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公爵令嬢の異世界ラジオ~完璧令嬢が深夜放送を始めたら、貴族社会が少しずつ変わり始めました~  作者: アムリ


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12/12

12.公爵令嬢の異世界ラジオ

 王都は春の訪れを告げる風に包まれていた。人々は通りを行き交い、いつもとは少し違う活気に満ちていた。なぜなら、今日は「公爵令嬢のミッドナイトサロン」の初放送の日だったからだ。


 エレインは学院の講堂で準備に追われていた。かつての秘密の放送と違い、今では多くの協力者たちが彼女を支えている。


「この配置でよろしいでしょうか、エレイン様」


 技術係の青年が、慎重に魔法水晶を調整しながら尋ねた。


「ええ、完璧よ。これなら街中に届くわね」


 エレインは満足げに答えた。もはや隠れて放送する必要はなく、堂々と彼女の声を世界に届けることができる。その喜びと責任の重さを、彼女は同時に感じていた。


「エレイン!」


 ソフィアが興奮した様子で駆け込んできた。手には一枚の紙切れを握りしめている。


「何かしら?」


「見て! 今日の放送を告知するポスターよ。町中に貼られているの!」


 確かにそこには「本日、公式初放送! 『公爵令嬢のミッドナイトサロン』」と華やかな文字で書かれていた。エレインは思わず苦笑いした。


「この番組名、本当に変えられないのかしら……」


「だめよ! もう決まったことなんだから」


 ソフィアは得意げに言った。「それに、この名前はみんなにも好評よ。『レディ・ミッドナイト』と『公爵令嬢』の両方を感じられるって」


「……わかったわ」


 エレインは諦めの表情を浮かべたが、本当は嬉しかった。秘密の放送から公認の放送へ――その変化を象徴する名前だったからだ。



 *



「皆さん、こんばんは。公爵令嬢エレイン・フォン・ロルファートです」


 いつもの放送時間になり、エレインは穏やかな声で語りかけた。しかし今回は、書斎や離れの音楽室ではなく、学院の講堂から。そして「レディ・ミッドナイト」ではなく、自分自身の名前で。


「今宵から始まる『公爵令嬢のミッドナイトサロン』へようこそ」


 講堂には特別に招待された観客たちがいた。エレインは前世の公開放送の様子を思い出して懐かしい気持ちになる。


 前列にはソフィアや父、そして魔法省からマルセルとグレイストーン視学官の姿も。皆、彼女の放送を温かく見守っている。


「……この数週間、本当に多くのことがありました。レディ・ミッドナイトの正体を明かし――私自身も大きく変わりました」


 エレインは静かに微笑んだ。


「でも変わらないのは、この放送が皆さんの心の光になりたいという思い。今宵も、どうか共に過ごしてください」


 彼女の手で魔法水晶に魔力を注ぐと、美しい音色が流れ始めた。これまでより澄んだ音質で、町中に届いていく。


「最初の曲は、新しい始まりにふさわしい一曲を」


 エレインはかつてないほど自由に感じていた。もう隠れる必要はない。自分らしさを解放して、そして多くの人を幸せにする力を持つ放送が、今始まろうとしていた。



 *



「どうでした?」


 最初の公式放送を終えたエレインに、微笑むマルセルが声をかけた。周囲の人々が片付けている中、二人は少し離れた場所で話していた。


「緊張しました。でも、とても充実していました」


 エレインは頬を紅潮させながら答えた。


「素晴らしい放送でした」


 マルセルは柔らかな表情で彼女を見つめた。「特に教育改革について語った部分は感動的でした。多くの人の心を動かしたはずです」


 放送の中で、エレインは才能ある若者に平等な教育機会を与えることの重要性について語った。その例として、とある薬草師の娘――リリーの成長を紹介したのだ。


「……本当に?」


「ええ。実はリリーの件をきっかけに、魔法省でも平民の新たな教育支援制度を検討し始めているんです。奨学金の適用範囲を広げたり、無償、または少額で教育を受ける場を設けたり……」


 エレインは驚いた表情を浮かべた。


「そんな……私の放送が、そこまで影響するなんて」


「貴女の言葉には力があるんだ、エレイン」


 マルセルは彼女の手を優しく取った。「それに、公爵令嬢としての影響力も無視できない。二つの力が合わさったからこそ、変化が生まれたのです」


 その時、グレイストーン視学官が近づいてきた。


「ロルファート令嬢、素晴らしい放送でした」


 かつての敵対者は、今や彼女の理解者となっていた。


「ありがとうございます、視学官」


「それで、お伝えしたいことがあります」


 グレイストーンは真面目な表情で続けた。


「あなたの放送技術を基に、魔法省では緊急放送機構の開発を進めることになりました。災害や事故の際、迅速に情報を伝えることができれば、多くの命が救えるでしょう」


 エレインは嬉しさで胸がいっぱいになった。彼女の小さな秘密の放送が、国全体を動かす大きな力となっていたのだ。


「ぜひ協力させてください」


 彼女は力強く答えた。アーサー・グレイストーンは満足げに頷き、マルセルと共に去っていった。



 *



 翌朝、エレインは父と朝食を取りながら、新聞に目を通していた。


「まあ!」


 彼女は驚きの声を上げた。新聞の一面には「公爵令嬢の放送、大反響――新時代の幕開け」という見出しが躍っていた。


「期待通りだな」


 ロルファート公爵は穏やかに微笑んだのち、静かに目を伏せた。


「お前の放送は、単なる娯楽にとどまらない。社会を変える力を持っているんだ。それだけに……その力の振るい先を誤れば、目も当てられぬことになるだろう。ゆめゆめ忘れるな」


