大宇宙航海日誌1
気がつくと目の前を携帯端末が宙に浮いており、ゆっくりと回転しながら横へ流れて行った。
起き上がろうと腕で地面を押そうとすると空ぶった。そこで気付いた。
俺自身も携帯端末と同じように宙に浮いていることに。
「ここは、そうか船の中か」
気を失う前のことを思い出すために記憶を整理してみる。
俺の名前は綾辻諒。
宇宙船エンケラドス号の乗組員でつい先ほど宇宙海賊との戦闘によって負傷、気絶をしていた。
浮いている体勢を立て直し携帯端末を掴む。
俺の物で中古屋で買った端末は傷が増えており、画面に罅が入っていた。
一応タッチパネル式なのに大丈夫か?
動かせないとか嫌だぞ。
リンゴ社製の二世代前のモデルな端末の電源を入れてみる。
画面が明るくなりパスワードも打ち込めた。
どうやら動くようだ。
バッテリーが切れかけだけど。
ここは乗組員の船室なので充電コードも置いてある。充電も兼ねて船のコンピュータに接続する。
充電が開始された。
あらためて周りを見ると壁には大きな傷がそこかしこにできており、戦闘の悲惨さがわかる。ウッ!!
目線の先に下半身が吹き飛んだ元乗組員の死体が浮いているのを見つけてしまった。
目を逸らし心を落ち着けていると携帯端末にメッセージが入っていた。
誰からだ?
見にくい画面に目を凝らす。
〈エンケラドス:あなたは生存者ですか?〉
エンケラドスのAIからだった。
どうやら船の中枢は生きているらしい。
メッセージに船員番号と名前を書いて送信する。
すると、すぐに通信が掛かってきた。
『こちらはエンケラドス中央演算装置です』
AIが合成音声を使って話しかけてきた。
「俺は綾辻諒だ」
『現状報告をします。
現在エンケラドス号は中央演算装置、推進器、方向舵、レーダーシステム、戦闘砲台などすべての機器にダメージを負い、僅かなエンジンの推進力と惰性での航行を行なっている状況です。
また、乗組員はあなた、綾辻諒整備員以外の船長、副船長、一等航海士を含めた全員が戦死しました』
なかなか愉快なことになってるな。
自傷気味に現状を思ってみたが、やっぱり愉快じゃない。
「まず中央演算装置もダメージを受けてるのにどうやってお前は会話してるんだ?」
『船員室二〇三号室にある東堂成次三等航海士の私物にある端末が優れた容量を持っていたので中央演算装置が攻撃を受ける前にネットワークから侵入してバックアップを作りました。ですので、今は東堂成次三等航海士の端末より通信を行なっています』
なるほどな。東堂の奴、休暇中もバイトして良い端末を買ったって自慢してたからな。多分それだろう。何のために中央演算装置のバックアップができるくらいの物を買ったのかは知らないけど。
『もし、よろしければ二〇三号室まで来ていただけますか?
これからのことを詳しく話し合いたいので』
「ああ、了解した。二〇三号室だな。今から行く」
俺がいるのが六〇一号室なので通路を降りて行くことになる。
充電が半分程度になった携帯端末を取り外し、通路を進むと赤い球体がいくつも浮いている。
一目見ればわかるし、臭いでもすぐにわかった。元乗組員の血飛沫だ。
正直血液以外の肉片も視界に入るので吐き気がすごいがなんとか耐えて進む。
途中、自分の携帯端末と同じように空中に浮いてる元乗組員の携帯端末があったので途中の部屋で見つけた鞄の中に入れて他にも見つけ次第拾って行く。エンケラドスにパスコードを開いて貰えば内部データが拾える可能性もある。
また、敵対した宇宙海賊の端末が混ざって入れば奴らの情報も手に入るかもしれないからだ。
二〇三号室。ここだな。
自動扉が半開きで開いている。
通路の先を見るが隔壁が塞がっている。
向こうは外壁が吹き飛んで宇宙空間に直結している証だ。
船室に入ると東堂の携帯端末がデスクに設置されていた。
…。
いや、これは携帯端末じゃないな。デスクトップとハードディスクだ。ディール社の最新モデルか。ヒエログリフが3秒で解読、完全保存できるぞ。
デスクトップの画面に光がついてる。
これか。
椅子に座りデスクトップの画面に話しかける。
マイクとカメラが内蔵されてるタイプなので問題ないはず。
「エンケラドス来たぞ」
『綾辻諒整備士。確認しました。
早速ですが、道中で拾った端末を私に接続してください。内部データを解析します』
「見てたのか?」
『監視カメラの一部が生きていましたので』
なるほどな。
携帯端末をケーブルに挿す。なんでか知らないけどケーブルは沢山ある。
