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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)
35/42

(七)

 わたしの手のなかにある、小さな笛。

 鳥人の神宝(かんだから)天鳥笛(あまのとりぶえ)

 兄さまが、わたしのために、鳥人の父さまから借りてきてくださったもの。

 初夏の草原を思わせる緑の石、翡翠(ひすい)。その翡翠(ひすい)で出来た、鳥の卵のような形の笛。

 普通に吹いても音は出ず、呼び寄せたい相手のことを思いながら吹けば、その相手にだけ音が届くのだという。


 ――何かあったら、これを吹いて知らせろ。


 そうしたら、どこからだって駆けつける。守ってやる。

 そう兄さまは約束してくれた。わたしを助けてくれると。


 ――ボクが、守って……やる。


 矢で射られ、生死の境をさまようことになっても、そう言ってくれた兄さま。

 どこまでもやさしく、どこまでもわたしを大切にしてくれた兄さま。

 今、もしこの笛を吹いたら、兄さまはここに駆けつけてくれるのかしら。わたしを助けてくれるのかしら。

 危険を冒してまで、ここに来てくれるのかしら。

 兄さまのことだから、きっと無理をしてでもここに来てくれる。でも。


 (そんなことをしたら、きっと次は矢傷ぐらいではすまない)


 ここには、たくさんの兵がいる。兄さまがここに来たら、きっとたくさんの矢を射かけられてしまう。兄さまが無事に帰れる保証はない。

 それこそ父さまのように、命を落としてしまうかもしれない。


 (それはダメ。兄さまをそんな目に遭わせるわけにはいかないわ)


 だって、兄さまは鳥人族の大切な次期族長だもの。人の子でしかないわたしのために、そんな危険な目には遭わせられない。


 (兄さま……)


 どれだけ会いたくても、この笛を吹いてはダメ。兄さまを巻き込んではダメ。

 すべらかな、卵を思わせる形の緑の笛。

 それを何度もなんどもなでて、必死に心を抑える。


 (兄さま……)


 どうしてここまで兄さまを慕うのか。自分でも分からない。

 初めて会った時からそうだった。わたしは、兄さまだけを見ていた。

 父さまたちが亡くなって、誰か守ってくれる相手が欲しかっただけなのかもしれない。鳥人の父さまと違って、歳の近い兄さまに親しみを持っただけなのかもしれない。

 けど、心のどこかで、「この人だ」という直感みたいなものがあった。兄さまにだけは、強くひかれる何かがあった。それがなんなのか、言葉にするのは難しいけれど、兄さまとだけはいっしょにいたいと思った。


 笛をなでるたび、思い出すのは、兄さまが見せてくれたムラサキの原。青い月の光の下、控えめに咲いた白い花が、星のように美しかった。

 兄さまが、どうしてあの花をわたしに見せてくれたのか。どうしてあの夜、わたしを連れ出してくれたのか。

 歌垣(かがい)に参加したところで、誰からも求愛されない人の子を哀れに思ったのか。それとも。


 (兄さま……)


 ガマンできなかった涙が、ポタリポタリとこぼれ落ちる。

 こんな時、自分が翼を持たない人の子であることが、とても悔しく思える。翼があれば、どんなことがあっても、兄さまの元に飛んでいけるのに。こんなところ抜け出して、兄さまのところに帰っていけるのに。


 (ハヤブサ……)


 背中に翼を持たぬこと。そのことをなにより悲しく感じる。

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