「はい、肝に銘じます」


 前世では行政・立法・司法の三つの権力に次いで、マスメディアが「第四の権力」と言われていた。音声放送を事実上独占している現在、エレインの影響力は相当なものだろう。


 そう考えると、姿勢の良いエレインの背筋がさらに伸びた。


 また、新しい技術の本質を見抜く今世の父の慧眼に、エレインは尊敬の眼差しを向けた。


 そこに執事のジョセフが入ってきた。


「お嬢様、多くの手紙が届いています」


 彼は大きな袋を持っていた。中には数百通もの手紙がぎっしりと詰まっていた。


「これが全部、私宛て?」


「はい。昨夜の放送への感想や、今後の番組へのリクエストが主のようです」


 エレインは一通の手紙を開いた。それは小さな子供からの素朴な感想だった。


「『お姫様みたいな人の声が、うちまで聞こえてきて嬉しかったです』……!」


 彼女の目に涙が浮かんだ。これまで匿名で行ってきた放送が、今では彼女の名前と共に人々の心に届いている。その事実が、エレインを温かい気持ちで満たした。


「やっと本当の意味で、私自身の声を届けられるようになったのね」



 *



 それから一週間ほどが経ち、エレインは放送の準備のため学院へ向かっていた。馬車の窓から見える街並みに、小さな変化を感じる。人々の表情が明るく、活気に満ちているのだ。


「ここで降ります」


 エレインは通常より少し手前で馬車を止めるよう告げた。少し歩きたい気分だったのだ。


 街を歩いていると、小さな広場で若者たちが集まっているのが見えた。彼らは何やら議論をしているようだ。


「でもね、公爵令嬢の言うように、私たちにも声を上げる権利はあるんだ!」


 若い女性が熱心に話していた。


「そうよ! 身分や立場に関係なく、意見を表明できる場所があるべきだわ」


 エレインはその会話を聞いて足を止めた。彼らは彼女の放送について話していたのだ。


「あの……」


 エレインが声をかけると、若者たちは驚いた表情を浮かべた。


「え!? エレイン・フォン・ロルファート様!?」


「お話、聞かせていただいていいかしら?」


 最初は緊張していた若者たちも、エレインの優しい態度に次第にリラックスしていった。彼らは放送を聴いて感銘を受け、自分たちも何かを始めたいと思うようになったのだという。