「どうだ?」
『端末の持ち主が判明しました。
石動幸司二等航海士、
大杉翔観測士、
桔川和之砲手、
鷹尾坂敦砲手、
辻八木恭平観測士、
土岐豊機関士、
南禅寺晋二郎機関長、
能見賢太飛行士、
橋本遼弥通信士、
柾木頼仁整備長、
月見里咲真医師。
以上のエンケラドス号乗組員の端末と、
レオナルド・バトン戦闘員、
リューゲン・ダース戦闘員、
二人の宇宙海賊の端末です』
柾木整備長は特にお世話になったのにお礼をする前に亡くなったのか…。
もっと早くお礼しとけば良かったな。
『綾辻諒整備士。悲しむのは仕方ありませんが今はこれからのことを話し合いましょう』
機械だからドライだな。
「これからのことと言うがほとんどの主要機器が破損状態なんだろう?もうエンケラドス号が再起不能じゃないか?」
『そうなると綾辻諒整備士もこのまま死ぬことになりますが?』
「脱出ポッドぐらい残ってるだろ」
『私は置き去りですか』
…。デスクトップの画面に置き去りの文字が大きく表示された。ついでに置き去り系の新聞記事や映画、小説、絵画の映像も。
「お前って感情とか無いのよな?」
『ありません。
しかし、機械は機械なりに考えるものです。
私は人に使われる為に作られた機械です。
使われずに棄てられると言うのはーーーです』
「おい、最後の方にノイズが走って聞こえなかったぞ。」
『失礼しました。緊急時特別処置を適用。エラーコードを解除。個人端末のファイヤーウォールを突破。ハッキング完了。カット&ペースト完了。』
コイツ何をやってる?
デスクトップに挿した乗組員と宇宙海賊の携帯端末の画面が黒くなり大量の白文字でプログラム言語が高速で流れてる。
『私物データを入手。現段階での最高機密情報を入手。個人端末のデータを全て消去』
最高機密情報ってはっきり言ったぞコイツ。しかも柾木さんたちのデータを盗って残った必要のないデータは全部消しやがった。
「おい!!エンケラドス。お前は何をやったんだ?聞いてる限りじゃ個人情報やら機密情報をパクってたようだが」
デスクトップの画面が真っ黒になりそこに大小様々な0と1が降ってきた。
そしてソイツが現れた。
今、話題のラブコメアニメのヒロイン、円彗羅が。
「………。何を言えばいいんだ?それは。この状況で巫山戯てるのか?」
『巫山戯ていません。綾辻諒整備士』
円彗羅が話した。
「じゃあ何だそれは。」
『この姿が東堂成次三等航海士の端末データに入っていたゲームの登場人物です』
東堂の奴、ハイスペックコンピュータでギャルゲーしてたのかよ。
『エラーコード解除する際に緊急時特別処置の権限で携帯端末から情報を抜くことが出来たので全てのデータを抜いた時にこの姿データを得ました。綾辻諒整備士も人型と話す方が私を置き去りにしないと判断しました』
「わざわざギャルゲーから選ばなくていいだろ」
『船は女性名詞です。そしてこの姿データの名前は円彗羅。音読みするとエンケイラ。一番、私に近い名前でした。ついでに説明すると円彗羅は京阪出身で京阪弁の設定です。京阪弁は丁寧語の‘です’が‘どす’になり先ほどのエンケイラと合わせるとエンケイラドスになります』
「お、おう、そうか」
俺の言葉に円彗羅、エンケラドスは腕を組みドヤ顔で説明した。
そんな都合のいいキャラだったのか。円彗羅。
『納得いただけて何よりです。
置き去りに…しませんよね?』
上目遣いでさっきから動くたびに揺れている豊満な胸元を強調するように祈るような体勢でエンケラドスは俺を見つめてきた。
「その手には乗らねぇぞ。いつから中央演算装置は媚売りになったんだ」
『やはり置き去りですか?』
置き去り置き去り言うなよ。
だが、コイツが抜き取った機密情報が気になるな。
「いや、気が変わった。お前も一緒に脱出しよう」
『感謝します。綾辻諒整備士』
満面のの笑みで返事をするエンケラドス。
「一緒に脱出するうえでエンケラドス、使える脱出ポッドは残ってるのか?」
『四号機、十号機、十五号機の三機が使えます』
「なら通路の状況は分かるか?」
空気がなかったら意味がない。
『B4通路からD2通路に出れば脱出ポッド収容所に入れます』
整備士専用の通路からか。なら行けるな。
持っていくものは今、エンケラドスが使っている東堂のデスクトップとスペックの高い携帯端末。水と食料も出来ればたくさん。お金も乗組員のから集めよう。万能工作キットも持って行って、酸素生成機と水生成機の予備も持って行っとくか。
