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ときどき起こる変化に、救われることもある。

待機に戻り犬山君を探す長井だが、どこにも姿が見えない。

待機中の藤原を呼び止める。


長井「すみません、藤原さん。犬山君って、どこ行ったか知りませんか?」


藤原「あ~、そうですね~、そういえばさっき、課長を捕まえて、会議室に行ったみたいですよ~」


それを聞いた途端、長井の顔からさーっと血の気が引く。


長井<何か課長に余計なことを言うんじゃ……>


長井は会議室に向かってダッシュした。


            ※


扉のノブには、会議中の札が掛けられている。

そして中から犬山君と課長らしき声が聞こえる。


長井<やっぱりだ……犬山君、一体何を話すつもりなの?>


廊下に他に誰もいないことを確認し、扉に顔を張りつけて2人の会話を盗み聞きする。


犬山君「課長……さっき、長井さんが瀕死の状態でした」


唐突な出だしに、びっくりする長井。

 

長井<瀕死って、どこが⁈>


岸本「いや、ん、まぁ。俺も様子見に行ったけど、たいしたことなかったみたいだよ」


犬山君「課長。大したことないって、何で分かるんですか?」


岸本「いや、看護課長がそう言っていたから……」


犬山君「でも、長井さんは本当に苦しそうだったんです! 僕、自分が情けなくて……映画上映の準備を頼まれたとき、僕が代わりに行っていればこんなことにならなかったのかなって……」


岸本「い、犬山くん。大袈裟だよ……」


犬山君「ずっと自分が情けないんです。長井さんに女性対応をお任せしているにも関わらず、掃除や洗濯物の片づけ、備品や記録のチェックまですべてしていただいて……長井さんに限らずですけど、女性職員は本当にみなさんすごいです。弱音を吐かず、率先して動いて……僕ら男性職員は何のためにいるんでしょうか?」


岸本「そ、そりゃ、俺たちだってけっこういろいろやってると思うけど……」


犬山君「ですが、あきらかに女性職員の負担は大きいです! スタッフルームで、みなさんが疲れ切っている様子を何度も見ました。長井さんも、積もり積もった疲労で倒れてしまったんだと思うと……」


岸本「いやいや。だから、長井さんは―」


犬山君「僕、施設長に話してきます!最初に言われたんです。業務で少しでもおかしいと思うことがあれば、何でも自分に言ってほしいって。ちょっと、行ってきますね!」


岸本「えぇ! そ、それは待って!」


のらりくらりとかわしていた課長の声が、一気に慌て出す。

 

長井<課長って、毎日施設長に怯えまくっているものね……まあ、私も未だに恐いんだけど>


岸本「大丈夫。俺がちゃんと考えるから。女性職員に意見を聞いて、改善するから! 施設長に言うのだけはやめてくれ……」


犬山君「ありがとうざごいます! 課長に相談してよかったです!」


犬山君の爽やかな声が、会議室に響く。

長井は会議室にいる2人の顔を想像する。


長井<ああ、きっと、課長はうな垂れているんだろうなあ。面倒なこと増やしやがってって>

長井<だけど、施設長に話が回るのを阻止するためには頑張らざるおえないしね。果たしてこの結果は、犬山くんの計算なのか、ただの天然なのか……>


犬山君「失礼します」


扉が開くと同時に、長井は慌てて離れる。逃げる前に、出てきた犬山君に見つかった。


犬山君「長井さん! 何しているんですか? 寝てなくていいんですか?」


長井「ああ、うん。もう平気。ちょっと通りかかって、ね。あの、会議室での話なんだけど……」


犬山君「あぁ。業務改善の話ですか。前々から思っていたんです。しかし、長井さんが倒れる前に早急に話すべきでした。すみません」


犬山君は悔しそうな表情を浮かべながら、頭を下げる。


長井「いや、だから私のは……まぁ、いっか。犬山君のせいじゃないし。むしろありがとうね、医務室まで運んでくれて」


犬山君「当然です」


長井「でもよく、あの腰の重い課長を説得したよ。施設長のことを持ち出したのは、最初から織り込み済みだったの?」


犬山君「織り込む……? 何の話ですか。ぼくはただ、本当に施設長から何かあれば教えてほしいと言われていたので」


ハキハキと、ただ真面目に答える犬山君。


長井<やっぱり、天然なのかな?>

長井<ううん。そうじゃなくて、本気なんだ。いつだって純粋で、本気なだけなんだ>


入りたての頃、がむしゃらに仕事をしていた自分を思い出す長井。


長井<これで女性職員の不満が少しは改善されるかもしれない>

長井<私も、だいぶ恥ずかしい思いをしたけれど……さっきまでの痛みも、苛立ちも、きれいに消えている>


姿勢を伸ばして真っすぐに立つ犬山君を、長井はじっと見つめる。


長井<もしかしたら、彼はヒーローなのかもしれません。介護界に現れた、中途採用のヒーロー……>


長井「犬山君、ありがとうね」


犬山君「え? 運んだお礼ならさっきも言われましたよ?」


長井の心境は察せず、首を傾げる犬山君。


長井<伝わるわけないか。犬山君にとっては、当たり前のことだもんね>

長井<でも、嬉しかった。久々に、すっきりもしたし>


長井「待機、戻ろうか」


犬山君「はい!」


2人で並んで歩き出す。


長井<辞めたい気持ちに変わりはありません>

長井<それでも残りの数か月は、この人のためにちゃんと頑張ろう。そう思いました>

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