(二)
〝人〟は、遠く西の地より来た。
遠く、とおく、舟ってヤツに乗って、海を超えてやってきた。
そのころは、ボクら鳥人族と、海の竜人族、それと土の土グモ。あとはたくさんの森と山と草原と、丘と川と海しかなかった。
鳥は空を飛び、獣は大地を走って、魚は海を泳いでいた。
舟に乗ってやって来た人は、大地に田を作り、森の木を切り落として家を建て、海の魚を採って暮らしはじめた。
住まいを壊された土グモ、とまり木を切られた鳥人、エサを奪われた竜人は、口々に神々へ文句を言い立てた。
けれど、神々は「人もまた自然の一つ。共に生きる道を探せ」と言うばかり。
そして神の齋庭で、四つの氏族は、それぞれの里を壊さぬよう、誓いをたてた。
竜人族は青い海の底深くで。人が生きていくために海で魚を採っても、竜人族のもとに参ってはならぬ。
土グモは湿った大地の奥深くで。人が生きていくために大地を耕しても、土グモのもとに参ってはならぬ。
鳥人族は山と空の高い所で。人が生きていくために森の木を切ったとしても、鳥人族のもとに参ってはならぬ。
そう定められたのに。
人は、大地をならし、田を広げた。船を漕ぎだし、海の幸をこれでもかと奪い取った。森の木は切り倒され、新たな里を作った。
――他の氏族のもとに行ってないから、約定を破っておらぬ。
それどころか。
――神々に一番似た容姿をしているのは、我々だ。だから、神に代わってこの世界を治める資格がある。我々〝人〟がこの世界で一番尊い存在なのだ。
そんなことを言い出した。
神の齋庭の約定を破れば、神の罰がくだされる。
そう思ったのに、神はなんの罰も人に与えなかった。
――やはり、我々が支配することを神は許されたのだ。
高笑いする〝人〟。
彼らは、ますます勢いづいて、世界を自分たちのものにするよう動き始めた。
スイッと川に沿って、空を飛ぶ。
川のほとりには、また新たに作られた田にある稲。人が持ち込んだというその草が、実った穂を垂らし、葉を緑から黄色に染め替え始めている。
田から少し離れた場所には、人の家。水辺の葦を刈り取って、それでこんもりとした山のような形の家を作る。
その奥には、切った木を組み合わせて作られた建物もある。
大地のもの、川のもの、そして森のもの。
勝手に奪って作られた人の里。
この先、川を下っていけば、そこで暮らす人は、海のものも奪っているんだろう。
(ここだって、昔は森だったのにな)
うねる丘だった場所は、いつしかなだらかな人の里にされてしまった。昔の姿を想像するには難しいほど、人によって変えられてしまった。
(……おっと)
ずっと飛び続けていたせいか。なにやら人の里が騒がしくなってきた。こっちを見て指差す者もいる。
「人が鳥人族の森を犯すからって、こっちが約定を破るようなことしちゃダメだよな」
あっちが守らないから、こっちも守らなくていいなんてことはない。
約定は約定。
決められたことを守るのは当たり前のこと。同じことをして同じようなヤツには成り下がりたくない。
大きく翼をはばたかせ、ツイッと飛ぶ向きを変える。
先に見えるのは、里より大きく、里より広く、里より美しい森を抱えた山の奥。
今はまだ深い緑の山だけど、そのうち少しずつ変化して、赤に黄色に綾に染まる。
まるで、経も緯も定めずに、自由に織られた布のように。黄葉が散れば、次は雪が森を真白に染める。
(やっぱり、山が、森が一番キレイだよな)
川の先にあるだろう海よりも。人が作った里よりも。
何よりもどこよりも美しいのがこの森がある山だ。
緑の山がいくつも重なり続け、遠くになれば淡い藍色となって、青い空との境に稜線を描く。似たように木々が生い茂っているだけなのに、その一つひとつの山に同じ色はなくて、同じ形も存在しない。
(この森は、山はボクが守るんだ)
未来の族長として。
父さんの後を継いで、このボクが。
これ以上、森を人に奪われないように。鳥人のみんながここで暮らしていけるように。
だから。だから。
(あんな、人の子にかまってるヒマなんてないんだ)
ボクは誰よりも立派な族長にならなくては。
誓いをこめて、翼をひときわ大きく、バサリと震わせた。