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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
五、真秀。 (まほら。すぐれて良い所。素晴らしい場所)
31/42

(三)

 「由須良(ゆすら)姫が、剣の巫女だというのは本当じゃ。姫は斎宮(いつきのみや)で育った、特別な存在だったのだよ」


 忍海彦(おしみひこ)の母親、大后(おおきさき)は淡々と話し始めた。


 「忍海彦(おしみひこ)、そなたは知っておろう。この大王家は、代々神宝(かんだから)の剣を得た者が大君(おおきみ)の座に就くのだということを」


 「はい。だから、剣の姫は父に剣を授けようとしたところ、それを叔父上が奪ったと。叔父は謀反(むほん)を企て、剣と姫を父から奪い去ったのだと聞いております」


 「それは違う」


 大后(おおきさき)が、大きく息を吐き出し、息子の言葉を否定した。


 「由須良(ゆすら)姫は、たしかに、新たな剣の担い手を選んだ。しかしそれは、そなたの父ではなく、そこの沙那(さな)姫の父御(ててご)菟道彦(うぢひこ)王だったのだよ」


 「そんな……」


 忍海彦(おしみひこ)が言葉を失った。


 「剣と巫女姫に選ばれた者が次の大君(おおきみ)となる。菟道彦(うぢひこ)王が選ばれたことに、最初に不満を漏らしたのは、長兄大利根彦(おおとねひこ)王じゃった」


 「大利根彦(おおとねひこ)王?」


 「今の大君の実の兄じゃ。大利根彦(おおとねひこ)王、大君、菟道彦(うぢひこ)王。先の大君は、三兄弟の末子、菟道彦(うぢひこ)王を、ことのほかかわいがっておられた。そのことも不満を焚きつける原因となったのであろう。大利根彦(おおとねひこ)王は、弟菟道彦(うぢひこ)王に弓引く、反逆者となったのじゃよ」


 父親からの愛情に差があれば、それは兄弟が争うキッカケとなる。それも、父親に一番愛された末子(すえご)が、自分より高い地位に就く、どこまでも恵まれた環境にいるとなれば、なおさらだ。


 「その反逆者となった大利根彦(おおとねひこ)王を倒したのが大君じゃよ。大君は、弟菟道彦(うぢひこ)王とその妻、由須良(ゆすら)姫のため、大王家を守るため、泣く泣く兄を討ち取ったと、病床にいた先の大君に報告した。そしてこうも申した。『弟はまだ若い。ゆえに、自分が身命を賭して彼を補佐していく』とな」


 自分がもたらした愛情の差で、兄弟が争うことになった。

 そのことを、亡き祖父はどう思ったのだろう。


 「じゃが、それはいつわり、虚言(きょげん)であったと、後にわかる」


 (え?)


 「先の大君が崩御(ほうぎょ)された後、夫は誓いを(ひるがえ)した。本来、剣の姫は自分を選んでいた。剣を授かるのは、自分だった。それを先の大君が末子かわいさに捻じ曲げ、父親の愛情に慢心(まんしん)していた弟が、姫を略奪した、と」

 

 (なんですって?)


 「それじゃあ、私が聞いていたことは……」


 「そうじゃ。忍海彦(おしみひこ)、そなたが信じていたものは、すべてあの男のまいたウソ偽りの出来事じゃ」


 「そんな……」


 愕然(がくぜん)とする忍海彦(おしみひこ)。信じていたことが打ち砕かれ、言葉を失い、体が震える。


 「実の兄を殺したのは、己の野心を兄に気づかれていたためじゃ。殺された大利根彦(おおとねひこ)王は、そのことを父親に告げようとして、大君に殺されたのよ」


 「口封じ……ですか」


 「そうじゃ。大君は、自分のためならなんでもする。そういう残虐な男よ。そのことに気づいた菟道彦(うぢひこ)王は、幼い姫と妻、そして剣を持って逃げた。ここに留まっていたら、自分だけでなく、娘も殺されると感じたのであろうな」


 「なぜ姫まで……」


 「菟道彦(うぢひこ)王の娘じゃからじゃよ。敵の血は、相手が幼子であっても一滴たりとも残さない。大利根彦(おおとねひこ)王の家族も、そうして殺された」


 背筋が凍りつく。

 父の血を引く。それだけで、わたしは殺されるところだったのだろうか。

 森を出る時、一度だけ見た、あの冷たく近寄りがたい印象の実の伯父に。

 そんな身の危険を感じたから、父は母とともに逃げたのだろうか。母は、取り戻した剣の姫として、残っても生きながらえたかもしれない。けれど、母は父とともに逃げることを選んだ。

 それは、父を愛していたからではないのか。父とともにありたいと願ったから。父とともに、幼いわたしを守ることを決意したから。


 (父さま、母さま……)


 大后(おおきさき)が話すことが本当なら。それが本当なら、わたしは、なんて深い愛情に包まれていたのだろう。

 顔もあまり覚えてない、おぼろげな印象の両親に、胸が熱くなる。


 「今の大君は、事実をねじ曲げ、その御位(みくらい)に就いておる。姫よ。そなたは父御(ててご)の無念を晴らし、大王家を正しき姿に戻すのじゃ」

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