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1.初めての放送

「こんばんは、皆様。深夜のお時間に、ふと耳に届いたこの声に驚かれているかもしれませんね。本日より始まりますこの番組『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』にようこそ。わたくしはパーソナリティを務めますレディ・ミッドナイト。どうぞよろしくお願いいたします」


 音声を伝える魔道具の前で、エレイン・フォン・ロルファート――公爵家の令嬢が囁くように語りかけた。昼間の彼女からは想像もつかない、柔らかく親しみやすい声色。


「さて、どなたがこの放送をお聴きになっているのか、まだわかりませんが、もしもこの声が届いているなら、あなたは偶然素敵な周波数――いえ、魔力の波動を見つけた幸運な方。今宵はどうぞ、お付き合いくださいませ」


 エレインは周囲を確認した。屋敷の離れ、使われていない小さな書斎。深夜、誰も来ないことを確かめてからの秘密の放送だ。


「この世界には電信魔法という便利なものがありますが、声を飛ばす文化はまだないようで。わたくしの故郷では『ラジオ』と呼ばれる文化がございました。声だけで想像を膨らませ、遠く離れた場所にいる方と心を通わせる――そんな素敵な時間を、この世界でも再現できたらと思いましての試みでございます」


 彼女は前世の記憶を持ったまま、この異世界に転生していた。前世では人気ラジオパーソナリティとして活躍していたエレインは、この世界にラジオがないことを寂しく思っていた。


 そして偶然、魔道具の倉庫で見つけた旧びた魔法水晶と、音声を遠くに届ける魔法装置。それらを組み合わせて作ったのが、この"異世界ラジオ"だった。


「本日はわたくしの独り言だけになってしまいますが、次回からは皆様からのお便りもお待ちしております。電信魔法で『レディ・ミッドナイト』宛にお送りくださいませ。恋愛のお悩み、人間関係の難しさ、夢への迷い――どんなことでも構いません。わたくしなりの視点でお答えいたします」


 窓の外を見ると、満月が美しく輝いていた。エレインはため息をついた。


「日中のわたくしは、ずいぶん違う顔をしております。でも、この時間だけは素直な気持ちをお話しできたらと思います」


 彼女は小さく微笑んだ。


「さて、今日はわたくしが故郷で好きだった音楽を、こちらの楽器で再現してみました。少し粗いかもしれませんが、お聴きください。『月の光』という曲です」


 エレインはリュートを手に取り、静かに奏で始めた。前世でドビュッシーが作曲した曲を、この世界の楽器で表現するのは難しかったが、彼女なりのアレンジで美しい旋律が部屋に満ちていく。


 演奏が終わると、彼女は再び魔法水晶に向かって語りかけた。


「いかがでしたでしょうか。言葉だけでなく、音楽も心を通わせる素敵な手段だと思います。さて、当番組ではリスナー――この放送をお聴きの皆様からのお便りをお待ちしています。内容はご相談、番組の企画のご提案、ちょっとした報告などなど、なんでも構いません。どうか、身構えずにお気軽に電信魔法で『レディ・ミッドナイト』までお送りくださいませ」


 ここまで語り、エレインは大事なことを思い出した。


「そうそう、この番組をお聴きの皆様は身分も、性別も、年齢も問わず、皆等しく平等です。だからお便りにも本名を書く必要はございません。『ラジオネーム』という、この番組だけのお名前を添えて送ってくださいね。さあ、本日はただの試験放送でございましたが、また明日の深夜にお会いしましょう。『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』、お相手はレディ・ミッドナイトでした。おやすみなさいませ」


 放送を終え、魔法水晶の光が消えると、エレインは深く息をついた。果たして誰かに届いただろうか。それとも、ただの独り言で終わってしまうのだろうか。



 *



 翌朝、エレインは公爵令嬢としての日常に戻っていた。


「お嬢様、本日は王立学院への登校日でございます」


 メイドのローザの声に、エレインは優雅に微笑んだ。


「ええ、大丈夫。昨夜は少し予習に夢中になってしまいましたが、体調は万全よ」


「またですか? お嬢様は勉強熱心ですこと。お身体に障りますのでほどほどにしてくださいね」


 エレインは内心で苦笑した。読書ではなく、秘密のラジオ放送の準備に時間を費やしていたのだが、それは誰にも言えない。


 王立学院は貴族の子女が通う名門校。エレインは優れた成績で知られていたが、その正体を知る者はいない。彼女の頭の中には前世の知識が詰まっていたのだから。



 登校すると、クラスメイトたちが何やら騒いでいた。


「おはようございます、エレイン様」


 親友のソフィアが駆け寄ってきた。彼女は伯爵家の令嬢だが、エレインにとっては心を開いて話せる数少ない友人だった。


「おはよう、ソフィア。皆さん、何を話しているの?」


「まだ聞いていないの? 昨夜、不思議な声が魔法水晶から聞こえたって噂よ!」


 エレインは心臓が跳ね上がる思いだったが、冷静な表情を保った。


「まあ、そうなの?」


「ええ! 私は聞けなかったけど、アレクシス伯爵家の使用人が偶然聞いたらしいわ。『レディ・ミッドナイト』っていう人が、音楽を奏でたり話をしていたって」


 いつか、誰かに見つけてもらえたら――半ばダメ元で始めた放送だったのだが、予想以上に噂が広まるのは早い。エレインは内心でドキドキしながらも、落ち着いた様子で尋ねた。


