スキル、お貸しします
とある城下町にある道具屋にて。
その男は今日も「いらっしゃいませ〜」と軽くお客に挨拶を交わす。
この男の名前はシド。
冒険者に役立つ道具を売る、至って普通の道具屋の主人だ。
道具屋は城下町に一つしか無く、他に競合する店舗が無い事を良い事に高い金額が売り付けている。
しかし、だからと言って評判が悪いかと言えばそうではない、何故ならーーー。
「おい店主、「アレ」売ってくれよ!」
扉を勢い良く開けた主は、ガタイの良いお兄さん。
彼はシドの前まで一直線に向かうと、何やら重い物が入った布袋を机に叩きつけ、顔を近づける。
「聞いたぜ、あんた…スキルを作って売ってくれるんだろ?」
シドはお兄さんの凄まじい顔迫を無視し、布袋に手を掛けた。
中には煌めく金色の硬貨がたっぷりと入っていて、思わず口角が上がる。
「良いね……でも俺のスキルは売りもんじゃない」
お兄さんはその言葉を聞くや否や、布袋を奪おうと手を振り翳す。
シドはそれを容易く躱すと、お兄さんの額に人差し指を当てて、「急ぐなよ」と落ち着かせた。
「俺のは売りもんじゃなく、貸しもんなんだよ」
「貸しもん…ってなんだよ」
「あんたが死んだら回収させて貰う。まぁとりあえず名前と住所、持ってるスキルと欲しいスキルを書きな」
机の下に置いていた紙とペンを徐に置き、お兄さんに書かせる。
記入が終わったら、シドはその紙を見るなり奥へと引っ込んでいった。
そして、暫くして。
シドは奥から出てくるなり、机に赤い宝石を転がす。
「こ、これは?」
「君…レイダス君の欲しいスキルが入ったブツだ、食え」
お兄さんことレイダスは赤い宝石を手に取り、唾を呑み込んだ後、その宝石を口の中へ放り込む。
「本当にこれで望むスキルが手に入ったのか?」
「あぁ、安心してくれ」
レイダスは望むスキルを手に入れ、浮き足立ってその場を後にした。
…唯一の道具屋という立ち位置に加え、弱者の救済。
これこそ悪評が「少ない」理由なのだ。
ーーー
「レイダス!お前が今回の作戦の要だ、頼んだぞ」
最奥の洞穴「食い尽くす常闇の住処」。
この場所に潜む魔物を全滅させれば、洞穴を貫通させてトンネルを作れ、通常2時間掛かっていた隣町にも僅か30分で着く事が出来る。
おまけ程度に魔物の脅威を少しでも減らせるのも有難い。
そんなインフラ整備拡大作戦に駆り出されたのがレイダスを含めた「アポカリプス」のメンバーだった。
「では今回の作戦内容を伝える!まず俺とハマが攻撃を仕掛ける。その間に後衛のジンとリンデンは魔法での追撃、ダグラスは後衛の二人に補助魔法と治療を、そしてレイダス……お前はここで待機、合図をしたら放て」
ルビルの作戦内容に一同会釈や軽い返事で答え、洞穴の最深部前で身構える。
中は薄暗く、魔物の気配は無い。
だがしかし、過去に最深部の探索に出たパーティは誰一人として帰っていない。
現にーーー血生臭いのだ。
「突撃ーーー!」
ルビルはそう叫ぶと、束ねた魔法の木の枝に火を付けてばら撒く。
辺りが照らされるが、やはり魔物の気配は無く…ルビル達は全員唖然とした。
「やっぱり誰も居ないんじゃねーの」
「あそこにいたゴーレムが守護者だったのかもね」
ジンとリンデンはそう言うと、ルビルに帰るよう促そうとした。
…が、反応が無い。
何を叫んでも反応しないので、ジンが痺れを切らしてルビルの肩を押した。
すると、ルビルの身体はそのまま崩れ落ちてしまった。
「おいおい、驚かすにしてはやり過ぎだぜ…」
困惑しながらもルビルの手を掴もうとする。
その時…リンデンは震えた声でジンの名を呼んだ。
「ジン…ジン、頭……」
