(三)
――オイラがノスリで、コイツがカリガネ。覚えてくれよな。
――僕たちとも仲良くしてよね、メドリ。
カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。
ノスリとカリガネ、それと大鷹は、ボクが〝メドリ〟と名付けた人の子を、アッサリと受け入れてくれた。
けど、鳥人族の誰もが、彼らみたいにメドリを簡単に受け入れたわけじゃなかった。
――人の子を、ここに置くだなんて。
――族長は何をお考えなのだ。
メドリを「かわいい、かわいい」と溺愛する父さんに、難色を示す鳥人もいた。人は、鳥人の域である、森を壊し、自分たちの里を作る。森の恵みを奪う。そんな人の一族の娘を大事にする族長。いい気がしないのは当たり前だった。
――ナマイキだよな、あのチビ。
――大鷹なんて従えちゃってさ。
――あれ、若さまに命じて付けてもらったんだぜ、きっと。
ボクはそんなこと、大鷹に命じたことなんてないのに。メドリが大鷹をつれて歩く姿を見たやっかみが、そんなウワサを生み出した。
普通では従えられない大鷹を連れている。あれはきっと、若さまが命じて従わせたんだ。他の鳥人族でも許されない〝鳥の従属〟を認められるだなんて。なんてナマイキな人の子なんだ!
やっかみ、嫉妬、羨望、苛立ち。
「メドリが人の子だから嫌い」というのは、メドリにたいして冷たくあたってくるだけなので、なんとかやり過ごせる。けど、「メドリが優遇されているのが許せない」というのは、メドリに敵意を持って向かってくるのでかなり厄介。
いつだったか、あの槻の木の腰かけに、蛇を仕込まれたことがあった。毒ある蛇じゃなかったけど、それでもヒドいいじめだ。先に蛇を見つけた大鷹が、〝ゴチソウジャ〟と食べてしまったけれど。
他にも、遊びふざけながら近づいてきた鳥人族の子どもに、木から突き落とされたこともあった。たまたまボクが近くにいて受け止めたから良かったものの、落ちたら大ケガどころじゃなかった。
もちろん、そういった危害を加えてくるヤツらには、ようしゃなく怒った。人が嫌いでも、やっていいことと悪いことがある。
それで、悪質ないじめは一旦無くなるんだけど、だからって、メドリへの不満まで消えるわけじゃない。多分、きっと見えない所でグラグラと煮えてる。
(やっぱり、人の里に返したほうがいいんじゃないのかなあ)
七年経って、メドリも大きくなった。
拾ったときのような、ガリガリの土グモの子みたいなことはない。父さんがつややかって言った黒髪も長く、腰に届くほどに伸びた。体つきだって、少しだけふっくらと女の子らしくなってきた。
おそらくだけど、あと二、三年もしたらもっと女らしくなって、誰かと番うんだろう。
夏の夜の歌垣。年頃になれば、誰でも参加し、そこで一生を共にする相手を見つけ出す。女性はめいいっぱい着飾って。男性は女性への贈り物を懐にしのばせて。一晩かけて踊り、歌を交わし合って。これという相手を見つけたら、男性は女性へ贈り物をする。女性がそれを受け取ったら、恋は成立する。
ボクも今年で十五だし、そろそろそういうのに参加しないかって話はある。この夏は、カリガネもノスリも参加するつもりらしいし、ボクもどんなものか見物気分で参加しようかなと思っている。
その歌垣にメドリが参加……。あ、ダメだ。想像力に限界が来た。
今の、アユの塩焼きかぶりつきを見たら、誰かと歌を交わして踊り合うメドリは想像できなかった。
(というか、そもそも歌垣に参加したとして、誰かメドリに贈り物をくれるヤツなんているのか?)
族長が養女にしたところで、しょせんは〝人の娘〟。翼のないメドリを嫁にしようなんて酔狂な鳥人族、いるんだろうか。
(ノスリかカリガネならあるいは……)
彼らなら、メドリのこともよく知ってるし、大事にしてくれるだろうけど。それでも、人と鳥人の夫婦となると話は別だ。きっと普通ではありえないような苦労が待っている。
(となると、やっぱり、人は人と番ったほうがいいんじゃないのかなあ)
声の出せないメドリ。長く鳥人と暮らしたメドリが、人の里で暮らしていけるかどうか、不安もあるけど、それでも種が違うことで生じる苦労、差別は起こらない。
(どこか人の里で、信用のおける人物を探して、それから……)
それから、メドリの世話を頼む。やがてメドリが人の世界の歌垣に参加して、大切に想ってくれる番いを見つけるまで。――って。
(なんでボクがそこまで悩んでやらなきゃいけないんだ?)
軽く頭をふって、考えることをやめる。
こんなことを考えてしまったのは、父さんが酒に酔って泣き出したから。少し離れた座で、どうやら今年の歌垣について年配の鳥人たちと語ってたみたいなんだけど。そこから、ボクの参加がどうとかいう話になって。結果、「娘は、誰にもやらーん!」と訳のわからないことをわめきだした。
ボクですらまだ歌垣に参加してないってのに。さらに年下のメドリの結婚を思って泣くなんて。メドリが、「気になってる相手がいるの」とかそういうことを言い出したのならともかく。まだまだ幼稚なメドリは、食べることに夢中で、今もうれしそうに蒸し栗に手を伸ばそうとしてるのに。
もう、バカバカしくてあきれるしかない。
あれでもし、「メドリのことを思うなら、人の里に返したほうがいいです」なんて提案したらどうなるんだろう。きっと、父さんの流した涙で、ここに大きな湖ができるな、きっと。