表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
一、野分。 (のわき。夏の終わりの頃、雨とともに吹く暴風。台風)
3/42

(三)

 「出来ましたよ、若さま」


 先に着替えてたボクのもとに、湯女(ゆめ)たちが、人の子を連れてきた。

 着替えの時も大暴れしたんだろう。連れてきてくれた湯女(ゆめ)たちは誰もが汗だくで、年配の湯女(ゆめ)は、フーフーと肩で息をしている。


 お湯を使って、新しい衣をまとった人の子は、こざっぱりしたものの、やっぱりガリガリで、肩から衣がずり落ちそうになっている。帯をシッカリ結んであるから、そのまま脱げたりはしないだろうけど。

 髪もくしけずって結わえられ、顔の垢もとれた。

 というか、コイツ、〝女の子〟だったんだ。父さんが〝妹〟って言ったんだから、〝女の子〟だったんだろうけど。

 あまりに小汚かったので、〝妹は女の子〟って考えが抜けかけてた。


 ――かわいい子。


 そう父さんは言ってたけど、こうしてあらためて見ると、たしかに、かわいい顔立ちをしてる。あの土グモみたいな、性別もよくわかないほど汚い子を、洗うとこんなふうになるのか。

 なんか、芋みたいだなって思った。洗ってむけば、ツルンと白くキレイになる。

 けど。


 「その手は?」


 ずっと握りしめたままの左手。それを包み込むような右手。


 「それが、どれだけやっても開かないんです」


 困ったように湯女(ゆめ)が言った。

 さっき、ボクが洗ってやった時もそうだった。ずっと握ったままで、それで、ほほを殴られたんだ。


 何か握ってるのか?

 気になって、その左腕を引き寄せ、手をこじ開ける。


 「――! ――――!」


 人の子が、鼻息をあらして暴れる。開きたくない。指に力がこもるけど、湯女(ゆめ)たちがその体を押さえ、むりやりこじ開けるのを手伝う。


 「奪うわけじゃないから、少し、見せろ!」


 着替えてこざっぱりしたのに、また格闘したせいで汗をかく。


 「……勾玉?」


 なんとか開かせた指のすきまから見えたのは、薄桃色の勾玉。

 これを大事に守っていたのか。


 「貸せ」


 強引にそれを奪うと、近くにあった紐を勾玉に通す。


 「これなら首から下げておけるだろ」


 取り返そうと、暴れ続ける人の子にそれを見せる。

 人の子の目が、プラーンとぶら下がった勾玉に集中する。


 「ほら」


 その首に、勾玉を下げてやる。人の子の胸元で光る勾玉。

 それを少し見下ろして、そっと勾玉に手を伸ばした人の子。下からすくい取るように、大事そうに勾玉を持ち上げる。


 首からぶら下げておくっていう知恵はなかったんだな。

 だから、ずっと握りしめてた。とられまいと、必死に暴れた。


 あきれて人の子を見る。――って、え?

 人の子と目が合う。

 ほわぁっと桃色のほほをゆるめて、ほほえんだ口元。大事そうに勾玉を持ちながら、目を細めてこちらを見てくる。


 ――かわいい子だろう?


 頭の中で、父さんがそう言った気がした。


*     *     *     *


 「落ち着いたら、これでも食べろ」


 用意しておいたのは、いくつかの器に盛った果物と木の実。

 ホクホクとうまそうに蒸し上がった栗が、お腹を鳴らすような美味しそうな湯気を漂わせている。他にも薄赤く色づいたヤマボウシの実や、黒ずむほど熟したエビカズラの実。

 それらの盛られた器を、大きな床子(そうじ)に敷いた布の上にいくつも並べておいた。


 「なんだよ。食べないのかよ」


 それだけガッリガリにやせてるんだし、父さんの言う通り、森をさまよってたのなら、腹も空かせてるだろう。そう思ったから、父さんの言う通りのお世話として、こうやって食事も用意したってのに。

 なのに、人の子は、ジーッとそれを見るだけ。食べていいのかどうか、迷っているというより、ただそれを見ているだけで、ボーッと突っ立っている。


 「食べないのなら、ボクが食べる」


 せっかくの料理だし。さっきの風呂で、ボクもつかれてお腹空いた。それに、なんてったって、栗のいい匂いが……たまらない。

 ドッカと床子(そうじ)に腰かけ、さっそく蒸し栗をつまむ。うー、うまいっ!

 一つ、また一つと口に入れ、そのホクホクとした食感と、ホロ甘い味をたんのうする――けど。


 グゥゥゥゥ……。


 「なんだよ。腹、へってんのかよ」


 室の入り口に立ったままの人の子が、盛大に腹を鳴らした。鳴らした当人も、鳴ってから驚いて、自分の腹を見下ろしている。


 「へってるなら、これでも食え」


 ツカツカと人の子に近づいて、半ば強引に、その口に蒸し栗をねじこんでやる。

 ビックリしたように目を真ん丸にした人の子。しばらくモグモグして、ゴクッと音を鳴らして飲みこんだ。


 「――うまいだろ?」


 イヤなら、べッて吐き出す。けど、コイツはそのまま飲みこんだ。


 「ほら、こっちへ来てもっと食べろ」


 その手を取り、強引に床子(そうじ)の上に座らせる。けど、人の子はそれ以上動こうとはしない。蒸し栗がうまいことはわかったはずなのに。


 「もしかして、食べ方がわからないのか?」


 人には人の食べ物がある。鳥人には鳥人の食べ物がある。同じ物を食べることもあれば、違うものを食すこともある。

 人は田で米を作って食べるが、鳥人は森の木の実を食べる。

 人は里で育てた家畜を食べるが、鳥人は森で獣を狩って食べる。

 だから、ボクが人の食べる米の食べ方を知らないように、この人の子も木の実の食べ方を知らないのかもしれない。

 そう思った。

 だから。


 「ほら。こうやって食べるんだ」


 一度ボクが食べて見せ、それから人の子の口に持っていく。


 ――パクッ。


 お腹が空いてたんだろう。ブドウを持ったボクの指までパクッと食らいついた人の子。

ブドウを一粒、一粒。つまんで差し出すたびに、パクッ、パクッと食らいついてくる。


 (なんだか、ヒナの餌付けみたいだな)


 そのうち、ピーピー鳴きそうなほど、口を開けて待ちかまえるようになった、人の子。モグモグして食べ終わると、ボクが餌付けするのが当然になっているのか、目を閉じ、アーンと口を開けて待つ。


 ――かわいい子だろう?


 頭の中で、父さんがそう言った気がしたけど。


 (かわいいってなんだよ)


 頭の中で反論する。こんなヤツ、かわいいわけないだろ。なんでボクが次々に餌をあげなくちゃいけないんだ――って。


 「ちょっと待て! 種! 種はどうした!」


 あわててその口に飛びつくけど、中には何も残ってない。

 

 「まさか、種も全部、食べちゃったのか?」


 口の中は、少し黒っぽく色づいてるけど、種らしきものはどこにも残ってない。

 ジダバタもがく、人の子。ボクが手を離すと、またアーンと無邪気に口を開けて餌を催促する。


 「……まったく。そのうちヘソからヤマブドウが生えてきても知らないからな?」


 ボク、これから、コイツの世話をしなくちゃいけないのか?

 こんな、世間知らずの、常識知らずの人の子の世話を?

 ハアッと、体中の空気を集めたような、大きな大きなため息がこぼれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