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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
六、風早。 (かざはや。風が強く吹くこと。風の激しい土地)
36/42

(一)

 秋には見事な金色の波となるススキも、この季節はまだ葉を青くし、風にそよいでいる。もう一月も経てば、白い穂が出るのだろうけど、今はまだ葉しかない。


 「こんなところにあったのか」


 「さすがに、ここは捜さなかったよね。人の子が出たっていう山からは遠すぎるもん」


 ノスリとカリガネ。

 ボクについてきた二人が言った。

 そう。忍海彦(おしみひこ)に会った山と、この素珥山(そにやま)は、ボクらの翼で飛んでも半日以上かかる距離にある。だから、こんなところに捜しているものがあるなんて、思いもしなかった。


 「ソイツ、ほんとに捜す気あったのかな」


 ノスリが疑問を投げかける。


 「さあ。あそこからもっと山に分け入るつもりだったのかもしれないし」


 「単なる迷子かもしれないけどね」


 カリガネが茶化した。

 メドリが見つけるまで、忍海彦(おしみひこ)は山をさまよっていたみたいだから、案外迷子が正解なのかもしれない。

 今となってはどうでもいいことだけど。


 「ねえ、あれ、本当に抜くの? ハヤブサ」


 「なんだよ。もう怖気づいたのかよカリガネ」


 「だってさ……」


 興味本位でついてきた二人。

 カリガネが怖気づくのもわかる。


 青々としたススキの群れのなか、剣の突き立ったそこだけは、ススキが生い茂っていない。刈り取られたんじゃない。風にそよぎ、剣に触れたことで、その葉が焼け焦げて枯れていた。

 剣は、正しい持ち主でないものが触れると、雷を発する。それはススキの葉に対しても同じだったらしい。今も、風に飛んだ虫でも触れたのだろうか。バチッという音と、青白い光が剣にまとわりついた。


 「なんか、おっそろしい剣だな」


 「でしょ? だから大丈夫かなって思ったんだよ」


 「というか、あんま不穏なこと言うなよ。オレはこれからあれを引き抜くんだぞ」


 言葉には力がある。悪い言葉を使われると、そのまま悪い未来を引き寄せそうで怖い。


 「ごめん」


 カリガネが短く謝った。


 「大丈夫だ。なんかあったらオイラたちが骨だけは拾ってやる」


 「いや、それ、一番言われたくない言葉だ。不吉すぎる」


 ノスリに対して、思いっきり顔をしかめる。


 「とりあえず、オレは行くけど、二人はこのまま離れてろ」


 ススキの茂みに二人を残す。距離にして十歩。これだけ離れていたら、万が一、ボクに雷が落ちても二人に影響はないだろう。


 「気をつけてね」


 「がんばれよ」


 励ましを背に受け、剣の前に立つ。


 (この剣が、人の神宝(かんだから)……)


 鉄は磨きもせずに放置すると、赤茶色に錆びるという。もともと鉄は土の中から生まれたものだから、土に還ろうと赤茶色になるのだと聞いた。

 けれど、目の前に突き立った剣は、赤茶どころか、磨き上げたばかり玉石のように、鈍く陽光をはね返し、輝いている。サビなんてどこにもない。ついさっき、人がここに持ってきて、突き立てていったかのよう。


 (これをメドリの父親が……)


 父さんの話だと、ここでメドリの父親は絶命した。同族である、人の軍に射られて亡くなった。

 どういう事情で、これを持って家族で逃げてきたのは知らない。けど、メドリの父親はここに剣を残すことで娘を守ったんだろう。自分の死を悟って、父さんに娘を託したんだろう。


 剣を前に、大きく息を吸い、腹の底の空気まですべて吐き出す。それを何回かくり返し、静かに目を閉じ、剣に語りかける。


 (ボクは、メドリを、妹を助けたい。鳥人を守るため、人のもとに去ってしまった妹を取り返したい)


 声に出す必要はない。語りかける相手は神宝(かんだから)であり、それに宿るメドリの父親の心なのだから。


 (鳥人のボクが人の神宝(かんだから)を手にするのは、間違っているかもしれない。でも、メドリを救うためには、これが必要なのです)


 落ち着けたはずの心が、一つ大きく脈打った。


 (ボクが剣にふさわしくないと思うのならば、雷を撃ってくれてかまわない。けれど、メドリのため、力を貸してくれるのであれば、この手に剣を取らせたまえ!)


 心のなかで叫ぶ。息を止め、グッと柄を握りしめる。


 「ああっ!」

 「ハヤブサッ!」


 二人の叫び声。同時に、青白い光がドーンッと叩き潰すような音とともに天から降り注いだ。

 

 「だ、大丈夫かっ!」

 「ハヤブサッ!」


 二人が駆け寄ってくる。


 「あ、うん……。なんとか」


 自分でも無我夢中だった。気づけば、ボクは剣を抜き、その切っ先を天に向け、高く掲げて立っていた。


 「剣に選ばれたんだね、ハヤブサ」


 「さっきの雷、すごかったもんなあ。ドーン、バリバリーッ! ってさ」


 さっきの、身を包んだ青白い光は雷だったんだろう。どこも焦げてないけど、少しだけ羽根のあたりがピリピリした。

 

 「でもこれでメドリを助けに行けるよな」


 「そうだね」


 「おい、お前ら、ついてくるつもりなのか?」


 この剣を得たからって、無事に帰れる保証はないんだぞ?


 「当たり前じゃないか」


 「せっかく面白くなってきたのに、見逃す手はないってね」


 二人が、ニカッと笑う。


 (まったく。コイツら……)


 心強いというのか、軽すぎて不安というのか。


 〝オオーイ。ワシラモ忘レテモラッテハ困ルゾ〟


 バサバサと、どこか不格好に飛んできた黒い影。


 「わっ、大鷹(オオタカ)じゃん! 元気になったのか?」


 腕に大鷹(オオタカ)を止まらせたノスリが驚いた。


 〝当タリ前ジャ。メドリ姫ノタメナラ、アンナ傷、ナントモナイワイ〟


 先日よりはよくなったのだろう。翼はとてもキレイに広がった。


 〝ソレヨリ、ホレ。メドリ姫救出ノ仲間ヲ連レテキテヤッタゾ〟


 「仲間?」


 「うわっ! なんだあれ!」


 〝ミナ、メドリ姫ノタメニ協力シタイト申シテオル。小サイガ、頼リニナル仲間ジャ〟


 西から東から北から南から。

 それは沸き立つ雲のように群れをなしてやってくる。


 「スッゲー」


 「こんな光景、僕、初めて見た」


 「ボクもだ」


 驚きで言葉が出ない。

 〝鳥寄せ〟したわけでもないのに集まってくる小鳥の群れ。それが、青かった空を一面埋め尽くす。


 〝サテ。メドリ姫奪還作戦(ダッカンサクセン)ノ始マリジャ〟


 大鷹(オオタカ)が、ひときわ大きな声で鳴いた。

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