(六)
――だから申したではないか、長! 人の子など迎えたら、ロクなことにならぬと!
誰かの声が聞こえる。
――哀れに思って助けるのはよい。だが、その後は人の里に返せばよかったものを。
――なぜ、あれを娘として迎え入れたのです、長!
誰だ? 誰が父さんを責めているんだ?
ボンヤリした意識のなかで、その声を聞く。
声は複数あって、そのどれもが父さんを強く非難する。
――人の子など災いのもと。
――あの娘のせいで、若が射られることになってしもうた。
娘とはメドリのことか。
人が軍を引き連れ、森を襲ってきたことに腹を立てているんだろう。メドリを拾って、メドリを娘にしたから襲われた。メドリさえいなければ、こんなことにならなかった。
――あの娘を、とっとと人に渡してください! そうすれば、人は去っていく!
――翼を持たぬ娘など、この森にはふさわしくなかったのじゃ!
待て。
メドリがこの森にふさわしいかどうかなんて、誰が決めるんだ。
胸の奥に熱く渦巻くような感情が沸き起こる。
そりゃあ、メドリは翼を持たない人の子だ。空を自由に飛ぶこともできなければ、翼にくるまって寝ることもできない。
けど、だからって、森にふさわしくないってなんだ? メドリは、誰よりも小鳥たちに好かれているし、翼の代わりになる大鷹とも仲良くなった。
人の子など災いのもと? メドリが何をしたっていうんだ? メドリは普通に、静かにこの森で暮らしていただけだ。それを勝手に取り戻すとかなんとか言いがかりをつけて、襲ってきたのは〝人〟だ。メドリの責任じゃない。
どうしようもなく、心を壊してしまうだけの出来事が、この女の子の身の上に降りかかったんじゃろうなあ。
いつだったかイヒトヨさまに言われた、メドリのこと。
メドリは、心を壊すほど悲しくつらいことを経験している。その壊された心が喉をふさぎ、声を出せずにいる。
森をさまよい、ガリガリのボロボロになっていたメドリ。父さんが助けなけりゃ、とっくの昔に死んでいただろうメドリ。
助けられてからも、ボクにだけ懐いて。笑うようになったけれど、それでも声を出せなくて。
そんなメドリのどこが悪いっていうんだ! メドリは人の里にいて、その心が砕かれるような目に遭ったのかもしれないんだぞ? それなのに、人のもとに返せっていうのか? せっかく笑えるようになったのに。またメドリの心を砕くのか?
以前のボクなら、鳥人に災いをもたらす人の子なんて、サッサと里に返せと叫んだかもしれない。人なんて大嫌いだ、人同士で争っても、そのせいで人の子がどうなろうと関係ない、と。
でも今は。今は……。
「メ、ドリ……」
かろうじて浮かび上がってきた意識。なんとか声を絞り出してみたけれど、声というより、かすれた風のような音しか出なかった。
「ボクが、守って……やる」
意識が戻ってくると同時に、全身が燃えるように熱いことに気づく。熱い。どうしようもなく熱くて、体がきしむ。特に、背中が火のついたように熱い。
息も苦しい。大きく吸いたいのにうまくいかなくて、浅く荒い息をくり返す。
体は水底に沈んだように重く、指一本動かすことができなくて、どうにか開いたまぶたの先を見る。
「メドリ……」
かすむ目でとらえたのは、メドリの姿。その向こうには、見慣れたボクの室の壁。
ノスリとカリガネが、ボクをここまで運んでくれたのだろうか。あの場所からボクを。矢を射られ、傷ついたボクを。
大鷹は、どうなった?
あの時、矢で射られたのはボクだけじゃない。肩羽を射られた大鷹のほうが、傷は重かったはずだ。
目の前のメドリに、そのことをききたかったけれど、うまく声が出ない。あたりを見回したいけど、それもできない。目がかすむ。
床台に横たわるボクのそばにメドリ。目を真っ赤にして、唇を噛み、肩を震わせたメドリ。
それしかわからない。
メドリが手に持っていた布が載せられたんだろう。痛む額にヒンヤリしたものが覆いかぶさる。
その心地よさに、まぶたを閉じると、また意識が奥へ下へと沈んでいく。
メドリ。
泣くなよ。
今泣かれても、ボクはその涙を拭ってやることすらできないんだからな。




