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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
三、陽炎。 (かぎろひ。明け方、東方に見える光)
16/42

(二)

 「で? どうだったんだよ、ハヤブサ」


 ノスリが身を乗り出す。


 「なんか面白いもんとかあったのか?」


 ボクが帰ってきた時から、ずっと聞きたかったこと。


 「僕も聴きたい。東は、どんな所だったの?」


 カリガネも同じ。二人して、「どうなの? どうなの?」と目を輝かせてこっちを見てくる。


 「別に。普通だよ。ここと変わらず、木が生い茂って、山あいを川が流れて、鳥がいて、獣がいて……」


 言って、手にした串の残りを全部口に入れる。香ばしく(あぶ)った肉は、とてもウマい。


 「ちょっと変わったところだと、……そうだな。滝があった」


 「滝?」

 

 「うん。滝。大きいのから小さいのまで、いろんなのがあった。あと、崖。ものすごい切り立った崖がずっと続いてたりしてた」


 滝や崖。別にこのあたりの山でも見られるものだけど、その数と大きさが桁違いだった。

 ちょっと滑り落ちる程度の滝もあれば、大きく翼を広げたような形の滝もあった。崖は、崩れ落ちたとかいうのではなく、巨大な誰かによって斬り落とされたかのようだった。

 山もいくえにも重なって、そこに生い茂る森は、まるで緑の波のよう。どれも、一つとして同じ形のものはなく、その先にある山は、緑ではなく、淡い藍色に染まっていた。そしてその藍色の山もまた、いくつもいくつも重なって、終わりなんてないかのようだった。


 「あと、海を見た」


 「海ぃっ!?」

 「見たのっ!? 海、見たのっ!?」


 二人の食いつきがすごかった。思わず、こっちの腰が引けるぐらい。


 「間近で見たわけじゃないけど……」


 手にした杯の水を飲む。


 「遠くでさ、一面に青く広がる場所が見えて。父さんが言うにはあれが“海”なんだって」


 大きな大きな、まるで天から落ちてきたような滝。その上空から見えたもの。

 山からゆるやかに下る木々の緑の先、唐突に始まる青い場所。空と違う青さ。日ざしを浴びて、白く輝く細かな筋がいくつもきらめいていた。


 「じゃあ、竜人族にも会えたの?」


 海には、魚のウロコのような肌の竜人族が暮らす。


 「いや。そこまで海に近づいたわけじゃないし、会ってないよ」


 たとえ近づいたところで、竜人族に会えるのかどうか。彼らは、地中の土グモと同じで、人との関わりを避けるために、海の底深くで暮らしているという。鳥人の自分が行っても、会ってくれないかもしれない。


 「その代わりに、〝カモメ〟っていう海の鳥に会った。彼らは海の魚を食べるんだって」


 「海の……魚……」


 「ウマいのかな?」


 カリガネとノスリが顔を見合わせる。ボクらが普段食べているのは、アユやイワナなどの川の魚。今も、目の前にこんがり焼けたアユの串が器に盛られている。


 「さあ。でも塩っぱくてウマいって、そのカモメは言ってた」


 「塩っぱいのかあ」


 「このアユだって、塩っぱいけどねえ」


 何が違うんだろう。塩焼きのアユと、海の魚の違いがわからない。


 「でもさ。どうして族長は、ハヤブサを連れてったんだろうね」


 海に関する話題が途切れたところで、カリガネが言った。


 「だよな。いつもなら、お一人でフラフラどっかに行っちまうのに」


 そう。ノスリの言う通り、いつもなら「じゃ、後は任せた」って、父さんは一人で勝手に飛んでいってしまう。それを今回に限って、「ハヤブサも行くぞ」って無理やり誘ってきて、強引に連れて行かれた。


 「知らない。ただ、『たまには親子水入らずで、話がしたい』とかなんとか言ってたけど」


 ――お前もいい年頃だ。誰にも打ち明けられない悩みの一つや二つ、あるだろう。ここなら誰もいない。父さんに話してみろ。さあさあ。


 みたいなことを言っていた父さん。そして。


 ――泣きたいことがあるなら、この胸でお泣き。


 みたいな訳のわからないことも言っていた。ここなら誰もいないから、二人だけだから、なんでも話せ、好きなだけ泣けと。


 (何が〝いい年頃〟なんだよ)


 誰にも打ち明けられない悩みって、泣き言って。

 悩みも泣き言も、全部が全部アイツにつながっていくんだけど?


 ふと料理から目を上げ、その悩みの元を見る。

 器に盛られていた、最後のアユの塩焼きを掴んだそれ。大きな口を開けてかぶりつこうとしたところで、ボクと目が合い、食べるのをやめる。そしてそのまま「食べる?」みたいな目で、こっちへアユの塩焼きを差し出してきたけど。――食べたくって見てたわけじゃないぞ、ボクは。 

 「いらない」と首を横にふると、うれしそうにアユにかぶりついた。幸せそうに食べるその姿に、大きなため息が出る。


 「ほら、こぼしてる。ちゃんと口拭け」


 手近にあった布で、そのアユの皮のついた口元をぬぐってやる。それだけで、またニコッと笑うソイツ。


 (コイツ、自分がボクの悩みの元凶だって気づいてないんだろうな)


 この七年間、ボクがどれだけ悩んできたかも。

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