49話 幼い頃の思い出が輝いているのは、その時は何も知らなかっただけ・・・
暗い浜辺で小さな光を頼りに、ただじっと待つだけ。
そこいらを散歩も出来なければ、真っ暗で風景を楽しむ事も出来ない。
座っていれば眠気も襲ってくる。
見張りに見つかってはいけないし、場合によっては即戦闘モード。
戦う相手は殺戮坊主達なのか、はたまた謎の襲撃犯なのか。
都会っ子の威流には、思ってた以上の負荷が掛かっていた。
だが、威流は幼少の頃に蛮族の長みたいな祖父に連れられ、
キャンプで山奥に行った経験が幾度かはあった。
それは、和気あいあいとテントを張り、コーヒーを飲みながら自然を楽しみ、
バーベキューに舌鼓を打ち、みんなで焚火を囲んで癒しの時を過ごす。
そんな当たり前の・・・いや、そんな温い世界の話ではなかったのだ。
祖父の言うキャンプとは ”軍事訓練”を子供向けに言い直しただけに過ぎない。
まず、最初に張ったのはテントではなく”弓の弦”だった。
そこいらの撓る木を選び、植物の蔓を弦とし、
「弓を馬鹿にしておるのかっ」と那須 与一が激怒する弓を作り上げ、
弓は食料調達にも自己防衛にも使える人類の叡智だと孫に教えた。
次に「コーヒーみたいな色の泥水を啜りたくないのなら水を確保しろ」と、
朝露の集め方から川の見つけ方などの地形把握も含め、入念に指導が入る。
そんな中で、蛇や蛙といった普段食べない物を嫌々食べさせられたが、
存外に美味かったのはある種の良い思い出ともなっていた。
だからと言って好き嫌いが減る事は無く、幼い味覚が変な方向にバグったまま、
蛇や蛙は食べられるけどキノコや貝類は嫌みたいな面倒臭い事になった。
最後の教えは、威流に「それはちょっと無理」と思わせた。
「人は夜目が効かない。だから夜に火を絶やすな」と火の重要性を説いていたが、その時、祖父と威流は焚火を囲みながら、十数匹の野犬にも囲まれていた。
次々と襲い掛かる野犬を孫を守りながら蹴散らし、
血の匂いに誘われた ”祖父と同等の体格をした熊” を事も無げに撃退した。
全ての敵を鍛え上げられた己の肉体のみで圧倒する祖父を見て、
「弓の件は一体なんだったのか?」と幼心に孫はそう思った。
あの頃よりまだマシだと思う事で、威流はなんとか耐え忍ぶ。
時間がゆっくりと流れ、なんとなくこげちゃんに話し掛ける威流。
「こげちゃんは大丈夫かい?」
こげちゃんは、威流のポケットですやすや眠っている。
赤い魔石が起動しないので池の広場に置いてきており、
威流の胸のポケットはこげちゃんの寝床になっていた。
威流は時折立ち上がり集落の様子を伺ってみるが、
見張りの持つ松明の明かりが暗い夜に浮かび上がっているだけで、
特に変わった事は無かった。
威流が座って聞き耳を立てていても、
聞こえてくるのは寄せては返す波の音だけで、穏やかで静かな夜だった。
そんな静寂を打ち破るように、突如響く鐘の音。
涎を垂らしながら眠っていた威流は目を覚ます。
寝ぼけているのか、座ったまま辺りを見回すがなにも見えない。
「なんだ、なんだ、敵襲か!?」
威流は急いで立ち上がり集落に目を向けると、
集落の上だけが夕暮れ色に染まっている。
「何かが燃えている?襲撃犯が来たのか!!」
急ぎ集落へ繋がる道まで威流は走った。
だがその道の入り口で立ち止まってしまう。
何度も打ち据えられる鐘の音が威流の焦りを呼ぶ。
しかし、その焦燥感をいとも容易く越えてくるのものがあった。
そう、恐怖心だ。
異世界に来て数々の恐ろしい体験をした威流であったが、
それらは全て自分だけに向けられた脅威に他ならない。
だが、今回の件は違う。
自分自身に危害が及ぶのは百も承知の上だったが、
自分以外に迫る脅威にはどう対処すれば良いのか?
自分の行動や判断ミスで誰かが傷付いたらと思うと足が前に出ない。
素人がしゃしゃり出ても、碌な事にならないはず。
そんな想いが威流をその場に留めてしまう。
迷っている暇も無い、こんな時に何をしていると自分に言い聞かせるが、
「会社で仕事をミスるのとは訳が違う」と恐怖心が思考を歪めていく。
そんな中、威流は祖父の言葉を思い出す。
それは、軍事訓練の夜の事だった。
「人というものは、大事な時に勇気が出ない事があるものだ」
いつも強気な祖父にしては珍しく”人の弱さ”についての話だったのを覚えている。
まだ幼かった俺は、祖父の言いたい事がよく分からずに率直に尋ねるしかなかった。
「そんな時はどうすればいいの?」
そんな事しか質問が出来なかった俺に、祖父は笑って答えてくれた。
「そんな時は心を落ち着けて、自分自身に問うんだ。
自分に何が出来るのか。
自分は何がしたいのか。
自分が何をしなければならないのかを」
俺はその言葉を「うん、うん」と頷きながら聞いた。
「そして、それを自分が絶対に出来ると信じて、この言葉を口にするんだ。
大丈夫だ、問題無い・・・と」
いつも凶暴なゴリラにしか見えなかった祖父が、
その時だけは穏やかで優しい凶暴なゴリラに見えた。
威流は思い出の中の祖父に感謝する。
「じいさん、ありがとう」
威流は深呼吸をして心を落ち着けると、
乱れた鼓動と思考は落ち着きを取り戻し始める。
俺は何が出来るのか、何がしたいのか、
何をしなければいけないのか、そんな事は全て分かっている。
威流は心の中で、自分自身に問いかける。
”威流、そんな”勇気”で大丈夫か?”
そして、この言葉を口にする。
「大丈夫だ、問題ない」
迷いを振り切った威流は、全速力で集落への道を駆け上がって行く。




