五時半ころ
お犬様は弾む足取りで、玄関に向かう。
そのふっさりした尻尾は誇らしげに背中に巻き上がり、チアリーダーのポンポンのごとく陽気に左右に揺れている。
口元は笑っている。
犬は笑わないと言われているが、その説には同意できかねる。
お犬様の最強の武器であるまんまるな黒目勝ちの目は、きらきらと期待に輝いている。
ドアから一歩でも出てしまったら、嵐や集中豪雨が襲って来ても、もはや後戻りはできない。
五時過ぎると、真夏ではもう明るい。
最近までは、早朝だからと油断してすっぴんのまま出ていた。
ところが、夏の早朝は、意外と通行人が多い。暑さを避けて、散歩したり畑仕事に出かけたりする人たちが前からも後ろからもやってくる。
知った顔にあいさつしたら、怪訝な顔をされて変だなと思っていたら、ある朝とうとう「あんた、誰?」と聞かれた。
実は、人の顔から眉を消したら、識別がつきにくくなるそうだ。
若いころは描かずとも形がいいとほめられていた眉だが、年月は残酷なものだ。
ショックだったので、洗顔の後に眉だけは描くことにした。
お犬様は、十メートルほどは弾む足取りを維持して、そして急にギアを変える。
のろのろ道草を食い始める。
この夏は、早朝からも暑かった。
そのせいかもしれないと思っていたが、少し涼しくなってきても変わらなかった。
くんくん嗅いでは少し歩き、またくんくん嗅ぐ。
犯人の跡を丹念に調べている警察犬のようだが、もちろんうちのお犬様はそんな高性能の鼻は持ち合わせていない。
潤んだ大きい瞳さえあれば、生活に困らないからだ。
お犬様が道草をしつこく調査している間に、ぼーっと突っ立っているしもべの耳に、プ~ンといやな音が聞こえる。
まだモスキート音が聞こえるのだと喜んでもいいのだろうか。
否。
しもべはリードを引っ張る。
お犬様は機嫌を損ねて、足を突っ張る。
ああでも、お犬様のやわはだの周りにも、しましまの、ふよんふよんと嫌な飛び方をする虫が散見されます。
歩けよ、こら。
なおもリードを引っ張ると、お犬様はいやいや、よたよたとついてくる。
しもべが一人で歩けば五分のところが、二十分かかる。
お犬様の関節に負担がかからないように、一回の散歩は十五分程度にと獣医さんから言われているが、これは何分と考えたらいいのか、頭の悪いしもべには判断ができない。