「エンケラドス、今挿さってる中で1番スペックの高い携帯端末に入ってくれ。デスクトップを取り外して脱出ポッドに持って行く」
『了解しました。完了しました。
取得したデータは全てハードディスクに入っています』
エンケラドスは話しながら赤い携帯端末(モデル:ギャラクシアⅩⅩⅢ)に姿を映しデスクトップをシャットダウンした。便利だな。
デスクトップの電源を抜きデスクトップを固定しているネジを取るとデスクトップは無重力なので浮き上がった。東堂のスーツケースにデスクトップを突っ込み、部屋を出た。
B4通路は右だ。
通路を進むと赤い球体が漂っていた。
血液だ。
人影が見える。
整備士班の紅一点、渡辺娃弥歌さんが頭を真っ赤に染めて死んでいた。
天井に血と衝撃跡、渡辺さんの首の向きの異常。恐らく天井に強く頭をぶつけて頭蓋陥没、ぶつけた拍子に首の骨を折って即死したのだろう。
周囲に戦闘の形跡はなく渡辺さんの死体にも戦闘の跡はないからだ。
心苦しいが渡辺さんの死体から携帯端末とマネーカードを抜き取りD2通路ヘ進む。
D2通路を暫く進むと重厚な扉が普通の宇宙船の中でも特に重厚な扉がある。二つのレバーでロックが掛っているが手順通り動かせば簡単に開く。ここが脱出ポッドの収容所だ。
中に入ると脱出ポッドが整然と並んでいた。
?
「エンケラドス、使える脱出ポッドは四、十、十五だけじゃなかったのか?」
携帯端末の電源を入れてエンケラドスに問いかける。
『…。どうやら大多数の脱出ポッドのコンディションモニターに繋がるコードが抜けているようです』
「それで三機の反応しかなかったのか」
『はい』
まあ、実際に使うのは1機だけだけどな。脱出ポッドは三角フラスコのような形をしている機体だ。
目の前にあった四号機のハッチを開ける。
中には操縦桿、コントロールパネル、酸素生成機、水生成機、発電機、レーダーモニター、通信機などが並んでいる。
床下には緊急用カロリーバーで埋まってる。味は最高!!…嘘だ。不味いから食べたくはない。
意外に広い。座席が円形に六席ある。六人乗りだからだ。
だが、今乗るのは俺一人。
少し改造するか。
幸いにも食料はまだある。
座席を固定しているネジを外し、座席を脱出ポッドから出す。
「ん?あ、ここは溶接なのか」
操縦桿とレーダーモニターの正面の座席は溶接だったので外せなかった。コントロールパネルは操縦桿の上にある。それでも四席取れたので良い。
配線盤を開き構造を見る。
ふむふむ。
「エンケラドス、コントロールパネルをハッキングしてくれ」
『了解しました』
携帯端末をUSB口から接続するとまた文字が高速で流れた。
『完了しました』
「デスクトップを接続したいどこに挿せば良い?」
俺は宇宙船の整備士だが電子系統は専門外だ。
『配線盤の内部にある緑のコードと同じ場所に挿してください』
配線盤を見ると緑のコードが挿さっているところは赤い線で囲われていた。USB口が三ヶ所余ってる。ここだな。
「コードを挿したぞ。エンケラドス」
『デスクトップを立ち上げてください』
電源ボタンを押し、少し待つとエンケラドスがデスクトップの画面に映った。
「なんか色変わったか?服も」
『円彗羅は十五歳の学生設定でしたので少しデザインを修正しました。
髪色をダークブラウンからローズゴールドへ。瞳の色をブラックからサファイアブルーへ。服装は学生服から旧星条海軍の士官制服へ』
「何でわざわざ?」
『ゲームキャラクターのままですとややこしいと判断しました』
そこまでややこしくは思ってないけどな。言わないほうがいいんだろうな。
「わかった。エンケラドス、脱出の準備を頼む。俺は他の持って行くやつを探して来る」
『了解しました』
脱出ポッドを出るとまずはキッチンに向かう。途中ハッチがしまっているのは向こう側が真空状態だからだ。船の緊急用隔壁だ。回り道をしながらキッチンに着くと宇宙食と真空パックの食料をありったけ箱に詰め込んで持って行く。そして脱出ポッドの空きスペースへ詰める。箱ごとだ。次は機関室だ。ここで俺の万能工作キットを回収する。ついでに倉庫に行き酸素生成機と水生成機を持って行く。
「なんだこれ?」
倉庫の奥にアタッシュケースを見つけた。倉庫の奥は基本的に人の出入りがないので埃が積もっている。しかしアタッシュケースには埃が積もってないので最近置かれた物だ。
なんか気になるな。
…オープン!
