五時四十分まで
ああ、向こうからよその犬が。
しもべは用心して、すばやくリードを手に巻いて短くする。
お犬様はおっとりしているので、相手がすぐそこまで来て、やっと気が付く。
だが気が付くや否や即、臨戦態勢に入る。
相手が大きくて強そうなときは、それとなく目立たぬようにしもべの陰に入る。
大きくても穏やかで優しげな時、明らかに自分よりも小さい時は、急にライオンと化す。
それも、百獣の王というよりも、イキった若造のライオンだ。
肩をいからせ、尻尾をできるだけ立てて、うなって、走り始める。
短いリードを半径として、しもべの周りを走り回る。
もちろん、リードがあることが大前提だ。
殿、殿中でござる。
止めてくれるな。
いえ、なりませぬ。
止めてくれるなあああ。
なりませぬ。
しもべは、「しつけが悪くて、すみません」と相手の飼い主に謝っている。
実害がなさそうな犬が一生懸命イキっているからか、たいていの飼い主さんは生ぬるく笑ってくれる。
止めてくれるなあああ。
……ああ、行ってしまった。
まあいいか。オレの面目は保たれた。
おぼえておけ。オレのシマに入ったらただじゃおかねえ。
ちなみに、強そうな犬が来た時は、相手がはるか遠くに行ってしまってから、一瞬だけうなって走る。
お犬様は、勝利の余韻で、その後しばらくは胸を張って機嫌よく、すたすた歩いてくださる。
自宅が近づいてくると、お犬様の足取りはまたしても重くなる。
亀の方が速いだろう。
前飼っていた亀は、足が速かった。
しかたがないので、もう抱っこする。
五キロ半だが、更年期であちこちがたがきているしもべには、けっこう重い。
やっと玄関から中に入る。
しかしこれはまだ、朝の仕事の序章に過ぎないのだった。