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ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~  作者: 若松だんご
二、明時。 (あかとき。夜が明けようとする時。夜明けの頃)
10/42

(三)

 「おおぉ、帰ってきた、帰ってきた!」


  (やしろ)(きざはし)で、なぜかノスリが待ち構えていた。


 「お前、どこに行ってたんだ。探したんだぞ!」


 それもなぜか怒ってる。

 あの、人の子をほっぽって飛んでいったからか?


 「カリガネは?」


 いつもつるんでいることの多いノスリとカリガネ。そのカリガネの姿が見えない。


 「おまっ……、カリガネなんてどうでもいいんだよ! それよか、早く、こっちへ来い!」


 グイッとボクの腕を引っ張るノスリ。急いでいるのか、走るだけで足らずに翼も震わせて、なかば、走りながら飛んでるようなかっこうになった。


 「うわっ、ちょっ、どこに行くんだよ!」


 グイグイ引っ張りながら、回廊を曲がるノスリ。


 「いいから来い!」


 「いたっ、イタタタタッ! わかった! わかったよ!」


 しかたかないので、ボクも翼を動かす。でないと、引っ張られた腕がとんでもなく痛い。


 「ほら、連れてきたぞ! ハヤブサだ!」


 バンッと戸を開け、ノスリがボクを室のなかに放りこむ。


 「あー、やっと……、帰って、き、た……」


 深い息とともに、ペタンと床に座りこんだカリガネ。

 見れば、床台の上に人の子と、その周りで人の子を押さえつけようとする、数人の下女。


 「この子さ、ハヤブサが飛んでっちゃってからも、(きざはし)にいたんだけど、なんか様子が変でさ。触ったら熱があったから、ここに運んだんだけど、ちっとも休もうとしなくて、大暴れしてさ。あー、つかれた」


 「大暴れ?」


 熱があるのに?


 「(きざはし)に行こうとしたんだよ」


 カリガネが額の汗を拭く。

 人の子は、あのお湯屋のときと同じように、さんざん暴れていたらしい。今だって床台に寝かせようとする下女と、起き上がろうとする人の子が、取っ組み合ってる最中だった。


 「なんで?」


 「なんでって。そりゃあ、お前の帰りを待つためだろうさ」


 それ以外に何がある。

 ノスリが、フンッと鼻息を荒らした。


 「お前からしたら、嫌いな〝人〟の子どもかもしれねえけどさ。コイツからしたら、大好きで大好きで、離れたくない大事なお兄ちゃんなんだよ」


 「そんなこと言われても……」


 なんでそんなにボクに懐くんだ? 別にボクじゃなくてもいいだろうに。


 「さっき、調合してもらった薬湯を飲ませたから。後の看病は、キミにまかせるよ」


 ヨッとかけ声とともに、カリガネが立ち上がる。同時に、周りにいた下女たちが室から出ていった。ボクがいれば、人の子が暴れることはない。そう判断されたのだろう。人の子も、ボクの顔を見たからか、力を抜いて床台に座っている。


 「がんばれよ、お兄ちゃん」


 ノスリがポンポンっとボクの肩を叩く。

 カリガネもノスリも。二人とも、下女と同じように、ここから出ていくつもりらしい。


 「あ、そうだ」


 入り口きわでカリガネがふり返る。


 「僕らは羽根があるから問題ないけど。人の子は、何かくるまるものがないとカゼを引いちゃうって、イヒトヨさまからの伝言」


 「くるまるもの?」


 「そ。そのまま床台にゴロンじゃダメなんだって。人の子は、翼がないから、自分で暖を取れないんだ」


 じゃね。

 それだけ言いおいて、戸をピシャリと閉めたカリガネ。

 カリガネはやさしいから、めったに怒ったりしないけど。あれ、結構頭にきてるって感じだな。今度、ちゃんと謝っておこう。もちろん、ノスリにも。


 シンと静まり返った室。

 軽くため息を吐いて、人の子に向き直る。


 「え? おいっ!」


 床台の上、さっきまで座っていたはずの人の子が、クタッと倒れこんでいた。


 「大丈夫かっ! って、熱っ!」


 触れた体はかなり熱い。目を閉じ、息だって、ハアハアと浅く苦しそう。


 (こんなので、ボクを待とうとしたのか?)


 あの(きざはし)で。

 高い木の上にある(やしろ)。そこに設けられた(きざはし)は、飛び立ちやすくするため、いつでも冷たい山の風が吹きつける。

 そんなところで、こんな熱のある体で、ボクを待とうと?


 (まったく、バカなヤツだよ)


 ボクなんかじゃなく、やさしいカリガネか、明るいノスリに懐けばいいのに。

 汗で額にはりついた髪を、そっと払ってやる。


 (わっ)


 薄く開いたまぶた。その弱々しい目がボクを見ると、安心したように、ゆっくりと閉じられた。


 (なんなんだよ、まったく)


 本当の妹のように、ボクを慕って。

 本当の妹のように、ボクを頼りにして。

 本当の妹のように、ボクがいると安心して。

 そんなふうにされたら、ボクまでやさしくしなくちゃいけなくなるじゃないか。


 (今日だけ。今日だけだからな)


 前置きしてから、床台に一緒に横たわる。

 

 ――人の子は、何かくるまるものがないとカゼを引いちゃう。人の子は、翼がないから、自分で暖を取れないんだ。


 そう言われたから。だから、熱を出してる今だけ特別に、ボクの翼を貸してやる。

 抱きしめるには温かすぎる人の子の体を、クルンと翼で包んでやる。


 (今日だけ。今日だけだからな)


 何度も何度もくり返す。

 黒くつややかな髪。白く透き通るような肌。細すぎる体。翼のない背中。

 砕けた心の詰まった喉。


 さっきまで苦しそうだった息が、少しずつ安らかな寝息へと変わっていった。薬湯が効いてきたのかもしれない。


 (元気になったら、一緒に飛んでやろうかな)


 少しだけ。ほんのちょっとだけ。

 なんとなくだけど、そう思った。

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