(五)
「うわっ!」
「ワップ!」
「わわわわっ!」
社に帰った僕たちの上げた声。
最初のはボク。次に、ボクの羽根にぶつかったノスリ。そして、そのノスリに押し出されたせいで、着陸に失敗して、社の階から落っこちそうになったカリガネ。――カリガネ、飛べばいいのに。
「ちょ、何やってんだよ、ハヤブサァ」
翼の後ろで、ノスリが文句を言いながら、つま先立ちしてのぞきこむ。落っこちそうになったカリガネは、なんとか四つん這いで、階に残った。
「……お前、どうしてここに」
ボクが、二人のことを考えずに、階に降り立ったわけじゃない。降りたくても、そこにデデンっと立ってたヤツがいたから、上手く降りられなかったのだ。
ボクが降りるのを邪魔したヤツ。それは――
「これが人の子か!」
「うわあ、初めて見たよ」
二人が声を上げる。
そう。階のド真ん中に立っていたのは、あの〝人の子〟だった。キョトンとした顔のまま、ジッと階に立っていた。
「ねえ、人の子って、僕たちとあんまり変わらないね」
四つん這いのまま、人の子に近づいたカリガネ。そのまま、しげしげと人の子を観察する。
「ホントだ。違いって、翼のある、なし、だけじゃね?」
ボクの羽根に手をかけたまま、背伸びして首も伸ばすノスリ。
二人の視線におびえたのか、人の子がボクの衣のスソをつかむ。
「こんなかわいい子に追いかけられて、うれしいだろ? ハヤブサ」
「うれしいわけないだろ、こんなの」
バサッと翼をふるわせ、ノスリの手を払う。
「なんでボクが、こんな人の子なんかの世話をしなくちゃいけないんだ」
「そりゃあ、お前の親父さん、族長が決めたからじゃね?」
「大事な妹だから、兄であるハヤブサがお世話しろってことなんじゃないの?」
ノスリとカリガネが、それぞれの意見にウンウンとうなずき合ってから、ボクを見る。
「森に棄てられてたんだろ、この子」
「え? 迷子じゃないの?」
「大ワシにさらわれてきたって聞いたけど」
「大ワシが? この子を? もっと小さな赤子じゃなく?」
「だから、重すぎて途中で落っことしたって、じっちゃんが言ってたぞ」
「そうなんだ。でも僕は、人の里で飢えて、木の実を採りに来て迷子になったって教えてもらったけど」
本当のところ、どうなの?
二人が、正解を求めてボクを見る。
「ボクだって、くわしくは知らない。父さんが勝手に拾ってきたんだから」
ボクの衣をつかんだまま、ずっと離さない手。見下ろすと、その黒い目が、ビクッとゆれた。
「父さんが、森でさまよっててかわいそうだから、だから拾ったって。でもさ、『かわいそう』ってだけなら、ちょっとメシでも食わせて、人の里に返してやればいいのに。別にボ、ボクの妹だなんて、言わなくてもいいのに」
話すうちに、だんだん早く小さくなっていった言葉。〝ボクの妹〟の部分特に小さくなったし、言った自分でも背中がゾワゾワした。
でもそう。そうなんだよ。
かわいそうなら、ちょっと助けるだけで、それでいいじゃないか。今みたいに、こうして身ぎれいにして、食べ物もあげて、体も休めたんだから、もう人の里に返してもいいじゃないか。
それをどうして、父さんは、〝ボクの妹〟だなんて言い出したんだ?
「妹みたいに、大事にしろって言いたかったんじゃねえか?」
ノスリが言った。
「妹ってさ、ほら、かわいくってかわいくって、どうしようもなくかわいい時ってあるじゃん。だから、そういうふうに、大事にしてやれよって意味じゃねえの?」
「あ、それか、一人っ子のハヤブサに、兄みたいな誰かを守るっていう意識を持つキッカケになればって、考えたんじゃないかな? ほら、ハヤブサは次期族長でしょ? だから、誰かを守りたい、守るんだって感情をこの子から学ぶ……、とかじゃないよね……、うん。ごめん」
ひらめいた! そんなかんじのカリガネだったけど、ボクがギロッとにらむと、言葉がしりつぼみになっていった。
「で、でも、こんなかわいい子が妹なら、悪くないんじゃない? ほらこの子、とってもツヤツヤしたキレイな黒髪だし、目だってパッチリしてるし」
「そそそ、そうだよな。ほらほら、肌だってオイラたち鳥人と違って、抜けるように白いし」
「だから、なに?」
再びのにらみつけ。今度はカリガネとノスリの二人。
「そんなにかわいいって思えるんなら、キミらに世話をまかせるよ。ボクは別に、妹なんかで〝守る〟練習をしなくても、立派な族長になれるんだから」
つかまれた衣を取り戻し、スタスタと歩き出す。
「お、おい!」
背中に、あわてたノスリの声。
そうだ。そうだよ。
ボクは、将来、誰よりも立派な鳥人族の長になるんだ。
人の子をボクにあずけて、「ちょっと出かけてくるわ、じゃ」って、またどっかへ飛んでった父さん。父さんが立派な族長じゃないとは言わないけど、あんなふうに仕事をほっぽってどっかに行くような、面倒なことを押しつけていくような、無責任な族長には、ボクはならない。
大股でドスドス踏み鳴らす後ろに、トテテッと続く足音。
トテテテテテテッと続くのならまだしも、トテテッ、トテテテテッと何度も途切れる。
「勝手についてくるなよ! お世話なら、あの二人にやってもらえ!」
ふり向きざま、その足音の主に怒りをぶつける。二人を置いて、ボクを追いかけてきてた人の子の目がビクンと震えた。
「ボクは忙しいんだ! お前なんかにかまってるヒマはないんだ!」
言って、目の前で、バンッと戸を乱暴に閉め、自分の室にこもる。
そうだ。そうだよ。
ボクは鳥人族を守る、立派な族長になるために、いっぱい学ばなきゃいけないんだ。あんな人の子なんかに、かまってるヒマはないんだ。