(七)
「でも、何を捜しに来たんだろうね、その人の子は」
カリガネが言った。
人の子がこの山に、何かを捜しに来ていた。
この出来事は、父さんにだけじゃなく、ノスリとカリガネにも話しておくことにした。
あの忍海彦に捜させない代わりに、自分たちで見つけて、連絡してやると約束した。なら、少しでも早く見つけられるように、他の者の手も借りたい。カリガネたちに話しておいて損はないはずだ。
「人の宝って言ってたけど、具体的に、どんなものかは教えてくれなかったんだ」
「宝……ねえ」
ノスリが思案する。
「鳥の宝って言ったら、キラキラ光る石とかそういうのもありなんだけどなあ」
「カラスかよ」
カラスは、光ってるもの、珍しいものを集めたがるクセがある。
「人の宝っていうんだから、それなりにすごいものなんだと思うけど」
鳥人の神宝が、誰かを呼び寄せる天鳥笛であるように。人の神宝も、それなりのいわくのあるものに違いない。
「にしても、十年前……ねえ」
「なんだよ、ノスリ」
「いやさ、メドリが来たのって七年前じゃん」
「そうだけど」
「十年前に人の世界でなんかあったのなら、それとメドリと関係あるのかなって思ったんだけど……」
「三年ズレてるから、関係ないんじゃないの?」
「だよなあ」
人の神宝が盗まれたのは十年前。
メドリが声を失って、父さんに拾われたのは七年前。
三年も時が違う。
「人の世界のことってだけで、かんたんに結び付けられないよ」
「ちぇー。メドリが話せるようになる、キッカケになればいいって思ったんだけどなあ」
ノスリがボリボリと頭を掻く。
人の神宝を見つけてやることと、メドリの声のことがどうしてつながるのかは知らないが、何か動くことで変わることがあるならと、ノスリは思ったらしい。
「とにかく、その人の宝とやらを見つけないことにはね。いつまでも見つからないでは、また人の子が山にやって来るかもしれないし」
約束したものの、見つからないままでは、しびれを切らして山にやって来ようとするかもしれない。前回は、忍海彦一人だったけど、次も一人とは限らない。
何度も人が山に来たら。それも大人数で来たら。鳥人と衝突することだってあるだろう。それは困る。
「そうだな」
言って、唇を閉じ、指をあてる。
「――――! ――――! ――――! ――――!」
広く、遠く。
大きな鳥にも、小さな鳥にも。
「……森や山で、不審なものを見つけたら教えるように命じておいた」
空高く舞うものは、あらゆる場を見渡して。地面近く飛ぶものは、地を掘った形跡すら見落とさずに。
どんなささいなものでもいい。ちょっとでもおかしいと思ったら、見つけ次第連絡しろ。
人の神宝だ。森や谷、木々にまぎれてしまうような物じゃないだろう。きっと、そこにあればいやでも目立つ。そういうものだ。
ただ、盗まれてすぐ、十年もの間、森にあったのだとしたら、どうして誰もそれに気づかなかったのか。そこが気になる。昨日、忍海彦から話を聞くまで、そんな神宝のこと、鳥人族の誰も知らなかった。
(誰にも気づかれないようなところに、その盗人は隠したっていうのか?)
でも、どこに? どうやって?
「とにかく、鳥たちからの情報を待――ングッ!」
突然、口の中に甘酸っぱい味が広がる。
「こら、メドリ! モガッ!」
次から次へと口に放り込まれ……訂正、ねじ込まれていくなにかの実。――木イチゴ?
〝メドリ姫カラノ、贈リ物ジャヨ〟
バサリバサリとはばたく音。大鷹だ。メドリとどこかへ出かけていたのが、戻ってきていたらしい。メドリが手にしていたのは、桐の葉で包んで持ち帰った、大量の木イチゴ。
「自分で食べるから、ゲホッ、ちょっと、待て!」
そんな次々に口にねじこまれたら、たまったもんじゃない。息ができない。むせる。飲み込めない。
「愛されてるねえ、ハヤブサ」
「いいなあ、ハヤブサ」
「いいわけあるかっ!」
息する合間もないぐらい、次々に木イチゴを放りこまれて、うれしいわけがない。
「とにかく、お前たちも何かわかったら教えてくれ」
ゲホゴホとむせながら、二人にも頼む。
「わかった」
「まかせて」
みんなで円になって座り直し、その中心に桐の葉に盛られた木イチゴを置く。
「これは、みんなで食べるぞ。ほら、お前も」
言ってつまんだ木イチゴを、メドリの口の中に放り込んでやる。
一瞬、「酸っぱい!」って顔したメドリ。でも、すぐにフニャンとした笑顔になった。
(しまりのない顔だけど……)
昨夜のようにおびえてるんじゃなければいいか。
昨日はあのまま、おびえにおびえ、最後は添い寝を要求してきたメドリ。この歳にもなって、いくらなんでもって思ったけど、カタカタと体を震わせ始めたメドリに、自分の室へ戻れとは言いにくくて、しかたなく、翼で温めてやった。(おかげで、ボクは一睡もできなかった)
人というものに会って驚いているのか。それとも。
忍海彦の探しているものと、メドリは無関係のはず。なのに。
――メドリと、人の宝って関係あるのかな。
ノスリの勘でしかない言葉が妙に引っかかった。