心が通じ合ったと感じたら『告白』をする。そして交際を経て、将来を誓い合う――それが自然な流れでした」


 彼女は少しだけ前世の記憶に浸った。


「ただ、どの世界でも変わらないのは、相手を大切に思う気持ち。騎士である貴方の誠実さと優しさは、きっとどんな世界でも価値あるものですよ」


 少し気恥ずかしくなって、エレインは話題を変えた。


「さて、今夜は異世界の『愛の詩』をご紹介しましょう。わたくしなりに訳してみました」


 エレインはシェイクスピアのソネットを思い出しながら、この世界の言葉で一篇を朗読した。言葉のリズムと韻を大切にしながら、愛の普遍性を表現する詩。終わると、彼女は静かに続けた。


「愛とは時に苦しみをもたらすものですが、それでも人は愛を求め続ける。それはどの世界でも変わらないのではないでしょうか」


 噛みしめるように告げると、彼女は再び話し始めた。


「……そろそろお別れの時間です。今夜も最後まで聴いてくださり、ありがとうございました。明日もこの時間に、また皆様とお会いできることを楽しみにしています。どうぞ良い夢を」


 最後に彼女は小さく付け加えた。


「そして、もしこの放送が誰かの心を少しでも軽くしたなら、それがわたくしの喜びです。おやすみなさいませ」


 放送を終え、魔法装置の光が消えると、エレインは深く息をついた。今日も無事に放送を終えることができた。しかし、問題は魔法省の調査だ。どれだけ長く続けられるだろうか。


 そんな不安をよそに、彼女は次の放送のことを考え始めていた。



 *



「最近、街の人々が『レディ・ミッドナイト』の噂で持ちきりだそうですわ」


 翌日の午後、王立学院の休み時間。ソフィアがお茶を飲みながらエレインに話しかけた。


「本当? あなたは聴いたことがあるの?」


「はい! 昨夜ようやく聴くことができましたの。とても素敵な声の方で、異世界からの知恵を分けてくださるのですって」


 エレインは微笑みながらティーカップを手に取った。自分のことを話されているのに、知らないふりをするのは少し滑稽だった。


「わたしもぜひ聴いてみたいわ。どうやって聴くの?」


「魔法水晶の裏側に小さな調整用の突起があるでしょう? それを反時計回りに三回転させると、不思議な波動に切り替わるのです」


 エレインは驚いた。偶然見つけ出すにはかなりハードルが高い方法だ。それがこんなに短期間で広まるとは想定外だった。何者かの意思を感じないでもないが……もっとも、彼女自身が前世でラジオを聴く際、様々な周波数を探したことがあったのを思い出す。


「まあ、面白そうね。今度試してみるわ」


 その時、エレインの視界に見覚えのある人物が入ってきた。王立魔法院から派遣された視学官、アーサー・グレイストーン。彼は魔法省の要職にあるとも噂されている人物だ。


「皆さん、お静かに」


 アーサーが教室の前に立ち、厳しい表情で告げた。


「最近、未許可の魔法波動が検出されています。『レディ・ミッドナイト』と名乗る者による放送だそうですが、聴いている人はいますか?」


 教室に緊張が走った。エレインは平静を装いながらも、心臓が早鐘を打つのを感じた。


「ご安心を。これは単なる調査です。罰則を与えるつもりはありません。むしろ、その放送の特徴を知りたいのです」


 数人の生徒が恐る恐る手を挙げた。ソフィアも含まれている。


「昨夜、初めて聴きました……」

「とても美しい音楽でした」

「異世界のお話が興味深くて……」


 アーサーは一人一人の話を聞き、メモを取っていく。そして最後に告げた。


「魔法省としては、未許可の魔法使用を取り締まる義務があります。この『レディ・ミッドナイト』の発信源を突き止めなければなりません。情報をお持ちの方は、ぜひお知らせください」


 エレインは不安を感じながらも、表面上は興味深そうに聴いていた。ついに当局が動き出したか。これからどうしたらいいのだろう。


 アーサーが去った後、クラスメイトたちが興奮して話し合っている。


「でも、レディ・ミッドナイトは悪いことをしてないと思うわ」

「私も放送を聴いてみたい!」

「今夜も放送はあるのかしら?」


 エレインは黙って彼らの会話を聴いていた。ここまで人々の関心を集めているとは。


 それだけに、もし正体が公爵令嬢だと知れたら……。彼女は想像するだけで身震いした。



 *



 その夜、エレインは放送するかどうか悩んでいた。魔法省が動き出していることを考えると、今すぐ止めるのが賢明だろう。でも――。


 彼女は再び秘密の書斎へと向かい、受信用の魔法水晶に魔力を流した。すると次々と光の文字が浮かび上がる。今日は五通ものメッセージが「レディ・ミッドナイト」宛に届いていた。貴族の娘、商人の息子、老紳士、村の教師……様々な人からの声。それぞれに悩みや感謝の言葉が綴られている。


「だからこそ、続けなくちゃ」


 決意を新たに、エレインは放送用の魔法装置のスイッチを入れた。魔法省の調査が及ぶ前に、少なくとも今夜の放送はやり遂げようと。


「こんばんは、皆様。『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』へようこそ。お相手は、レディ・ミッドナイトです」


 いつもの挨拶で放送を始める。今夜も誰かの心に届けば――。


 窓の外では、満月が優しく輝いていた。



つづく


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