(七)
「ハヤブサ!」
「気がついたの、ハヤブサ!」
「……ノスリ。カリガネ」
次に目が覚めた時、声は思いの外、ハッキリとした音にして出すことができた。そして、シッカリと開けることのできた目で見たのは、ノスリとカリガネの姿だけ。メドリがいない。
「メドリは? メドリはどこにいっ――!」
「あ、ほら。動いちゃダメだよ、ハヤブサ」
「そうだぜ、お前、三日も意識なかったんだからよ」
「三日っ!?」
倒れかけた体をカリガネに支えられ、痛みに顔をしかめる。
「かなり危ないところだったんだよ、キミも大鷹も」
「大鷹は、どうしてる?」
「今、イヒトヨさまが看病してくださってる。けど……」
カリガネが言いよどむ。
「でもあれは、二度と飛べないかもしれないって、イヒトヨさまが言ってた。治っても、右の翼はうまく動かせないだろうって」
「そんな……」
鳥にとって翼は命。その翼を使うことができなくなったら、鳥はどうやって生きていけばいいのか。
(悪いのはボクだ)
ボクが人の元におもむいたばかりに。ボクが人と話をしたいと思ったばかりに。
大鷹はそれについてきてくれただけなのに。
「メドリは? メドリは今、どうしている?」
大鷹に付き添っているのか? もしそうなら、そこに行って、ちゃんと謝らなくては。
「それが……」
「メドリは……」
カリガネとノスリが言いにくそうに、互いの顔を見て言葉を濁す。
「なんだよ。メドリはどうしたんだよ」
心がじれる。
「……メドリは、人のもとにむかったよ」
「これ以上、鳥人族に迷惑をかけられないってな。長に人のもとにむかうって、申し出たんだ」
「なんだってっ!?」
メドリが?
人のもとに?
「父さんは、それを許したのか?」
あの父さんが?
鳥人のために、メドリを見放したのか?
「長は渋っていたけど、メドリがどうしてもって願い出たんだ」
* * * *
どうしてだよ。
どうしてそんな勝手なことするんだよ。
社を抜け出し、山を駆け下りる。
といっても、体が石のように重くて、空は飛べない。転げるように斜面を下っては、その先にあった木の幹にすがって、体を立て直す。
ボクが目を覚ます少し前に、社を出ていったというメドリ。大鷹という翼のない今、アイツの足なら、そう遠くに行ってないはずなのに。
「おい、ハヤブサ! 無茶するなって!」
「そうだよ! また傷が開いたらどうするのさ!」
ボクを追いかけてくるノスリたち。ボクのことを心配してくれているみたいだけど、今はそれすらわずらわしい。
メドリが。メドリが人のところに行ってしまう。
あんな野蛮な、いきなり矢を射かけてくるような野蛮な人のもとに。
メドリが人のもとに行ったら、鳥人たちは安全? もとの暮らしに戻れる?
そんな保証がどこにある? メドリが人のもとに行っても、また次に、別の理由を作って攻撃してこないとも限らないのに?
人ほど信用ならない生き物はないというのに。
メドリ。行くな、メドリ。
ちくしょう。体が重い。足がうまく前に進まない。飛べたらいいのに、翼は少し風を受けるだけで激痛をもたらす。
「メドリッ! メドリィ――ッ!」
そのもどかしさに、いらだたしさに、声を限りにその名を呼ぶ。
「……兄……さま?」
カサリと枯れ葉を踏みしめた音。木立ちの合間から見えた、森にそぐわない明るい衣の色。
「メドリ!」
姿を見せたのは、メドリだった。いつもと違って、薄桃色のキレイな衣をまとっている。
「兄さま……」
驚いた顔のメドリ。
でも、もっと驚いたのはこっちだった。
「メドリ、お前、声が……」
初めて聞いたメドリの声。初めて聞いた「兄さま」という言葉。
それはノスリたちも同じで、ボクの体を支えながら、目を真ん丸にしている。
「兄さま。今までありがとうございました」
驚くボクたちを前に、メドリが頭を下げた。
「父さまにも。この七年もの間、わたしを大事にしてくださって、本当にありがとうございました」
「メドリ、何を――」
何を言い出すんだ?
心臓が痛いくらい大きく鼓動を打つ。
「二度とお会いすることはないと思いますが、兄さま、どうかお元気で」
やめろ。そんなこと言うんじゃない。
「メド――っ!」
背中に走った痛みに体がこわばる。もう少し手を伸ばしたら届きそうなところにいるのに。痛みに息が荒れ、汗がにじむ。
「さようなら」
言うなり、クルリときびすを返したメドリ。ふり向くことはない。そのまま山を下っていく。
「ハヤブサッ!?」
「おい、しっかりしろよ、ハヤブサ!」
二人が、崩れ落ちたボクの体を支える。けど。
(ボクのことはいいから、メドリを、彼女を止めてくれ)
ボクの代わりに。鳥人のために犠牲になろうとする、ボクの妹を止めてくれ。
「――わたしは、メドリ。アナタたちが探す〝巫女姫〟、ユスラ姫の娘!」
遠く木々の向こうから、風に乗って、メドリの声が届く。
「わたしを宝と申すなら、わたしを連れ、人の里に戻りなさい! これ以上、森に、鳥人たちに危害を加えることは許しません!」
凛としたメドリの声。
よく通る、澄んだ声。かすかに震えているけれど、どこか気高さを感じる声。
七年間、一度も発することのなかった声。いつかは聞いてみたいと思っていた声。
それをこんな形で聞くことになるなんて。
(ちくしょう。そんなこと言わせたかったわけじゃない……)
そんな、自分を生け贄にするような言葉、聞きたくなかった。
熱い雫が頬を伝った。