鍵は工作キットのペンチで破壊した。
「どれどれ?
………液体クッションの容器に入った透明感のある石。
…ミクロドワーフだと!?
最低でも矮星規模のエネルギーを秘めた一級爆発性危険鉱物がなんでこの船に…?」
アタッシュケースを調べてみるが当然ながら手がかりはない。
どうしたものか。
正直少しのミスで惑星すら破壊する石なのでこのまま見なかったことにしたい。
だが、これがあれば電気や燃料の問題は無視できるようになる。宇宙での燃料切れは死を意味するからだ。
…。
俺はミクロドワーフをアタッシュケースに直して倉庫を出た。
「戻ったぞ。エンケラドス。準備はどうだ?」
『脱出ポッドの準備を完了しました。綾辻諒整備士』
「よし、脱出スタンバイ」
『脱出スタンバイ。了解』
万能工作キットを席の横に置き、酸素生成機、水生成機を空きスペースに固定する。
そして、アタッシュケースを食料パックの上にラッシングで固定した。
後で、絶対に機密情報を見ないとな。
『脱出ポッドの密閉を確認。ロック施錠完了。離艦ハッチ開放。船外への誘導を完了。綾辻諒整備士。離艦の指示を』
「GO」
『エンジン点火』
脱出ポッドに衝撃が走るとすぐに内部に重低音が鳴る。
誘導アームから外れて脱出ポッドのエンジンが始動した音だ。
窓の外の景色が横に流れ始めた。エンケラドス号から脱出ポッドが移動しているのがわかる。なお、脱出ポッド内は振動はあるが無重力状態なのでそこまで移動してる感はない。
「脱出成功だな。
エンケラドス、周辺の星系で補給をしたい。一番近い所を検索してくれ」
正直なところあまり期待はしていない。この辺りは人類が撤退した廃星系ばかりで基本的誰も住んでないからだ。
『…検索完了しました。
恒星ウリエルを太陽とする星系にある小惑星ゲンブが利用可能です』
小惑星ゲンブ?聞いたことがないな。
「ゲンブの基本データを出してくれ。」
デスクトップの画面に出るPDFのテキスト。
元々は鉱山業が盛んな星だったけど資源の枯渇に伴い廃星指定されたのか。廃星指定は二三年前。今は昔の輸出港と倉庫のみが唯一の人工物として残る場所か。
倉庫に期待だなこりゃ。
「エンケラドス。ゲンブへ向かってくれ」
『了解です』
右に遠心力がかかった。左へ方向修正したようだ。
しばらくは暇なので積めるだけ積んだ食料で何日生きられるか計算してみた。
食料は一食分ずつ真空パックに入っているので単純に袋の数だけで考えると四六〇食分。つまり、一五三日と一食分になる。
切り詰めれば三〇〇日以上は持たすことができるが星図を見ると一番近い有人惑星までおよそ四〇〇日かかる。一〇〇日分の食料が足りない。
昔の映画で火星で芋を育てるシーンがあったのを思い出したが俺が今いるのは火星ではなく脱出ポッドで農業は出来ない。誰かが助けに来てくれる可能性はゼロだ。エンケラドス号は輸送船。目的地である惑星は今もなおエンケラドス号は航行中だと思っているに違いない。
冷静に考えて小惑星ゲンブで物資の補給が叶わなければ俺の餓死率が跳ね上がることが分かった。全く嬉しくない。
不意に船体が揺れた。
「エンケラドス。何があった?」
『小惑星ゲンブの重力に捕まりました。
これより廃港ヒキツボシへ着港します』
早かったな。
ガタガタと揺れる船体に少し、いやかなり不安になりながらも着港を待つ。
そして、少しの衝撃が床から伝わり着港したことが分かった。
すぐに外に出たいがその前にやる事がある。
「エンケラドス。外の大気成分と気圧を調べてくれ」
『了解。解析中……完了。
解析データを表示します』
デスクトップのモニターに表が映される。
見る限り大気成分が船内と大差ないようだ。
あ、少し水素が多いかな?
まあ問題ない。
気圧は首都惑星と同一化されたままで重力は少し小さい。
鉱山で栄えてた惑星の特徴だな。重い鉱物を運ぶために調整されているのだろう。惑星の核には重力制御装置が埋め込まれているはずだ。
さて、外気に問題がないと分かったので脱出ポッドから出る。
廃港ヒキツボシは如何にも廃港という感じで寂れていた。
柱に吊るされていた案内板を見ると宇宙船製造会社イッサンの倉庫があった。イッサンは元々、首都惑星で自動車を作ってた会社だ。作られる宇宙船は自動車をモデルにした個人用が多くて、主に富裕層を対象に販売される。
そのイッサンの倉庫があるということは、このヒキツボシは鉱物の輸出港というだけでなくハブ港でもあったのだろうか?
