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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
四、風巻。 (しまき。激しく吹き荒れる風。雨や雪を混じえて吹く風)
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(七)

 「ハヤブサ!」


 「気がついたの、ハヤブサ!」


 「……ノスリ。カリガネ」


 次に目が覚めた時、声は思いの外、ハッキリとした音にして出すことができた。そして、シッカリと開けることのできた目で見たのは、ノスリとカリガネの姿だけ。メドリがいない。


 「メドリは? メドリはどこにいっ――!」


 「あ、ほら。動いちゃダメだよ、ハヤブサ」


 「そうだぜ、お前、三日も意識なかったんだからよ」


 「三日っ!?」


 倒れかけた体をカリガネに支えられ、痛みに顔をしかめる。


 「かなり危ないところだったんだよ、キミも大鷹(オオタカ)も」

 

 「大鷹(オオタカ)は、どうしてる?」


 「今、イヒトヨさまが看病してくださってる。けど……」


 カリガネが言いよどむ。


 「でもあれは、二度と飛べないかもしれないって、イヒトヨさまが言ってた。治っても、右の翼はうまく動かせないだろうって」


 「そんな……」


 鳥にとって翼は命。その翼を使うことができなくなったら、鳥はどうやって生きていけばいいのか。


 (悪いのはボクだ)


 ボクが人の元におもむいたばかりに。ボクが人と話をしたいと思ったばかりに。

 大鷹(オオタカ)はそれについてきてくれただけなのに。

 

 「メドリは? メドリは今、どうしている?」


 大鷹(オオタカ)に付き添っているのか? もしそうなら、そこに行って、ちゃんと謝らなくては。


 「それが……」


 「メドリは……」


 カリガネとノスリが言いにくそうに、互いの顔を見て言葉を濁す。


 「なんだよ。メドリはどうしたんだよ」


 心がじれる。


 「……メドリは、人のもとにむかったよ」


 「これ以上、鳥人族に迷惑をかけられないってな。(おさ)に人のもとにむかうって、申し出たんだ」


 「なんだってっ!?」


 メドリが?

 人のもとに?


 「父さんは、それを許したのか?」


 あの父さんが? 

 鳥人のために、メドリを見放したのか?


 「(おさ)は渋っていたけど、メドリがどうしてもって願い出たんだ」


*     *     *     *


 どうしてだよ。

 どうしてそんな勝手なことするんだよ。


 (やしろ)を抜け出し、山を駆け下りる。

 といっても、体が石のように重くて、空は飛べない。転げるように斜面を下っては、その先にあった木の幹にすがって、体を立て直す。

 ボクが目を覚ます少し前に、(やしろ)を出ていったというメドリ。大鷹(オオタカ)という翼のない今、アイツの足なら、そう遠くに行ってないはずなのに。


 「おい、ハヤブサ! 無茶するなって!」


 「そうだよ! また傷が開いたらどうするのさ!」


 ボクを追いかけてくるノスリたち。ボクのことを心配してくれているみたいだけど、今はそれすらわずらわしい。


 メドリが。メドリが人のところに行ってしまう。

 あんな野蛮な、いきなり矢を射かけてくるような野蛮な人のもとに。

 メドリが人のもとに行ったら、鳥人たちは安全? もとの暮らしに戻れる?

 そんな保証がどこにある? メドリが人のもとに行っても、また次に、別の理由を作って攻撃してこないとも限らないのに?

 人ほど信用ならない生き物はないというのに。


 メドリ。行くな、メドリ。


 ちくしょう。体が重い。足がうまく前に進まない。飛べたらいいのに、翼は少し風を受けるだけで激痛をもたらす。


 「メドリッ! メドリィ――ッ!」


 そのもどかしさに、いらだたしさに、声を限りにその名を呼ぶ。


 「……兄……さま?」


 カサリと枯れ葉を踏みしめた音。木立ちの合間から見えた、森にそぐわない明るい衣の色。


 「メドリ!」


 姿を見せたのは、メドリだった。いつもと違って、薄桃色のキレイな衣をまとっている。


 「兄さま……」


 驚いた顔のメドリ。

 でも、もっと驚いたのはこっちだった。


 「メドリ、お前、声が……」


 初めて聞いたメドリの声。初めて聞いた「兄さま」という言葉。

 それはノスリたちも同じで、ボクの体を支えながら、目を真ん丸にしている。


 「兄さま。今までありがとうございました」


 驚くボクたちを前に、メドリが頭を下げた。


 「父さまにも。この七年もの間、わたしを大事にしてくださって、本当にありがとうございました」


 「メドリ、何を――」


 何を言い出すんだ?

 心臓が痛いくらい大きく鼓動を打つ。


 「二度とお会いすることはないと思いますが、兄さま、どうかお元気で」


 やめろ。そんなこと言うんじゃない。


 「メド――っ!」


 背中に走った痛みに体がこわばる。もう少し手を伸ばしたら届きそうなところにいるのに。痛みに息が荒れ、汗がにじむ。


 「さようなら」


 言うなり、クルリときびすを返したメドリ。ふり向くことはない。そのまま山を下っていく。


 「ハヤブサッ!?」


 「おい、しっかりしろよ、ハヤブサ!」


 二人が、崩れ落ちたボクの体を支える。けど。


 (ボクのことはいいから、メドリを、彼女を止めてくれ)


 ボクの代わりに。鳥人のために犠牲になろうとする、ボクの妹を止めてくれ。


 「――わたしは、メドリ。アナタたちが探す〝巫女姫〟、ユスラ姫の娘!」


 遠く木々の向こうから、風に乗って、メドリの声が届く。


 「わたしを宝と申すなら、わたしを連れ、人の里に戻りなさい! これ以上、森に、鳥人たちに危害を加えることは許しません!」


 凛としたメドリの声。

 よく通る、澄んだ声。かすかに震えているけれど、どこか気高さを感じる声。

 七年間、一度も発することのなかった声。いつかは聞いてみたいと思っていた声。

 それをこんな形で聞くことになるなんて。


 (ちくしょう。そんなこと言わせたかったわけじゃない……)


 そんな、自分を生け贄にするような言葉、聞きたくなかった。

 熱い雫が頬を伝った。

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