「私たちも、小さな放送を始められないかと考えているんです」


 青年の一人が恐る恐る言った。


「魔法省の許可が必要でしょうが……私たちのような平民でも、社会に声を届ける機会があればと」


 エレインは嬉しさで胸が熱くなった。


「素晴らしいわ! ぜひ挑戦してみて」


 彼らを励ましたエレインは、ふと思いついた。


「ちょうどこれから放送の準備に行くところなのだけど、もし良かったら見学に来ない? マルセル卿――魔法省の方も来るから、認可の相談もできるかも」


 若者たちの目が輝いた。


「本当ですか!?」


 エレインは彼らと共に学院へ向かった。彼女の放送が人々の中に芽生えさせた小さな勇気の種が、今、花開こうとしていた。



 *



 一月ほどが過ぎた夜、放送の準備が整いつつあった。


 現場は『公爵令嬢のミッドナイト・サロン』の放送開始当初よりもさらに人影が多い。


 エレインの提案により、彼女の放送の後、若者たちによる短い放送枠が設けられたのだ。


 とはいえ一般放送をするわけではない。魔法省にのみ発信される試験放送のようなものだった。


「もうこれで三度目なのに……何度やっても緊張するわ」


 放送器具の前で、若い女性がつぶやいた。


「大丈夫よ」


 エレインは彼女の肩に手を置いて微笑んだ。


「皆、緊張するものよ。私も初めての放送(・・・・・・)は、声の震えを抑えるのに必死だったの。数年続けてようやく慣れてきたものだわ」


「そんな……信じられません」


 エレインの言う「数年」という期間には違和感を覚えてもおかしくなかったが、緊張のあまり気づかなかったようだった。


 そこにマルセルが入ってきた。


「おや、新しい仲間が増えたようですね」


 彼は若者たちに優しく微笑みかけた。


「エレイン、魔法省からの良い知らせが」


 マルセルはエレインに近づき、小声で伝えた。


「若い世代の声を届ける『若人の広場』という放送枠を、月に一度設けることが承認されました」


「まあ! 本当?」


「ええ。貴女の放送の成功を見て、長官も前向きになったのでしょう。試験放送にも好意的でしたよ」


 エレインは感激で言葉を失った。彼女の放送がきっかけとなり、更なる変化が生まれようとしていた。


「皆、聞いて!」


 彼女は若者たちに振り向いた。


「あなたたちの放送が、正式に認められることになったわ!」


 歓声が上がった。若者たちは喜びに満ちた表情で互いを見つめ合い、中には感極まって涙ぐむ者もいた。


「エレイン様のおかげです」


 青年の一人が深々と頭を下げた。


「いいえ、あなたたち自身の熱意があったからこそよ」


 エレインはそっと微笑んだ。「さて、まもなく放送の時間です。今日は特別な夜になりそうね」



 *



「皆さん、こんばんは。エレイン・フォン・ロルファートです」


 いつものように、エレインは放送を始めた。観客席には父や友人たち、そして今日初めて出会った若者たちの姿があった。


「今宵は『分かち合うことの喜び』というテーマでお送りします」


 彼女は静かに語り始めた。心の内にある思いを、言葉という形で表現し、それを誰かと分かち合う喜び。そして、それがどのように社会を変えていくのか。


「一人一人の声は小さくとも、それが響き合えば、大きな波となります」


 エレインの言葉は、静かに、しかし力強く聴衆の心に届いていった。


「そして今日、私には皆さんに特別なお知らせがあります」


 彼女は若者たちの方を見た。


「この放送の後、初の試みとして『若人の広場』という新しい放送枠が始まります。この社会に生きる、若い世代の声をぜひお聴きください」


 観客からは驚きと期待の声が上がった。エレインは放送を進め、最後に彼女の心に残る言葉で締めくくった。


「言葉には人の心を動かす力があります。そして、その力は身分や立場に関係なく、誰もが持っているもの」


 彼女はマルセルと目を合わせ、優しく微笑んだ。


「この放送が、皆さんの心に小さな光を灯すきっかけになれば幸いです。それでは、また来週お会いしましょう」


 音楽の演奏を終え、エレインの放送は終了した。そして、若者たちの放送が始まった。彼らは緊張しながらも、懸命に自分たちの言葉で語りかけていた。


 その姿を見守りながら、エレインは心から幸せを感じていた。



 *



 放送が全て終わり、エレインはマルセルと共に夜の庭園を歩いていた。満月の光が二人を優しく照らしている。


「素晴らしい放送でしたね」


 マルセルは彼女の手を握りながら言った。


「ありがとうございます。でも、まだ始まったばかりです」


 エレインは夜空を見上げた。「これからどんな変化が訪れるのか、楽しみですが、すこし怖くなることもあります」


「一つ確かなことは」


 マルセルは彼女の前に立ち、両手を取った。


「あなたが多くの人の人生を変えたということです。そして、私の人生も」


 彼の真摯な眼差しに、エレインの胸は高鳴った。


「マルセル……」


「エレイン、改めて言葉にします。私は、貴女と共に歩んでいきたい」


 彼は静かに告げた。「この国の未来を、貴女と共に創っていきたい」


 エレインはゆっくりと頷いた。彼女の中には、確かな答えがあった。


「私も、あなたと共に歩みたい」


 二人の唇が優しく触れ合った。月明かりの下、新たな誓いが交わされた瞬間だった。



 *



 それから一ヶ月後、エレインは新しい放送室で準備をしていた。魔法省の一角に、最新の設備を備えた専用の放送室が設けられたのだ。


「今日はどんな内容ですか?」


 助手となった若い女性が尋ねた。彼女は「若人の広場」の放送者の一人だった。


「今日は『夢の共有』について話すわ」


 エレインは微笑んだ。「一人一人の夢は小さくても、多くの人が共有することで、大きな現実になっていくという話」


「素敵ですね!」


 彼女が答えようとしたその時、ドアが開き、マルセルが入ってきた。彼の表情は明るく、何か良い知らせがあることを予感させた。


「良い報告があります」


 彼は彼女に近づき、小さな地図を広げた。


「王都だけでなく、周辺の街にも放送を届ける準備が整いました。次回の放送から、王国全土に声を届けられるようになります」


「まあ!」


 エレインは感激で目を見開いた。彼女の小さな一歩が、こんなにも大きな変化をもたらすとは。


「これも皆さんの協力があってこそです」


 彼女は感謝の気持ちを込めて言った。マルセルは彼女の手を取り、優しく微笑んだ。


「さあ、放送の準備をしましょう。多くの人があなたの声を待っています」


 エレインは頷き、放送席に向かった。かつての秘密の部屋から始まった彼女の放送は、今や多くの人々の希望の光となっていた。


「皆さん、こんばんは。エレイン・フォン・ロルファートです」


 彼女の声が、水晶を通して遠くへ、遠くへと届いていく。


「今宵の『公爵令嬢のミッドナイトサロン』へようこそ」


 窓の外では、星々が優しく瞬いていた。新しい時代の幕開けを告げるかのように。



おわり

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