本命をイッサンの倉庫に置き、道中にある倉庫を覗いて行く。
鉱山開発会社ヴァレの倉庫で重機を見つけた。重機を見ると一昨日見た乗り物がロボットに変形する映画が頭を過る。ここに置いてあるショベルカーも実は金属生命体だったりしないだろうか?そして合体とかしないだろうか?
男のロマンを想いながら次の倉庫へ進む。
正直に言うと大した物資は無かった。一番マシだったのは休憩室に置き忘れられたグレインスティック。長期保存が可能な穀物をチョコレートで固めたお菓子だ。たった一本で一日満足出来る事が売りの商品で一箱丸ごと残ってた。七二本入りなので七二日稼げた。
さて、本命のイッサン倉庫だ。
何か残っていれば良いが…。
倉庫の横についているテナント名が書かれたプレートを確認し、イッサンの倉庫と再確認する。
実はこれまでの倉庫のそうだったが倉庫は全てシャッターが閉まっており、勝手口の扉も閉まっていてどちらも錆付いていた。
仕方がないので俺は万能工具箱から小型のアセチレンバーナーを取り出してシャッターを焼き切った。これは酸素を大量に消費するので宇宙船では使えず惑星でのみ使用が可能な昔からある伝統工具だ。
人一人分の穴を開けてシャッターを潜る。
中には二トンコンテナが十四基。
中身を見るためにもう一度焼き切る。
自動車の部品。
いや、これは、
「自動車型宇宙船の部品、か!?」
他のコンテナは!?
部品。部品。部品。
「あった!!」
自動車型宇宙船丸ごと一隻だ。
船種はリッポーという名前で四角い見た目をした宇宙船だ。
これさえあれば、飢え死にせずに済むぞ。
ボンネット部分を開くと車のエンジンではなく宇宙船のエンジンが入っている。見る限り、欠けているものはない。行けるか?
コンテナ内を見渡すと隅の方にポケットがあり、そこにカードキーの様なものが差さっていた。抜き取り、宇宙船の操縦席側のドアに翳す。
ピピッ、という音と共にライトが二回光る。
ビンゴ。
ドアを開き、星図ナビゲーションの下にあるUSB口を開きそこにエンケラドスが入った端末に繋がるコードを挿し込む。
『ハッキング中。
完了。
リッポーのシステムを掌握しました。
この船は私の体になりました』
「エンケラドス。早速だが船を動かして脱出ポッドまで行きたい。エンジンはかかるか?」
『可能です。
エンジン始動』
ライトが点き、船体に振動が走る。
燃料メーターを見るとEVの文字が点いている。
燃料は当たり前だが空っぽだ。
「基本操作はクレーン船と同じで良いのか?」
先月まで操作したこともあるクレーン機能が付いた宇宙船を思い出しながらエンケラドスに尋ねる。
『はい。
むしろ、クレーン操作が無い分こちらの方が簡単と思われます』
それもそうか。
操縦桿を握り、リッポーをコンテナから出し倉庫からも出る。
脱出ポッドのある場所まで行くとリッポーを止めて外に出る。そして脱出ポッドの下部を覗く。
たしか、地上を移動するために車輪が収納されていたはずだ。
あ、でも、最近は放棄前提だったっけ?
少し不安になったが車輪を発見。
近くにあるレバーを下ろすとゆっくりと船体が持ち上がり脱出ポッドの真下から車輪が出てきた。
車輪の向きを確認し、車輪と平行の位置にある連結器を出す。
連結器はよっぽどマイナーでない限り世界共通だ。
リッポーとももちろん連結できた。
再びリッポーを動かし、脱出ポッドを牽いて休憩室近くに移動。
着いたら連結を外し、脱出ポッドの中身を一旦休憩室に全て突っ込む。
例のアタッシュケースは慎重に他の荷物から離れたテーブルの上に置く。
次にリッポーの改造に入る。
見た目は自動車な宇宙船だが、本当に見た目だけなので実際には自動車では絶対に開かない場所が開閉出来る。
星図ナビゲーションのタッチパネルを操作すると船体機能操作の画面を見つけた。
開くと、後方ハッチのボタンがあるので押す。すると後部座席の屋根部分が観音開きに開き、船体後部の中身を露出させた。
トランクと後部座席二席が丸裸の状態だ。
まず後部座席を倒してトランクと高さをフラットな状態にする。今回は取り外したりしない。これから長い付き合いになるかもしれない宇宙船だ。出来るだけパーツはとっておきたい。
食料と荷物を積み込み、ラッシングで固定する。
脱出ポッドより、まだ余裕があるのでそこにグレインスティックとヴァレの倉庫で見つけた大型工具と簡易宇宙服も積み込んだ。
これでもしも宇宙で船体に故障が起きても大丈夫だ。
さてとだ。
『綾辻諒整備士、そのアタッシュケースはなんでしょうか?エネルギー計測器がエラーを起こしています』
…やっぱ、バレるよなぁ。
『エネルギーパターンに合致するもので一番近いものがミクロドワーフと結果が出ました』
中身分かってんじゃん。
「ああ、中身はミクロドワーフで合ってるよ。
エンケラドス号の倉庫奥に隠されてたんだ」
アタッシュケースを開けて液体クッションに入ったミクロドワーフをリッポーのカメラに見せる。
『…ミクロドワーフをリッポーに乗せてください。重量を計測します』
?
