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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
六、風早。 (かざはや。風が強く吹くこと。風の激しい土地)
40/42

(五)

 月明かりの下、東にむかって空を飛ぶ。

 星影に山の木々、稜線(りょうせん)が黒々と浮かび上がる。

 人の宮を出た時は、黒い塊のように連なって飛んでいた鳥たちも、少しずつ別れ、それぞれの巣へと帰っていく。きっと明日には、仲間や家族に自分がいかに活躍して、メドリを助けたか自慢気に話すんだろう。メドリを背に乗せて飛んだとか、人の間を縫うように飛んで驚かせたとか。きっと、鳥たちの一生に一度、生涯で一番大きな自慢話になるだろう。


 そんな鳥たちが別れのあいさつに近づいてくるたびに、メドリが「ありがとう」とか「おやすみなさい」をくり返す。


 「でもほんと、メドリが無事でよかったよ」


 ほとんどの鳥と別れ、あとは(やしろ)に帰るだけとなった頃、カリガネが言った。


 「兵に囲まれてるのを見た時は、どうなるかって思ったけどさ」

 

 「かっこよかったよなあ、ハヤブサの雷。こう、ズババババッて出てさ。飛んできた矢を全部まっ黒焦げにしちゃってさあ」


 「そうだよね、あれ、すごかったよね!」


 ノスリの言葉にカリガネが興奮しながら頷く。


 〝ワシモ活躍シタゾイ!〟


 忘れられては困ると、大鷹(オオタカ)が、ノスリの腕の上で翼を羽ばたかせた。

 あの時の大鷹(オオタカ)は、メドリを助けるために鳥たちを率いて飛んだけど、やはり肩羽の傷は重くて、遠く長い距離を飛ぶ時は、誰かに運んでもらわなきゃいけない。


 「うん。大鷹(オオタカ)もかっこよかったよ」


 そう言ってやると、エヘンと大鷹(オオタカ)が胸を反らした。とまり木代わりに腕を貸してるノスリが「イテっ!」と顔をしかめた。きっと、胸を反らしたひょうしに、鉤爪(かぎつめ)を立てられたんだろう。


 「でもさ、あの抜け殻になった剣、あれをこれからどうするんだろうね」


 「気になるのか、カリガネ」


 「うん。だってあれ、フツミタマノツルギ? だっけ。あれには、なんの力も宿ってないんだよ。ただの鉄のかたまりじゃないか」


 あの剣に宿ってた(いかづち)の力はボクに移った。だからあれはもう神宝(かんだから)でもなんでもない、ただの鉄のかたまり。鉄の剣。

 山にあったときは、何年も放置されててもビクともしなかったけど、これからは普通にサビて土にかえっていくんだろう。


 「でも、神宝(かんだから)神宝(かんだから)だし。大事にしていくんじゃないのか?」


 力はなくても形は残っている。

 メドリの父親を殺して剣の鞘だけを持ち帰った大君。あの剣が人の神宝(かんだから)、大君の証だと言うなら、抜け殻であっても大事にするに違いない。

 誰でも持てるようになった剣に、それだけの価値があればだけど。


 「ごめんな、メドリ。お前の父さんの形見をあんなふうに渡してしまって」


 気になることといえばそれだけ。

 あれは、メドリの父親が持っていた剣。それを勝手に渡してしまった。


 「いいの」


 軽く首をふって、メドリが衣の下から勾玉を取り出す。

 

 「それは……」


 「父さまが母さまに贈った、妻問いの宝なの」


 初めて会った時、ずっとメドリが握りしめていた淡桃色の勾玉。忍海彦(おしみひこ)たちに、巫女姫の証みたいに言われたから、どういう品なのかって思っていたけど。


 「そっか」


 それがあれば充分か。

 剣なんて物騒なものじゃなくても。

 軽く笑ってメドリを見ると、ニコッと笑い返された。


 「梯立(はしだ)ての 倉橋山(くらはしやま)は (さが)しけど (いも)と登れば (さが)しくあらず」


 「え?」


 今、なんて言った?


 「ねえねえ、それが〝歌〟ってやつなの? メドリ」


 「やっぱ、鳥のさえずりとは違うなあ。ってか、どういう意味なのさ」


 カリガネだけじゃなく、ノスリも食いついた。大鷹(オオタカ)も興味深そうに首を伸ばす。


 「倉橋山は、天にかけた(はしご)のように険しいけど、愛する人と登れば、なんてことない、険しくない……って意味だろ」


 メドリの代わりに答える。

 歌った本人は、尋ねられて恥ずかしかったのか、ボクの胸に顔をうずめて、小さくうなずいただけ。


 「父さまが、母さまに贈った歌なの」


 顔を真っ赤にしたメドリが、小さな声で言った。


 「いい歌だな」


 褒めると、メドリがさらにきつくボクの衣を握りしめた。


 「アナタとならどんな山でもへっちゃらさ~か」


 「()の鳥とそんなふうに想いあえたら素敵だよね」


 「そうだよな~って、ああっ! 歌垣(かがい)っ! あれって今年はもう終わりなのかな」


 人の襲撃せいで、途中で終わっちゃったけど。


 「終わりなんじゃないのか?」


 「終わりでしょ」


 ボクとカリガネが答える。


 「ちくしょ~。じゃあ、来年まで(つがい)はお預けかよぉ」


 グシャグシャと髪をかき乱すノスリ。そんなに(つがい)探しに必死だったのか。


 「じゃあ、メドリ! オイラと(つがい)になってくれ!」


 ノスリが叫んだ。


 「オイラ、メドリを大切にする! だから、メドリを嫁にくれ、ハヤブサ!」


 は?


 「ノスリ……。そこまでして(つがい)が欲しいの?」


 カリガネがあきれた。


 「だってさ。メドリとなら、楽しくやっていけるような気がするんだよな、オイラ」


 「あ、それなら僕もメドリをお嫁さんにほしいかな。メドリとなら、気心知れてるし。一緒に暮らして、いっぱいメドリの歌を聴かせてほしいな」


 カリガネまで言い出した。


 カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。


 〝ワシモ姫ト(ツガ)イタイゾイ〟


 なぜか、大鷹(オオタカ)まで参戦する。


 〝ワシナラ、姫ノタメニ、最高ノ巣ヲ用意デキル〟


 いや、メドリを巣で暮らさせるのかよ。


 「――メドリは誰にもやらない」


 発した声。自分でも知らないうちに、とんでもなく低くなっていた。


 「メドリは、誰もやらない!」


 だって、まだ小さいし。一人じゃ空も飛べないし。あぶなっかしいし。目が離せないし。だから、まだ誰かと(つが)うなんてできないし。そんなのは、もっともっと先の話だし。

 「じゃあ」とか「それなら」みたいな気軽さで、(つがい)相手に選んでほしくない。安易すぎる。


 「うわあ、ハヤブサ、(おさ)と同じこと言ってる」


 「うん。(おさ)のこと、親バカとかなんとか言ってたけど、自分もおんなじじゃん」


 〝兄バカジャノ〟


 うなずき合う二人と一羽。


 ――娘は、誰にもやらーん!


 ボクだって、言ってから父さんと同じだって思ったんだから、追い打ちかけるようなこと言うなよ。


 「兄さま……」


 なぜかキュッとボクの首に腕を回したメドリ。なにがうれしいのか、ヘニャッといつものように笑いかけてくる。

 そのせいで、ボクの顔がカッと熱くなる。首をしめられたせいだ。ドキンと胸がはねたのは、息が苦しくて心臓がもがいたせいだ。きっと。


 まったく。

 コイツといると、ほんと、調子が狂う。

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