表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)
32/42

(四)

 「ちょ、ちょっと待ってください母上!」


 忍海彦(おしみひこ)が声を上げた。


 「仮にそれが真実だとして、姫にそのようなことをさせるなど! 父上を倒すなど、できるはずがありません!」


 焦った息子に、大后(おおきさき)は、ゆったりと笑ってみせた。


 「大丈夫じゃ。姫にはそなたがおる」


 「は、母上?」


 「そなたが姫の剣となって戦えばよい。姫にできぬのであれば、そなたが担えばよい。そなたとて、大王家の血を引く若子(わくご)。過ちをただす宿命を持っておる」


 「それは、私に、ち、父上を討て……と。そういうことなのですか、母上」


 「そうじゃ」


 当然とはね返す母親の姿に、忍海彦(おしみひこ)の体が震えた。

 実の父親を殺せと命じる母親がどこにいる。自分の夫を子どもに殺させる母親が――。


 「それが正しい行いだからじゃ。あの男は弟から大君(おおきみ)の座を奪い、兄弟を殺した。それだけではない。忍海彦(おしみひこ)、そなたも殺されるところだったのじゃぞ」


 「私が?」

 

 「そうじゃ。大君(おおきみ)は、そなたに剣を捜しに行けと命じたであろ?」


 忍海彦(おしみひこ)が、グッと口を引き結んだ。


 「あの剣は、正当な持ち主以外が触れれば命を落とす。それを承知の上で、大君はそなたに捜しに行けと命じたのじゃ。危険な山へ、伴も連れずに一人で行けとな」


 「なぜ……、父上が……」


 喉に張りついたように、かすれた忍海彦(おしみひこ)の声。


 「そなたが優秀な皇子(みこ)だからじゃ。剣に触れ、命を落とせばそれでよし。持ち帰るようであれば、策を(ろう)してそなたを殺したであろうな。剣を手に入れ大君に楯突こうとしているとでもなんとでも。理由はいくらでも作ることができる。あの男は、己の地位を(おびや)かすものは、息子であっても殺そうとする。(わらわ)の大切な子を、愛しい忍海彦(おしみひこ)を……」


 夫に、大君に激しい怒りを抱いているのだろう。大后の手がグッと握りしめられ、ワナワナと震え始めた。


 「強欲で、狭量で、狡猾で、獰猛。およそ大君らしからぬ品格しか持ち得ておらぬ。あの男はそういうヤツじゃ」


 大后が憎々しげに吐き出した。


 「ゆえに、そなたが討ち取るのじゃ忍海彦(おしみひこ)。そなたが姫の父御(ててご)(かたき)を取れば、姫もそなたに剣を授けようぞ。そうして正しい後継者として二人でこの地を、このまほろばを治めてゆけばよい」


 ガシッと、大后(おおきさき)の手がわたしの腕をつかんだ。


 (痛――っ!)


 きれいに整えられた爪先が腕に食いこむ。


 「のう、姫よ。そなたも、この忍海彦(おしみひこ)こそ剣にふさわしい、この地を治める者であると認めるであろう? そなたの父御(ててご)の仇をとれば、この忍海彦(おしみひこ)こそ大君にふさわしいと認めるであろう?」


 わたしを(のぞ)きこむ大后の目は、真摯(しんし)で、強くて、一途で恐ろしい。


 「やめてください、母上!」


 忍海彦(おしみひこ)が声を上げた。


 「姫はまだここに戻って間もない。そんな話をされても戸惑うだけです!」


 自分だって、話の衝撃から顔を青ざめさせているというのに。それでも、声を荒らげ、母親を突き放す。


 「剣とか、父上とか。そのような話、今はまだ判断つきかねます」


 額に手をあて、眉間にシワを寄せた。怒っているのか、泣いているのかわからない顔。


 「忍海彦(おしみひこ)(わらわ)はそなたのことを思うてじゃな……」


 「出ていってください!」

 

 忍海彦(おしみひこ)が叫んだ。


 「まあよい。よく考えることじゃな。ただし時間はあまりない。お主が動かねば、あの男は、新たな剣の姫として、由須良(ゆすら)姫の代わりに、姫御(ひめご)を妻に迎えるぞえ?」


 剣の姫を妻にしたものが大君になる。

 それが大王家の習わしだから。自分が剣の担い手でなくても、剣の巫女姫を妻に迎えれば、それで正統性が認められる。

 息子の叫びにもひるむことない大后。青ざめるわたしと忍海彦(おしみひこ)に意味ありげな笑みだけ残し、悠然と室から出ていった。


 「……すまない。母上があのようなことを言い出すとは」


 室の戸が閉められてどれだけ経っただろうか。苦しげに忍海彦(おしみひこ)が言葉を発した。


 「私も困惑しているが、姫はもっと驚かれただろう」


 亡き両親の真実を聞かされたわたしと、実の両親の本性と確執(かくしつ)を聞かされた忍海彦(おしみひこ)と。どちらがより衝撃的で、より過酷なのかはわからない。


 「今宵は、このまま休まれるがよい。姫の考えは、また後に聞くことにしよう」


 そう言い残して、忍海彦(おしみひこ)が室から出ていく。その足取りが重く思えるのは、聞かされた内容が、同情にあたいするものだったからかもしれない。


 一人静かになった室のなかで、衣の内から薄桃色の勾玉を取り出す。

 母さまからいただいた、大切な勾玉。


 (母さま……)


 ――これは、アナタが持っていてね、沙那(さな)


 逃げ隠れた木のウロのなか、これを渡して下さった母さま。

 これは亡き母さまの形見、父さまと母さまの思い出の品。だからずっと握りしめてた。ずっと大事に思っていた。


 (兄さま……)


 ――これなら首から下げておけるだろ。


 そう言って、兄さまがヒモを通して下さった勾玉。首から下げておけば、無くさないですむ。

 兄さまが通して下さったヒモは古く、色あせ、かなりすり切れてきている。


 (こんな勾玉――!)


 グッと握りしめ、投げ棄てたい衝動にかられる。けど――。


 「ウッ……、クッ……!」


 握りしめた手を、もう片方の手で包みこんで抱きしめる。

 これは母さまと父さまの思い出。兄さまとわたしをつないだもの。

 〝剣の巫女姫〟の証という、忌々しいものになってしまったけれど、そう簡単に捨てられるものじゃない。


 (母さま、父さま、兄さま……)


 わたし、わたしはこれからどうしたらいいのでしょう。

 大后の言う通り、忍海彦(おしみひこ)と妹背になって、この国を治めるべきですか? 父さまたちの無念を晴らすため、大君を倒すべきですか?


 (帰りたい……)


 あの森に。あの山に。

 兄さまや他の鳥人たち、小鳥や大鷹(オオタカ)のいるあの森に。剣の巫女姫ではなく、ただのメドリに戻りたい。


 「ウッ……、ヒック……、兄……さま……。ハヤ……ブ、サ……ッ!」


 みんなを守ると決意して森を出たのに。

 どうしようもなく切なくて、どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく涙がこぼれ落ちる。


 ここは、まほろば。

 神々が人に与えたという、この世界で一番美しく、一番素晴らしい土地。

 けれど、わたしには、この世で一番おぞましく、忌まわしい土地。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