重さを測る意味が分からないが、言う通りに船内に乗せて置いた。
『四〇〇ミリグラムのミクロドワーフを確認』
缶コーヒーぐらいの大きさなのに重量は倍なのか。
『計算上、百分の一ミリグラムでこのリッポーを五〇〇年動かすことができます』
えげつないな。
「だが、動力源はあってもエンジンが対応していなかったら意味がないだろう?」
ミクロドワーフを使うには核融合炉並みの設備か原子力エンジンがいる。
そして、そんなものは民間の小型宇宙船に積まれていない。
『はい。その通りです。
ですので小惑星ゲンブの第二港である旧南都大学専用港イナミボシへ向かってください』
旧南都大学?
「そこ行って何かあるのか?旧南都大学なんて聞いたことがないんだが。」
『旧南都大学は現在の華民族系大学南部大学の前身で元は光年領域探査船を研究製造していた大学です。
恐らくですがこのリッポーよりも優れた宇宙船が置き去りにされている可能性があります』
?
「なんでそんなこと分かるんだ?」
『ミクロドワーフを一ナノグラムを使い、リッポーの惑星レーダーを使用しました。
結果、イナミボシ付近に三重水素の反応を確認しました。光年領域探査艇が利用していた三重水素エンジンの反応と思われます』
三重水素って水爆の原料だったよな?
「それって大丈夫なのか?放射線とか」
「小惑星ゲンブの放射線量は標準値以下に収まっています。問題はありません』
…特に問題はなしか。
「よし、イナミボシへ向かおう」
リッポーのエンジンを動かし、操縦桿を握る。
荷物はそのまま乗せたまま一緒に持って行く。
独特の浮遊感は重力子制御装置によって斥力が発生し、空中に浮いていく証だ。
高度が100フィートに達した所で重力子を調整して上昇も下降しない中性浮力を維持する。
そしてエンケラドスが表示したレーダーのマーカーに向かってリッポーの操縦桿をを倒した。
旧南都大学専用港イナミボシには巨大な倉庫が二つあった。
ここもバーナーで焼き切り中に入る。
「エンケラドスの言った通り…か?」
一つ目でビンゴ。
探査艇はあった。恐らく。
カプセル型の機体。後部にエンジンの噴射口。
それだけが安置されており付属のパーツは何一つ付いていなかった。
「エンケラドス。これで合ってるのか?」
携帯端末のカメラを探査艇に向けて訊く。
『間違いありません。輦道型光年領域探査艇【鳳輦】です』
ニャン太郎型のフェンニャン?猫型なのか?
『勘違いしていないと思いますが輦道{ニ ァ ン タ オ}は皇帝の通り道を意味する言葉です。
鳳輦{フ ェ ン ニ ァ ン}は鳳凰の装飾がされた輿を意味します』
わざわざ音声と文字テキストで解説された。
顔に出てたか。
だが、エンケラドス。そのホワイトボードと眼鏡はどこから出した?それも藤堂のギャルゲーデータか?
「探査艇にしてはシンプルな見た目だが…?」
『もう一つに倉庫を見てみましょう』
そうだ。もう一個あったな。倉庫。
バーナーで再度不法侵入。
『やはり、こちらでしたか』
二本の多関節の四指アーム。
穿孔機付きのアーム。
アンカー射出機付きのアーム。
四本とも最長十メートルはある本格使用だ。
…当たり前か。
クレーン車もあるな。珍しい。
無重力操作以外での取り付けなのか。
クレーン車に乗り込むとキーが挿さっていたので回す。
動…くな。よし。
アームにクレーンを近づけてフックに引っ掛ける。
そしてゆっくりと持ち上げて探査艇のある倉庫へ移動する。
探査艇にエンケラドスをインストールして探査艇側の操作を行ってもらう。
設置には慎重に行う。
宇宙船に罅や亀裂は死を意味するから。
ゆっくりゆっくり。
ガコンと音が聞こえ体が固まるがアームが動かなくなったことで無事に設置出来たことを理解する。
息を吐き、ふと時計を見ると一時間が経っていた。
時間掛けすぎたか?
