(四)
「でさ、結局、ハヤブサは参加するのかよ」
帰ってきた翌日。いつものように集まった槻の木で、ノスリが言い出した。
「参加って、なにが」
「歌垣だよ、歌垣!」
「今年はハヤブサが参加するのかどうか、みんな注目してるんだよ」
「なんで、ボ……オレが参加することが注目されるんだよ」
〝ボク〟と言いかけたのを、〝オレ〟と言い直す。最近は、自分のことを〝オレ〟と言うように心がけてる。そのほうが、大人っぽいし、将来の族長っぽいし。考えてる中では〝ボク〟でも、声に出す時は〝オレ〟。そのうち、考えの中でも〝オレ〟に変更していくつもり。
「族長の息子のお前が参加するのとしないのじゃあ、女の鳥たちの気合の入り方が変わるんだよ」
「なんで?」
「なんでって……。お前なあ」
「自覚してないって、なんか腹立つよね」
ノスリとカリガネが呆れる。
「あのさ、ハヤブサは族長の息子、つまり次期族長だろ? 女の鳥たちからすれば、お前と番ったら族長の妻っていう、鳥人族最高の地位につけるってので、人気なんだよ」
「族長の妻ぁぁぁっ!?」
そんなもの、なりたいのか?
声がひっくり返った。
「それに、ハヤブサって顔もいいし、羽根もキレイだし、誰よりも速く飛べる。ようするに、カッコいいんだよ」
「オイラよりチビだけどな」
ニシシとノスリが笑う。
「うるさいやい」
あれから背が伸びたノスリ。ボクも伸びたんだけど、ちょっとだけ、ほんのちょ~~っとだけノスリのほうが背が高い。髪の毛一本分ぐらい。
「性格だって、やさしいし、面倒見がいいし。これで族長の息子なんだから、女の鳥たちがほっとかないのは、当たり前だよ」
そう……なんだろうか。
思わず、自分の翼を広げ、羽根を見る。翼の上面は青みがかった黒い羽。そこから裾にむかって徐々に白くなっていき、一番下の風切のあたりは、淡い灰色になっている。
生まれ持った羽根をキレイだどうだって考えたことなかったけど……。そうか。この羽根、キレイなのか。速く飛べることしか自慢に思ってなかった。
「女の鳥だけじゃないぞ。男たちだってそうだ。お前が参加すると、お目当ての女の鳥が、ふり向いてくれなくなるかもしれないからな」
「そんなこと言い出したら、オレはいつまでたっても参加できないじゃないか!」
今年は、ちょっと見学気分で参加しようと思っていたけど。もし本気で嫁探しに参加しようと思ってたら、どうしてくれるんだ? 今はよくても、もう少し大人になったら、嫁も必要になってくると思うし。
「ハヤブサは、歌垣以外のところでお嫁さんを探してきてよね」
「そうそう。それなら目当ての女の鳥も取られなくて安心、安心!」
「無茶言うなよぉ」
笑う二人に、頭を抱えたくなる。
歌垣っていう男女の出会いの場だからこそ、なんていうのか、そういう勢いもついて、「好きです!」とか「結婚してください!」ができるわけで。そうじゃない、普通の日常の中で、唐突に「好きです!」とか「結婚してください!」ってやるのはムリすぎるだろ。女の鳥のほうだって、歌垣っていう、その場の雰囲気にのまれてるからこそ「はい!」って答えたりするわけで、そうじゃないときに言われても困るだけだと思う。
「まあ、別に目当ての女の鳥がいるわけじゃないからいいけど……」
参加を控えてくれって言われるなら、まあ、今回はそれに従うとするか。今すぐどうこうしたい相手がいるわけじゃないし。今はアイツのこともあって、それどころじゃないし。
「って、あれ? メドリは?」
さっきまで、勝手にやって来てた小鳥たちと遊んでいたはずだけど。
「その辺にいるんじゃないの?」
メドリが木の上から降りてどこかに行くぐらい、最近じゃ珍しくもなんともない。
「大鷹がついてるから大丈夫じゃね?」
「いや、小鳥たちがいたから、大鷹はどこかに行ってるはず」
メドリと遊びたがる小鳥たちは、大鷹が怖い。大鷹がちょっとその脚を動かして、鋭い鉤爪でヒョイッと引っかけられたら、小鳥などひとたまりもない。
だから、小鳥が遊びに来た時は、大鷹は少し場を離れて、別のところに飛んでいってる。小鳥とメドリが遊ぶのをジャマしないためだ。
「……しかたない。少し探してくる」
この森で、なにか大変なことが起こるとは思えないけど。なにかあれば、大鷹が駆けつけると思うけど。
バサリと翼を震わせ、木の上から飛び立つ。どこに行ったか知らないけど、歩いて探すより、空の上から見つけたほうが早い。
「……アイツの嫁になる女の鳥ってさあ、すっげえ大事にされるかもしれねえけどさあ」
見送ったノスリが言った。
「うん。その前に、あの〝妹大事!〟を乗り越えて、ハヤブサの〝一番!〟にならなきゃいけないから、大変そうだよねえ」
カリガネがうなずく。
ハヤブサの妻になった者は、何かあったら、妹のために飛んでいってしまう夫を、つなぎ止めなくてはいけないのだから。
「それか、あっちも大事、こっちも大事でハヤブサが目を回しそうだけどな」
あっちへこっちへグルグル飛び回って。
「ハヤブサ、心労で早く老けそうだよね」
二人が笑った。