(三)
「久しぶりだな、忍海彦」
「生きて……いたのか」
「ああ。あれぐらいの矢でくたばるほど、鳥人はヤワじゃない」
本当は、生死の境をさまようほどのケガだったけど。悔しいから、そこはなんでもないフリをしておく。
「それより、いいかげん妹を返してもらう」
「……返すとでも?」
忍海彦が、メドリの腕をつかむ手をグイッと持ちあげた。痛いのだろう。メドリが顔をしかめる。
「返してもらう」
自分でも驚くほど、発した声は低かった。体の底でグルッと炎が渦巻くような感覚。
「でないと、メドリを心配した父さんが泣きすぎて、山のなかに湖を作っちまう」
悟られたくなくて、わざと軽口を叩く。
「どうやって?」
忍海彦の周りにいた兵が、こっちに向かって剣をぬいた。槍を構える者もいる。そのせいで、隣に留まっていたカリガネが、ビクッと体を震わせた。ビビんなよ、カッコ悪い。
ボクはというと、忍海彦とにらみ合ったまま、左手を軽く上げる。それから、まっすぐ前へと、忍海彦にむけて手を振り下ろす。
「行け」の合図。
ピィ――ッ!
甲高い鳴き声。同時に、夜の闇のなかから、動く塊。
「うわああっ!」
「な、なんだっ!」
忍海彦を囲んだ兵が叫ぶ。塊は黒く大きな蛇のように、うねり、からまり、兵たちの間を縫うように、とぐろを巻くようにして動いた。
チーチーチーチーツーチー、チーチーチーチーツーチー。
キョッキョロッキョキョキョロロ、キョッキョロッキョロキョロロ。
ヒンカラカラカラ、ヒンカラカラカラ。
ピルピピルピ、ピッキキ、ピルピピルピ、ピッキキ。
コナガやコマドリたちみたいな、小さな鳥だけじゃない。
コロコロコロコロコロコロ、コロコロコロコロコロコロ。
クマゲラのような大きな鳥もいる。
ピーヒョロロロロ、ピーヒョロロロロ。
トビのような、クチバシ鋭い鳥もいる。
カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。
もちろん、大鷹だっている。
黒い蛇のような渦の一つひとつは、大小さまざまな鳥で、その先頭を飛んでいるのは大鷹だった。大鷹に従った鳥たちが、兵にむかって、鋭いクチバシやカギヅメで攻撃をくわえる。鋭いクチバシを持たない鳥は、翼で兵を叩き、威嚇する。
「うわっ!」
忍海彦が大鷹のクチバシから身を守ろうとして、メドリの腕をつかんでいた手を離す。それを見逃さず、うねった鳥の群れが、メドリの体をさらった。小さな鳥の背ではメドリを支えきれないので、代るがわる交代で、メドリを担いで飛んだ。
〝フム〟
メドリをさらった大鷹たちが、こちらに向かって飛んでくる。その動きはまるで〝軍〟。人間の軍でも、ここまで統率のとれた動きは出来ないと思う。
「おかえり、メドリ」
鳥たちの背に載せて運ばれてきたメドリ。軽く宙で放り投げられるように渡された彼女を、空いていた左腕で受け止める。
「あんまり帰りが遅いから、父さんが心配してる。早く帰って、安心させてやれ」
それだけ言うと、自然と笑いがこみ上げてきた。どうして笑ってるのか、自分でもわからない。でも、今は笑うのが正解だと思えた。
「ハヤ……ブサ……」
驚いたメドリの顔がくずれ、震え、わななき、そして。
「兄さまっ!」
大きな声を上げ、ボクに抱きついて泣き始めた。
「兄さま! 兄さま! 兄さま!」
泣き声が、肩から伝わる。何度もなんどもボクを呼ぶ声。
もう片方の手で、軽くメドリの背中を叩く。
「おかえり、メドリ」
「無事でなによりだよ」
ノスリとカリガネの声に、メドリがようやく顔を上げる。その顔が赤いのは、泣き腫らしたからか、それとも泣いてるところを見られて恥ずかしいのか。
カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。
「……大鷹、無事だったの?」
メドリが驚いた。大鷹は、二度と飛べないかもしれないってぐらいの大ケガだったのだから、メドリが驚くのも無理はない。
カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。
「『ワシは、あれぐらいでくたばりはせぬ』って言ってる」
カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。
「『姫のためなら、どこまででも飛んでいく』だってさ」
「大鷹……」
大鷹がいつものように、メドリの肩にとまる。メドリが、その灰黒色した翼に涙にぬれた頬を寄せると、大鷹がグルッと喉の奥を鳴らした。