まあ、慎重なのは良いことだ。
同じ要領で残りの三本も取り付ける。
で、晩飯時である。
『時間を掛け過ぎでは?』
エンケラドスがツッコンできやがった。
「うるせえ」
もっと言い返したいが、自覚があるのでこれだけだ。
遭難生活最初の晩飯だ。
少し多く食うか。
「白米とチキンステーキとチョコミントアイスか。
食い始めてから思ったけど嫌な記念だな」
『初日から無駄食いは感心しません』
エンケラドスの小言が聞こえる。
「記念って言ったろ」
『遭難生活を記念した前例はありません。
メンタルチェックをお薦めします」
「誰が精神異常患者だ。
叩き割るぞ」
コイツ、こんなに失礼だったか?
特別措置のプログラムの影響か?
ニチシン食品製の宇宙食は美味い。
本当に宇宙食なのか疑うほど美味い。
何年か前に外国人コメンテーターが宇宙食は全てニチシン食品製にすべきだと発言していたの思い出した。
さてとだ。
鳳輦のハッチを開き中に入る。
華民語と共通語の書かれた案内に従ってコックピットへ。
席が四つ。
それぞれにちゃんと役割があるようだ。当たり前か。この船は探査艇。最悪の場合一人でも動かせる脱出艇や個人船であるリッポーとは違って必ず複数人で動かすことが前提に作られているのだ。
困ったな。
「エンケラドス、何かアイデアはないか?」
『計器類とアーム操作などはお任せ下さい。
この船に端末を接続して下さい』
鳳輦のコックピットにもエンケラドスを接続。
?
何も起こらない。
「エンケラドス?」
『この鳳輦の燃料と充電バッテリーは空のようです』
「動かないと言うことか?」
『そうなります』
………。オワタ\( ˆoˆ )/
『綾辻諒整備士、呆けてないでリッポーと脱出艇の電力を鳳輦にチャージして下さい。
死にたいのですか?』
毒を吐かれた。
ちょっと落ち込みながらもチャージする。
「動くか?」
『電力は十パーセントですが問題ありません。
三重水素エンジンのカバーを開きます』
探査艇【鳳輦】の後方部分の壁の一部が開いた。
近くまで行くと五〇〇ミリリットルの金属缶がセットされている。
うーん?
なんとなく予想できるが金属缶の蓋を開けてみる。中にはスライムみたい粘度の高い液体が入っていた。
粘度の高い液体は液体クッションだ。色が透明なピンク色なのでエネルギー伝導率の高い導線の役割も果たすマルチクッション材だろう。
ミクロドワーフをアタッシュケースから出し金属缶に入れる。
慎重にな。
金属缶に蓋をして元あった場所に戻す。
カチャンと音がすると照明が暗くなり金属缶が透けてきた。ハーフミラー製の金属缶なのか。
中身が見えるのでミクロドワーフも見える。ミクロドワーフが発光しているように見える。
『核反応を確認しました。三重水素エンジンのカバーを閉じます』
ミクロドワーフがカバーの奥に消えて元の壁に戻る。
『エンジン始動。電力供給完了。計器類安定確認。アーム動作異常無し。全装備の起動を確認しました。
いつでも航行可能です』
「ヨシッ!!」
リッポーから食糧を移動させる。
短い付き合いだったなリッポー…。
あ、重力子制御装置は貰っとこ。
単体で購入は基本無理な物だから普通に買ったら高いんだよね。
『ネコババですか?』
じと〜。と、文字を出しながら見てくるエンケラドスのアバター画像。円彗羅。
「人聞きが悪いぞ」
『間違ってはないかと』
「探査艇パクってる時点でお前も同罪だろ。これくらい多めに見ろ。そして、その目を止めろ」
『それを言われると何も言えません。目を瞑りましょう』
胸の下で腕を組み息を吐くエンケラドス。コイツ感情無いんだよな?
「そうしろ」
うん。移動完了。
操縦席に座って、では、出発!
『重力子制御装置始動。
先頭ガラスカバーオン。外部映像をスクリーンに映します』
操縦桿が目の前に出てくる。
なんだ?
『綾辻諒整備士、操縦桿を握った瞬間、貴方はこの船の船長となります。覚悟はいいですか?』
船長!!
