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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
三、陽炎。 (かぎろひ。明け方、東方に見える光)
15/42

(一)

 山を駆け下りる。

 頂から下へ下へと駆け下りる。

 いや。「駆け下りる」じゃない。「飛んでいく」。

 土をけって走りながら、肩から斜めにかけておいた布を左手から腕に巻きつける。その動作だけで、翼は自分のものとなり、立ちはだかる茂みや枝葉、灌木を乗り越えていくことができる。

 まさに「飛ぶ」。

 誰よりも身軽に、誰よりも速く。

 途中、出くわして驚かせた獣や鳥にわびながら、一気に下っていく。

 速く。速く。

 心はもっと疾く、速くと急くのに、体が伴わないのが歯がゆい。翼を借りてももどかしい。どうしようもなく胸が高鳴り、目が潤む。

 さあ、ここを超えたらあの(きざはし)へ。

 深い森の中、ひときわ高くそびえ立つ(くすのき)の木の上に建てられた(やしろ)。そこに、わたしの大切な人が帰ってくる!


*     *     *     *


 「ただいま。元気にしてた――ォアフッ!」


 言い終わらないうちに、ボクに激突してきたもの。


 「元気に、ゲホッ、してた、ようだな。ゴホッ」


 ぶつかられた弾みにむせた。こんな勢いよく飛びこんでくるなら、元気がどうかなんて、きく必要はなかったようだ。飛びつき、そのままこっちを見上げてくる目もキラキラしてる。


 「おや、メドリ。お迎えしてくれるのかい」


 バサッと、ボクより大きく翼を鳴らして(きざはし)に降り立ったのは、少し後ろを飛んできた父さん。メドリに向かって、「こっちにおいで」全開で、両手を広げた。

 けど。


 「ほら、行ってやれ」


 ボクの体の間から、ちょっと父さんを見ただけだったメドリ。しかたないので、その頭を押して、父さんの方へ行くようにうながす。


 「おお、メドリ。やっぱりお前はかわいいなあ」


 さっきのボクへの出迎えと違って、メドリは、父さんの手にチョンっと触れただけなんだけど、それでも父さんは、思いっきり目尻を下げてうれしそうに笑った。


 「やはり持つべきものは、娘だねえ。こうやって娘に出迎えられたら、疲れなんてどこか吹き飛んでしまう」


 なんてよくわからない感慨(かんがい)つき。

 あんな「チョン」っと触れただけで父さんの疲れが無くなるのなら、さっきボクがされたような出迎えなら、なにが吹き飛んでしまうんだろう。理性?


 「ほら、見てみろ、ハヤブサ。ほんのわずか見てないだけなのに、メドリはまたかわいくなった」


 クルッと、メドリの体をこちらに向けた父さん。


 「あの……。そんなに変わってな――」

 「背が伸びた。髪だっていっそうつややかになった」


 ………………。多分、以前と変わりません。父さん。


 「黒曜石のような瞳! 薄桃色した頬の愛らしさ!」


 ………それはきっと、ここまで走ってきたせいです、父さん。

 だってコイツ、さっきまで山の頂でボクたちの帰りを待ち構えてたんですから。


 大鷹(オオタカ)といっしょに、勝手に山の頂まで行っていたメドリ。「そんなところ出かけてないよ?」みたいな、何食わぬ顔して出迎えてきたけど、ボクはお前があそこにいたこと、気づいてたんだからな。

 本人はバレてないと思ってるかもしれないけど、森を駆けたせいで、髪には小さな枝が絡みついてたし、衣から伸びた手足には薄い引っかき傷がある。

 おとなしく、(やしろ)で留守番してろって言っておいたのに。大鷹(オオタカ)がいたって、森は危険だからって、あれほど言っておいたのに。


 「メドリは、日に日に美しく、愛らしくなる。ああ。離れていたことが、とても悔やまれるよ」


 ………………。父さんの理性は、疲れよりもずっと前に、吹っ飛んでいたらしい。離れていたっていっても、わずか五日だし。


 「あとは、そのかわいらしい唇で『父さま』とか呼んでくれたら、うれしいんだけどねえ。まあ、欲はかけばかくほどキリがないからあきらめよう」


 父さんがメドリの髪を撫でる。その拍子に、髪にからんだ小枝に気づいたようだけど。――あ、捨てた。何もなかったように、ポイッて捨てた。


 「ああ、それにダメだな。『父さま』なんて呼ばれたら、その次は『今までお世話になりました。わたし、結婚して幸せになります』だから、話せないほうがいい。うん。そうだ。そのほうがいい」


 いやなんで、そこまで飛躍する?

 一人うなずく父さんの姿に、旅以外の疲れがどっと押し寄せてきた。


 カッカッカッカッ、カッカッカッカッ。


 (きざはし)に設けられたとまり木からの声。


 〝アイカワラズノ、溺愛ブリジャノウ、(オサ)ヨ〟


 「おお。大鷹(オオタカ)の」


 父さんは、メドリが大鷹(オオタカ)を自分の翼にしたことに驚きはしたものの、「さすがわしの娘!」と大喜びしてた。だからこうして、大鷹(オオタカ)のためのとまり木も、(やしろ)のなかに用意した。娘を思ってくれる大鷹(オオタカ)への敬意だ。


 〝長モ、若子(ワクゴ)モ、無事デナニヨリ。長ノ旅路、オ疲レデアロウ〟


 大鷹(オオタカ)が言う。

 そう。ボクと父さんは、メドリを置いて、数日東の方へと旅をしていた。


 〝鳥人ノミナガ、宴ヲ用意シテ待ッテオル。親子ノ歓談ハソコマデニシテ、(ヤシロ)ノナカヘト進マレヨ〟


 「そうだな。久しぶりにうまい飯でも食べたいものよ」


 大鷹(オオタカ)と父さん。

 どちらがこの(やしろ)の主かわからないような会話を交わす。


 「おかえり、ハヤブサ!」

 「元気だったか!」


 「カリガネ! ノスリ!」


 宴に向かう途中、回廊からヒョコッと顔を出したのは、カリガネとノスリ。


 「ねえ、あっちでの話、いっぱい聴かせてよ!」

 「なんか面白いこととかあったのか?」

 

 先頭を行く父さんと大鷹(オオタカ)。ついで、ボクたちとメドリ。わちゃわちゃと歩くなか、メドリは、ボクの横にピッタリついてくる。

 七年前。

 ボクが〝メドリ〟と名付けて、一応仲間と認めてから、後ろをトテテテッではなく、普通に隣を歩くようになった。


 七年経っても、一言もしゃべらないまま大きくなったメドリ。昔と違って、何から何までボクがしてあげなくてもよくなったし、数日ならこうして置いていくこともできるようになった。勝手に(やしろ)を抜け出すけど。


 軽く視線を下げると、「ウン?」と首をかしげたメドリと目が合った。父さんに拾われた時のような、ガリガリのボロボロではない。それなりに大きくなって、それなりに女の子らしくなった。


 ――黒曜石のような瞳! 薄桃色した頬の愛らしさ!


 父さんの言葉が頭の中でこだまする。けど。


 (どこが。こんなお転婆のどこが愛らしいんですか!)


 心のなかで反論する。


 (それは「親の欲目」、「親バカ」って言うんですよ!)

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