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公爵令嬢の異世界ラジオ~完璧令嬢が深夜放送を始めたら、貴族社会が少しずつ変わり始めました~  作者: アムリ


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10/12

10.追い詰められて

 その日の午後、エレインは書斎で落ち着かない様子でマルセルの訪問を待っていた。窓から差し込む柔らかな光が、彼女の銀色の髪を輝かせている。


「お嬢様、ブランシュタイン卿がお見えになりました」


 ジョセフが丁寧に告げる。エレインは深呼吸して立ち上がった。


「離れに案内してください」


 彼女はすでに決意を固めていた。すべての真実を、マルセルに打ち明けるのだ。



 *



 亡き母の音楽室に足を踏み入れたマルセルは、待っていたエレインに向かって笑顔で頭を下げた。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お忙しい中お越しいただいて」


 エレインは彼を案内した。窓から見える庭園は花々で彩られ、初夏の陽光を浴びて鮮やかだ。


「お手紙には大切な話があるとのこと。何でしょうか?」


 マルセルの真摯な眼差しに、エレインは一瞬言葉を失った。彼の反応が怖かった。しかし、もう後戻りはできない。


「マルセル卿、今一度確認させてください。あなたはレディ・ミッドナイトの放送をお聴きになっていますね」


「ええ、素晴らしい放送です。彼女の声には人々を動かす力がある」


「そして、あなたは彼女を守りたいと」


「はい」マルセルは熱を込めて答えた。「彼女の言葉は、この国に必要な変化をもたらします。魔法省の一部は彼女を危険分子と見なしていますが、私は違う。彼女は希望なのです」


 エレインは緊張で息が詰まりそうだった。


「マルセル卿、実は……」


 彼女は立ち上がり、部屋の奥にある机に掛けられた扉を開けた。中には彼女の放送設備が並んでいる。魔道具と、彼女が改良した魔法水晶のセット。


 ソフィアに運び出してもらったものを、今日のために再び戻していたのだ。


「これは……」


 マルセルの目が驚きで見開かれた。


「私が――私がレディ・ミッドナイトです」


 部屋に沈黙が落ちた。マルセルは言葉を失い、座ったまま動けなくなっていた。エレインは彼の反応を待ちながら、胸を高鳴らせていた。


「信じられない……」


 ようやく彼は言葉を紡いだ。その表情には、驚きと共に何か別の感情が浮かんでいた。


「ずっと探していたのに、あなたがすぐ側にいた」


 彼は立ち上がり、エレインに近づいた。


「どうして……どうして気づかなかったのだろう。そうだったら……という思いはありました。あの優しい声、人々の心に寄り添う言葉……確かにあなたそのものでした」


 マルセルの声には非難の色はなく、むしろ感嘆の響きがあった。エレインは安堵のため息をついた。


「怒っていませんか? 私、あなたに嘘をついていたようなものですから」


「怒る? とんでもない」


 マルセルは笑顔を見せた。


「あなたの勇気に感服します。公爵令嬢という立場で、あのような放送をするリスクを承知で……」


 彼は真剣な表情になった。


「ですが、状況は切迫しています。魔法省内でもレディ・ミッドナイトに対する見方は二分されています。彼女を社会の脅威と見なす派閥と、彼女の改革の声に共感する派閥と」


「どちらが多数派なのでしょう?」


「今のところ拮抗しています。しかし……」


 マルセルは顔を曇らせた。


「グレイストーン視学官が証拠を掴んだと言っているのです」


 エレインは息を呑んだ。


「どんな証拠を?」


「詳細は分かりません。ただ、彼はあなたの屋敷の周辺で不審な魔法反応を検出したと主張しています」


 エレインは放送装置を見つめた。もしかしたら、魔法水晶の改良が不完全で、痕跡を残していたのかもしれない。


「とにかく、私たちは急いで対策を立てなければ」


 マルセルの言葉に、エレインは深く頷いた。



 *



 その日の午後、ソフィアも交えた三人で対策を練っていた。マルセルはソフィアがエレインの協力者だと知り、驚きつつも頼もしく思った様子だった。


「魔法省の動きはどうなっていますか?」


 ソフィアが尋ねる。


「グレイストーン視学官は明日にも捜査令状を取る予定だと聞いています」


 マルセルの言葉に、エレインとソフィアは顔を見合わせた。


「それまでに放送設備を移動させるべきね」


「でも、今夜の放送は……」


 エレインは悩ましげな表情を浮かべた。放送では、教育改革についての内容を話すつもりだった。マルセルから聞いた情報を元に、才能ある平民にも学問の機会を与えるべきだという主張を展開する予定だったのだ。


「放送は行うべきです」


 マルセルが決然と言った。


「視学官が証拠を持っているというのなら、放送を中止しても状況は変わりません。それなら、動けるうちに重要なメッセージを伝えるべきです」


「ちょっと待ってください。動けるうちにって、エレインが捕まることは避けられないのですか?」


 苦しそうに言うソフィアを真っ直ぐ見て、マルセルは言った。


「私が守ります」


 その強い眼差しに、エレインは胸が熱くなった。


「……エレインを、お願いします」


 念を押すように告げるソフィアに、マルセルは力強く頷いた。


 その後、三人は各々の役割を確認した。


 エレインは今夜の放送後、分解した魔道具をソフィアと共に持ち出し、学院のロッカーへ隠すことにした。ソフィアが再度、屋敷で預かることを申し出たが、そう何度もソフィアの家は巻き込めないと辞退したのだった。


