1話 悩みは簡単に解決できない・・・
とある企業に悩める一人の男がいた。
その男は、目の前にある問題に答えが出せずにいた。
今、その男を真剣に悩ませているのは、
”電車の手摺りを舐めるべきかどうか”ということだ・・・
もちろん、”電車の手摺りを舐める”というのは、
問題の解決における1つの手段に過ぎず、別の手段を考えていないわけではない。
いかした見た目オンリーのキノコ狩りを行い、鍋にして喰う。
副業で治験(報酬高め)に参加する。
ゴミ屋敷の掃除をマスク無しで頑張る。
石の仮面を被って、人間をやめる。
様々な手段を検討し、脳内でシミュレーションを行っているが、
”電車の手摺りを舐める”が、実現性・コスト・難易度・後のダメージなど、
総合的なバランスに優れている。
ここまでくれば、どういった問題なのか見えてくるであろう。
そう、彼はそこそこの病気になりたいのである。
風邪ほど軽くなく、入院するほど重くない病気。
特にインフルエンザなどが理想である。
病気になれば、大手を振って会社を休めるという途方もないご褒美が待っている。
ちょっと熱が出るくらいは、ご愛嬌というものだ。
だが、電車の手摺りを舐めるというのは、少々、社会的なリスクを孕んでいる。
他にもっと良い方法があるのではないか、インフルエンザでは火力不足ではないかと悩みは尽きない。
仕事を進めながらも、男の脳裏にチラつく電車の手摺り。
手摺りを舐めてるところを見られたら社会的に終わるドキドキ感。
会社を休める高揚感と高熱で火照る顔。
まるで、病気に恋をしているのではないかと錯覚してしまうくらいだ。
けたたましく始業のベルが鳴り、男はふと我に返る。
朝礼の時間になった。
姿勢を正し、部屋の端にある机に視線を向けた。
悩める男の1日が始まる。
「おはよう、企業戦士たちよ」
部屋に響き渡る大きな声で挨拶をしたのは、
俺の所属部署の部長、白長平起であった。
両手を腰に当てながら、にこにこの笑顔で白長部長が話を続ける。
「まずは、先月の売上についてだが、
我が第一営業部の目標値に対して112%の達成率だ、よく頑張ってくれた。」
「その中で売上トップは、もちろん我が第一営業部のエース赤音威流だ」
そう言って俺の方を見て、手の平を上に向け指をヒラヒラさせて立つ様に合図を送ってくる。
周りの拍手に包まれながら、おもむろに俺は立ち上がる。
満足そうな笑顔の白長部長に愛想笑いで応えたが、
この話には続きがあるのを分かっていた。
「更に、先月の残業時間トップも赤音威流だ、本当によく頑張っている」
白長部長がそう言って大げさな拍手をするが周りはドン引き。
拍手に紛れて、「可哀そうに」という囁きが微かに聞こえていた。
そうだ、その通りだ、やりたくてやってるわけじゃないからな。
僕はやらざるを得ないから、やっているんだ。
「みんなも赤音を見習って、たくさん残業して、売り上げを伸ばしてくれ、以上だ」
言い終わった白長部長は、席から離れ会議室へ向かっていった。
売上と残業時間の多さを褒める、それがうちの会社だ。




