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オッサンクイズ

作者: 星屑コウタ

あるコンテストに応募した作品です。

カマキリに捕えられた蝶のように、なす術もなく可憐に散った作品です。

どうぞ皆様読んでやって、供養してください。

少々手直ししました。

 男は、三十九歳にして早くも死を願い、山奥までバスで来た。が、夜になっても死にきれず、歩いて帰る途中だ。だからもう、この男の事は、【ただの男】と呼べばいいだろう。名前を覚えたところで、すぐに消えるかもしれないから。

 ただの男は、トンネルの前で立ち止まった。トンネルは大きな怪獣が、口を開けて待ち構えているようだった。古い照明がオレンジ色の光を僅かにのばし、照らされた壁には、苔が沢山生えていた。トンネルは、ゆっくりと弧を描いているために、奥は見えない。すぐに出口なのか、ひたすら続くのか分からない。だが、そんなことよりも気になるのは、中にいそうな気がした。人とか獣ではない何かの気配が、いつの間にか、トンネルの口からはみ出て、ただの男に(まと)わりついていた。つまり常人には、容易に踏み込めない恐怖で満ちていた。

 暫くして。

 申し訳程度にひかれた白線の内側を、ただの男は歩き始めた。腰がひけている。


「ひぃ、怖い」


 一切車も通らない。相変わらず出口も見えない。すぐに我慢出来なくなり、入り口まで引き返そうと振り向くと、後ろの景色がおかしかった。異常だった。最悪だった。

 正確にいうと、ただの男は、ダムの上にいた。信じられない思いで覗き込むと、轟々と落ちる水の先に、深い深い暗闇が見えた。

 間違いない。

 昼間に眺めていたあのダムだ。飛び込むのを躊躇(ためら)った、あの高さだ。


「ひひっ……」


 乾いた笑い声は、顔面がひきつって上手く発声出来なかった。ただの男は、後ずさりをしてダムを背にした。そして、また目を疑った。照明の影から抜け出たように、トンネルの奥から、黒いジャージを着た女の子が歩いて来たからだ。死神に違いない女の子は、少し先で立ち止まった。


「もう帰るのか?」

「ああ、今日は帰る」


 大人びた話し方をする女の子に、ただの男は、拳を握って気丈に答えた。弱々しい返事をしてしまうと、すぐに、突き落とされてしまうと思った。

 女の子は、困ったように肩をすくめた。


「私は、オッサンを観察するのが趣味でね。散歩しながら、オッサンの行動原理を考えていたら、こんな山の中に来てしまった。あれはダムかな?」

「え、なに?」

「私とクイズをしよう」

「なんで?」


 と頭の回転が追いつかない。女の子は、淡々と話を続ける。


「このトンネルは、一人しか生きて通れないらしい」

「嘘をつけ」

「嘘じゃない。さっき対決したオッサンが言っていた」

「オッサン? そのオッサンはどうなった?」


 俺以外にも、こんな所に人がいたのかと、ただの男は思った。


「私が勝ったので消えた。死んだと思う」


 死んだって、なんだ?

 一瞬頭が真っ白になり、それでも話を飲み込もうとすると、女の子はいきなり問題を出してきた。


「では一問目。どうしてオッサンは、黙って用を足せないのだろう」

「え?」

「トイレの個室だよ。うう~~とか、フンッ! とか、うるさくないか? 隣でそんなに騒がれたら、こっちが集中できないだろう」

「えっ?」


 ただの男が言葉に詰まると、女の子はブッブーと言った。


「はい、マイナス一ポイント。三回間違ったらアウトだよ」

「ちょっと待って」


 ただの男が言っても、女の子は止めなかった。


「じゃあ二問目。あのオッサンのワイヤレスイヤホンは、どう見ても充電端子の部分を、耳の穴に突っ込んでいるが、あれで聴こえているのだろうか。お答え下さい」

「なに? イヤホン?」


 意味が分からない。


「ブッブー時間切れ。二択なのに何してるの? マイナス二ポイントだよ」


 女の子は笑った。自分の勝ちを確信したようだった。その瞬間に、ただの男の足元に、大きなひび割れが走った。

 地面が裂けそうだ。落ちてしまう!


「さあ、最後の問題だ」

「くそっ、助けてくれぇ!」


 女の子は首を振った。


「三十五度を超える猛暑日に、屋根もないのにエンジンを切れというが、オッサンが熱中症になっても構わないということか? オッサンが絶滅しても、社会は持続可能かどうかでお答えください」

「はああ? なっ、夏以外は協力できる! もしくは休憩時間の一時間だけは除外してくれぇ!」

「違います。オッサンがいなくても、社会が持続可能かどうかを訊いているのです」


 トンネルが大蛇の腹の中のように、うねうねと動いている。天と地が逆さになって、ただの男を、振り落とそうとしてくる。


「人力だけでやるには限界がある! 排気ガスの少ない車を手配してくれぇぇ!」

「それが答えでいいんですね? 本当にいいんですね?」


 ただの男は、血の気を失った顔で、「あっ」と言った。思考回路の迷宮にはまっていたが、ようやく出口に辿り着いた瞬間だった。

 ただの男は、女の子を睨む。踏ん張って、しっかりと前を向く。


「全部俺の事だな。お前が観察していたオッサンは、俺のことだろう!」


 突然、ただの男は押された。左右からトンネルの壁が迫って、ダムの上から落とされた。ダムの斜面に何度も打ちつけられ、意識がすぐに飛んだ。


 やがて目が覚めると、晴天の空の下で寝転がっていた。ダムもトンネルも、トンネルの住人のようだった女の子も、姿形を無くしていた。ただ、舗装された道がゆっくりと下り、遠くに見える町に続いていた。


「帰ろう」


 ただの男は、ヨロヨロと立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。


「……持続不可能です」


 そう呟いたら、胸の内も、空と同じように澄み渡っていくと思えた。


 

え? なに、ホラー?

とは、なりませんでしたか?

では、また次の作品で!

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― 新着の感想 ―
冒頭の一段落がすごくいいですね〜
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