「あ?なんだよ」
「頭、頭…!」
ジンはルビルの腕を肩に掛け、腕を抱き、そして…ルビルの方を向いた。
「取れてる…」
リンデンの言葉と同時にジンはルビルの身体を放り投げる。
なんと、ルビルは首から先が無くなっていたのだ。
ジンは焦り、落ちていた松明を空高く投げ出す。
火の光で照らされた天井には、無数の巨大コウモリがびっしりと群がっていた。
「うわあぁぁぁ!撤退、撤退だ!」
天井に集う悪魔を見たジン達はこぞって最深部の入り口へと向かう。
しかし運が悪かったのか、ジンは転がっていたルビルの頭部に足を引っ掛けて転んでしまった。
「レイダス!打て、放て!天井に張り付いてる奴を殺せー!」
負傷し動けなくなったジンは今にも張り裂けそうな声でレイダスに指示を出す。
それに気付いたレイダスは重い腰をあげ、肩を二、三回鳴らすと、腕を入り口目掛けて伸ばした。
「遂に来たか、俺の番が…」
レイダスのスキルは「追い風」。
自身の伸ばした手の方向にそこそこ強い風を吹かせる、お世辞にも強いとは言えないスキル。
だが、そこに借りたスキル「地獄の業火」があれば、追い風を使いながら火の方向をある程度コントロール出来る。
「いくぜ…地獄の業火!」
魔法を発動したその刹那、レイダスの前に総てを焼き尽くす様な豪炎が最深部諸共包み込んだ。
「す、すげぇ…これが地獄の業火」
周囲が燃え盛る中、一人感心していると、違和感を覚えた。
腕の感覚が消え、焼けるような熱さが侵食していく。
レイダスの腕は魔法を放った際に黒ずみ、あっという間に焼け落ちてしまっていたのだ。
「あ、あぁぁぁぁ!俺の、俺の手が、腕が、あぁぁ」
彼に纏う火の手は身体全体に拡がり、軈て膝から転げ落ちる。
そんなレイダスに、最深部から逃げ出して来たダグラスが火達磨になりながらも掴み掛かる。
「貴様ぁぁぁ、どう言う事だこれは!言ってた魔法と違うじゃねーか!」
「ち、違うんだ…これは、ちょっとミスって」
「ミスで出せる火力じゃねーだろ!見ろよ、みんな死んだぞ!お前が殺したんだ、お前が…」
「うるせーよ」と一蹴すると、ダグラスは横になった。
どうやら死ぬ瀬戸際だったようだ。
「へへ、最後に言う台詞が俺への罵倒とか、お前の人生つまんないな…」
身体を炎で蝕まれている状態から、なんとか立ち上がり、水のある場所へ向かう。
水の中に入れば、きっと消火出来る筈だと考えたのだ。
その刹那…シドの姿がレイダスの真横に現れる。
「お前の人生の方がかなりつまらないと思うけどな」
声と共に全ての炎が消え、薄暗い空間に戻った。
「助かった」と何度も連呼するレイダスの身体を蹴り飛ばし、伏せた身体を足で押さえつける。
「自身のスキルがゴミだからって、相手に「火を自在にコントロール出来るスキル」なんて嘘ついたらダメでしょ」
「なんだよ!俺のスキルと合わせりゃ出来るんだから良いだろ、嘘なんてついてない!」
「地獄の業火をお前のゴミスキルでコントロール出来るとでも?」
シドは何度もレイダスの身体を踏みつけた後、鋭い音が洞穴一帯に響いた。
「な、なにしてんだお前…」
「お前に「借りたもん」返して貰いに来たんだよ」
その鋭い音はレイダスに悲痛な叫びを出させ、亡き者にした。
「…まー、今回はこんなに沢山スキル転がってるし、お前の親族までは手掛けないでやるよ」
シドはすぐそこに転がっていた死体から赤い宝石を取り出すと、「ご返済、あざした〜」と礼をして、奥へと消えた。
ーーーシドが経営するとある城下町の道具屋。
ここの評判は例え裏の注文があっても、悪評が出る事はない。
何故なら、注文した人間など存在しないのだから……