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仕事、辞められなくなりました。

ーー1階会議室前。

2回ノックをして、扉を開けて入る長井。


長井「失礼します」


中には施設長と―もう1人、長井の知らない男の人(犬山君)がいる。


施設長「あぁ、長井さん。ごめんね、忙しいところ」


長井「いえ、大丈夫です……」


長井<施設長、それより聞きたいことがあるんですが……>

長井<その人、だれ?>


呆然とする長井。犬山君が、にこっと会釈をする。


長井<朝ドラ俳優? いや、違う違う。スーツを着ているから、お役所関係の人?>

長井<え。だとしたら私、逮捕でもされるの? 何か悪いことした? いや、してないし>

長井<ていうか、この状況じゃあ退職の話できないじゃない>


施設長が男の人を手で示しながら、咳ばらいをする。


施設長「長井さん。こちら、来月から入職する犬山さんね」


長井<え?まさかの新入職員⁈>


犬山君「はじめまして」


犬山君はまっすぐ、長井の方に体を向ける。


犬山君「犬山です。至らないところもあり、いろいろご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


長い背丈を折り曲げて、びしっと綺麗に頭を下げる。

長井はあまりに丁寧な挨拶に、少し感動する。


長井<人生で初めてかもしれない。こんなド丁寧な挨拶をされたのは……>

長井<というか、新しい職員なんて何か月ぶり? 何年ぶり?>

長井<前にパートで入ったおばさんがいたかな。なんか、腰痛めたとか、鬱になったとかで、「辞めます」って課長にメールだけ送って消えちゃったけど。その後には若い子も入ってきたかな。40歳のおっさんと不倫して、これも二人共々消えたけど>

長井<でも、今目の前にいる犬山さんは、今までの人たちとは少し違う気がする。まぁ、なんとなくだから、意外とすぐ辞めちゃうかもしれないけど>


施設長「早番も遅番も夜勤もできるから」


長井「はぁ……それで、どうして私だけが呼ばれたんですか……?」


施設長「それはもちろん、長井さんに、教育係を頼みたいからに決まってるじゃないか」


長井「え?」


長井<待て待て! 私、ここ辞めるつもりなんだけど!>


長井「ちょっと私には……」


施設長「長井さんは若いけどすごくしっかりしてるからね。この施設の未來のリーダーだから」


まるで自分がそういう風に育てたかのように、胸を張って紹介する施設長。


犬山君「すごいですね。そんな方に指導してもらえるなんて恐縮です」


犬山君は目をきらきらさせながら、大きくうなずく。

それとは正反対に、死んだ魚のような目になっていく長井。


長井<おいおい、ハゲ。勝手なこと言って話すすめんな>

長井<誰もこの先の見えない真っ暗な施設の未來なんて背負わされたくないし!>


施設長「じゃあ、長井さんよろしくね」


施設長が軽く手を挙げる。これはもう決定事項で、話は終わりだと言わんばかりに。


長井<心の中ではいくらでも毒を吐けるのに、直接言葉にすることができない>

長井<今までずっとそうだった。どんな理不尽にも、黙って従ってきた>

長井<でも今日は違う。何の力も持たない一般職員の唯一の武器「退職願」を引っ提げてここに乗り込んできたんだ……!>


長井は、ポケットから少しはみ出ている封筒に指をかける。


長井「あの、私―」


犬山君「長井さん、これからよろしくお願いします!」


まるで長井の言葉を遮るように、犬山君が大きな声とともに再度綺麗に頭を下げてお願いする。

その姿勢に、出かけていた言葉を飲み込む長井。

封筒にかけていた指を引っ込めて、施設長ではなく犬山君の方に体を向ける。


長井「よろしくお願いします……」


長井はにっこり笑う。しかし頭の中は、でうな垂れるように呟く。


長井<あぁ……やっぱり私は、臆病者だ>

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