 そして強制捜査当日に所在不明になるわけにもいかないマルセルは、ぎりぎりまで魔法省で動きを探ることにした。


「守る、協力すると言っておきながら、直前までそばにいられず申し訳ございません」


「いいえ、心強い限りです」


「マルセル卿、安心してください。今夜の放送は私が見張ります」


 ソフィアが申し出た。「エレイン。万が一魔法省の人間が来たら、すぐに知らせるわね!」


 エレインは二人の支えに、勇気づけられた。


「わかりました。今夜、最後の放送をします」



 *



 そして深夜。エレインは放送の準備をしていた。ソフィアが屋敷の周囲を見張り、マルセルは魔法省内部で動きを探っているだろう。


 彼女の心は落ち着かなかった。放送のこと、そしてグレイストーン視学官の動きが気になって仕方がない。


「もうすぐ時間ね」


 エレインは魔道具のスイッチを入れた。魔法水晶が柔らかく光り始める。


「こんばんは、レディ・ミッドナイトです」


 いつものように彼女は穏やかな声で放送を始めた。


「今宵は特別な話をしたいと思います。教育の機会について」


 エレインは言葉を選びながら続けた。


「この国では長い間、高等教育は貴族の特権でした。しかし、才能は生まれを選びません。平民の子であっても、素晴らしい才能を持つ者はたくさんいます」


 彼女は前世での記憶を思い出しながら語った。機会の均等、能力主義、そして社会の発展と教育の関係について。


「魔法省では現在、才能ある平民にも学問の機会を与える新しい制度が検討されているそうです。この改革が実現すれば、多くの若者たちに希望をもたらすでしょう」


 エレインの言葉は、王都中に広がっていった。



 *



 マルセルは魔法省で情報を待っていた。内部の協力者から、グレイストーン視学官の動きについて報告を受けることになっていたのだ。


 そこへ一人の役人が急いで近づいてきた。


「ブランシュタイン卿、大変です!」


「何があった?」


「グレイストーン視学官が、今日のうちにレディ・ミッドナイト逮捕の令状を取っていたそうです! 現在、ロルファート公爵邸へ向かっています!」


 マルセルの顔から血の気が引いた。


「……やられた!」


 捜査は明日、というのは意図的に流された誤情報だったのだろう。まんまと策に嵌まった悔しさにマルセルは唇を噛みしめる。


(間に合ってくれ……っ!)


 彼は即座に馬に飛び乗り、エレインの屋敷へと急いだ。



 *



「……そして、知識はすべての人に開かれるべきものです。それが真の発展への道なのですから」


 エレインが放送を続けていると、突然ソフィアが駆け込んできた。


「エレイン! 魔法省の人たちが来たわ!」


「何ですって!?」


 エレインは慌てて立ち上がったが、すでに遅かった。扉が開き、黒い制服を着たグレイストーン視学官が数人の役人を従えて入ってきた。


「やはりここが発信源か」


 視学官の冷たい声が響く。


「エレイン・フォン・ロルファート、あなたを無許可の魔法通信の罪で逮捕する」


 エレインは身を固くした。ソフィアが彼女の前に立ちはだかる。


「待ってください! 彼女は何も悪いことをしていません!」


「黙れ」


 視学官は冷淡にソフィアを押しのけた。


「令嬢、抵抗せずに来てもらおう」


 エレインは震える手で放送装置のスイッチを切った。しかし、その前に最後の言葉を告げた。


「リスナーの皆さん、また……会える日まで」


 役人たちがエレインに近づいたその時、扉が勢いよく開いた。


「待て! 何をする気だグレイストーン!」


 マルセルが息を切らして入ってきた。


「法の執行だ、ブランシュタイン卿。邪魔をするな」


「令状を見せろ」


 マルセルは毅然とした態度で言い放った。視学官は不機嫌そうに令状を取り出した。マルセルはそれを手に取り、丁寧に確認する。


「この捜査には重大な手続き違反がある。執行は認められない」


「……何だと?」


「この放送は公共の利益に資するものであり、無許可魔法通信罪には当たらない」


「それは単にあなたの意見だろう。『公共の利益に資する』か否かは裁判で決まることだ」


「……私はそうなることを確信している。そして、ロルファート公爵邸への立ち入りには、公爵本人の許可が必要だ」


 視学官の顔が怒りで歪んだ。


「屁理屈を……」


「さらに」


 マルセルは冷静に続けた。


「知っての通り、明日の省内会議で、レディ・ミッドナイトの放送を公認する案が、長官も交えて公式に議論される予定だ。この強制捜査はグレイストーン、あなたの独断だろう……逮捕さえしてしまえば何とでもなると、よもや考えていたわけではあるまいな?」


 視学官は言葉に詰まった。マルセルの法的知識と権威に、反論できなかったのだ。


「……今日のところは撤収する」


 しぶしぶ視学官は部下たちに命じた。彼らが去った後、エレインは安堵のため息をついた。


「ありがとう、マルセル」


「無事で良かった」


 彼は彼女の手を取った。


「しかし、視学官はあきらめないでしょう」


 ソフィアも心配そうに頷いた。


「どうするの?」


 エレインは決意を固めた。


「視学官の声は既に放送へ乗ってしまったでしょう……公にします。私がレディ・ミッドナイトであることを」



 *



 翌日。魔法省では教育改革に関する会議が行われていた。マルセルも出席し、平民への教育機会拡大を熱心に主張していた。


 会議の最中、一人の役人が駆け込んできた。


「大変です! ロルファート公爵が声明を発表しました!」


 全員の視線が彼に集まる。


「令嬢のエレイン様が、レディ・ミッドナイトの正体だと公表したのです!」


 会場が騒然となった。


 苦虫を噛み潰したような顔をしているアーサー視学官を背に、マルセルは静かに微笑んだ。




つづく

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