「それは面白そうね。どうやって聞けるの?」


「詳しくは私もまだ分からないのよ。王宮放送を受ける魔法水晶に、ある調整をすると聞こえるらしいわ。早く知りたいのだけど……」


 その時、教室の扉が開き、魔法史の教授が入ってきた。授業が始まり、エレインはラジオの話題から救われたと安堵した。



 *



 夜になり、エレインは再び秘密の書斎へと忍び込んだ。今夜も放送を行うつもりだったが、昼間の出来事で少し計画を変更することにした。


「こんばんは、皆様。『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』へようこそ。昨夜の放送を聞いてくださった方がいらっしゃったようで、大変嬉しく思います」


 エレインは魔法水晶に向かって微笑んだ。


「さて、今日はとても興味深いことがありました。ある方から電信魔法でメッセージをいただいたのです」


 実際にはメッセージなど一通も来ていなかった。けれど、こういうのは最初が肝心。「誰かがすでに送っている」ことが強い後押しになるのだ。というわけで、少々後ろめたさを覚えながらもエレインは創作することにした。


「ラジオネーム『クラシカル』さんからのお便りです。『レディ・ミッドナイト様、あなたの放送を偶然聴きました。その美しい音楽はどこから来たのですか? この世界には存在しない旋律だと思います』……なんて鋭い観察眼でしょう」


 自作自演ながら、どこまで話したものか……エレインは少し考え、決断した。


「正直に申し上げましょう。わたくしの演奏した曲は、遠い異世界から来たものです。わたくしにはその世界の記憶があり、その世界の文化や音楽、考え方を知っています。だからこそ、皆様のお悩みに違った視点からアドバイスができるかもしれません」


 大胆な告白だったが、どうせ正体は明かさない。「前世の記憶がある者」という設定として、むしろ番組の魅力になるかもしれない。


「ですので、今夜は異世界の素敵な曲をもう一つ。祈りの曲です」


 エレインは再びリュート(のような楽器)を手に取り、シューベルトの名曲を奏で始めた。前世の記憶を頼りに、心を込めて演奏する。


「この曲は祈りの気持ちを表したもの。どんな宗教でも、神への祈りは共通していますね。さて、この続きは明日にしましょう。明日からは皆様からのお便りも読みますので、ぜひ電信魔法でお送りください。宛先は『レディ・ミッドナイト』。それでは、おやすみなさいませ」


 放送を終えると、エレインはほっと息をついた。少しずつ、この異世界でも自分の居場所ができていく。それは昼間の公爵令嬢としての生活とは別の、本当の自分の表現の場所。


『レディ・ミッドナイトの秘密の部屋』は、これからどんな展開を見せるだろうか。エレインは星空を見上げながら、次回の放送を楽しみに思った。



 *



「お嬢様、これは大変です!」


 次の朝、執事のジョセフが慌てた様子でエレインの部屋に入ってきた。


「どうしたの、ジョセフ?」


「昨夜から、魔法水晶から流れる不思議な放送の噂が街中に広まっております!」


 エレインは驚きの表情を浮かべた――内心では予想通りと思いながらも。


「まあ、それは興味深いわね」


「電信魔法局は発信源を特定しようとしていますが、なかなか見つからないようです。魔力の波動が通常とは異なるとか……」


 これは想定外だった。あの古びた装置たちに秘密があるのだろうか。もしかして軍事用だった、とか。エレインは少し緊張したが、表面上は冷静さを保った。


「そんなに大騒ぎするようなことかしら?」


「内容が問題だというのです。異世界の知識を話しているとか……」


「それが何か悪いことなの?」


 ジョセフは困ったように言った。「魔法省は未確認の魔法使用を懸念しているようです」


 エレインは微笑んだ。「面白そうね。私も聴いてみたいわ」


「お嬢様! そんな怪しげなものを……」


「大丈夫よ、ジョセフ。きっと悪い人じゃないでしょう。むしろ、新しい文化の芽かもしれないわ」


 エレインは窓辺に立ち、朝日を浴びながら思った。


 この異世界ラジオ、想像以上に波紋を広げるかもしれない。でも、それもまた楽しい。


 次回の放送では何を話そう。そろそろ本当にお便りも来るかもしれないわ。

 彼女は心躍らせながら、新しい一日を始めるのだった。



つづく

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