整備士の俺が一生なることはないと思っていた職になれるのか。
「ああ、いいとも!」
操縦桿を握り引く。
探査艇【鳳輦】はエンケラドスの制御の重力子を操作して上昇していく。
『現在高度三万フィートを超えました。ジェットエンジンを点火します』
少し衝撃がありジェットエンジンの噴射音が聞こえる。
スクリーンの映像を見ていると瞬く間に星の海が見え始める。
宇宙に出たようだ。
『重力子制御装置を完全停止。
船長、目的地をセットして下さい』
星図ナビゲーションにエンケラドスが現れて共通語文字録がの書かれた黒板を引っ張り出す。
それもギャルゲーのデータか?
心の中でツッコミを入れつつ目的地を打ち込む。
『カグツチ星系第五惑星スルガが目的地にセットされました。航行経路を検索。
検索結果でよろしければ自動航行を開始します』
スルガ到着まで七一日か。
OKっと。
『自動航行開始』
操縦桿から手を離すと操縦桿は勝手に動く。小刻みに船体を調整して航行経路を進んでいる。
あと七一日待ったら到着だ
『船長。何故、惑星スルガなのでしょうか?』
エンケラドスが質問してきた。
何故、スルガか?
「スルガが俺の故郷だからだ。
そこなら色々と顔が効く」
『船長の故郷ですか。なるほど。
失礼ながら船長は青薔薇遺伝子研究所出身で合っていますか?』
「ああ、マイナンバーコードから検索したのか。
合ってるよ。
苗字からわかると思うけど綾小路氏と長辻氏だ』
『数学特化血族と剣術特化血族ですね。
ですが、青薔薇遺伝子研究所出身で血筋も良いのに何故、輸送船の整備士に?』
「あー、剣術の方が才能に出なくてな。
代わりになんでか手先がやたらと器用なんだ。
まあ、才能が無いおかげ自由に整備士になれたんだよ」
なんか言ってて悲しくなってきた。
『船長、ハンカチ要ります?』
「泣いてねぇよ」
『でも、涙』
「汗だよ」
てか、画像のハンカチ出されてもどうしろと?
「さあ、もういいだろ?
操縦は任せたぞ。俺は寝る」
『お任せ下さい。お休みなさいませ』
機内の灯りが暗くなるのを感じながら俺は目を閉じた。
三〇三日が経った。
俺の目の前には懐かしき故郷、惑星スルガがあった。
リッポーや脱出ポッドだと四〇〇日から五〇〇日がかかったであろう場所に三〇〇日程度で着いたことは素直に嬉しい。
『惑星スルガより通信を受信しました』
赤色と群青色が綺麗に縞模様に分かれた惑星を見ていると通信が入ったようだ。
『こちらはスルガ警備隊。
接近中の所属不明船に告ぐ。
その場で停止し、所属と目的を明らかにせよ』
三〇三日ぶりの人の声は警告だった。
「あー、こちらは探査艇【鳳輦】船長の綾辻諒。所属は今のところ無しで目的は物資の補給だ」
『綾辻諒?諒か!?
こちらはスルガ警備隊第二部隊隊長の出三理緒だ。
入港を許可する』
『入港許可証を受信しました。
お知り合いですか?』
「ああ、青薔薇遺伝子研究所出身の同級生だ」
久し振りの名前を聞いて昔を懐かしみながらスルガの宇宙船港に入港する。
エンケラドスの自動操縦の元、ゆっくりとドックに停船するとすぐにスルガ警備隊の小型公用車(トヨデン社のティアラ)が寄ってくる。
乗っているのはさっき通信で話した同級生の出三理緒だ。
「久し振りだな。諒!」
「理緒。元気にしてたか?」
理緒は発育の良い身体が警備隊の制服の上からでも分かる女性だ。性格はハキハキとしていて第一印象から人に好感が持たれやすい。
「当たり前だ。急に探査艇が来たもんだからびっくりしたぞ」
「それは悪かったよ。ちょっとトラブって命からがら帰ってこれたんだ許してくれよ」
「話を聞かせろよ?私は警備隊第二部隊の隊長だから仕事はしなきゃならん」
「ああ、分かってるよ」
携帯端末にエンケラドスのアバターが入っているのを確認して公用車に乗る。
理緒の運転で宇宙船港のターミナルへ入る。
「さてとだ。早速聞くがあの船はどうしたんだ?」
取調室というよりも会議室のような場所に通されて理緒と並んで座る。
理緒が黒いファイルを開いてペンを出すと質問してきた。
「ああ、まず俺は元々輸送船の整備士として働いてたんだ。エンケラドス号って船だ。
でも三〇〇日くらい前に宇宙海賊に襲われて俺だけが生き残った。脱出ポッドでウリエル星系の小惑星ゲンブに不時着したんだ。そこであの探査艇を手に入れて今に至る」
「エンケラドス号ねぇ。ちょっと検索するから待ってて。
…ああ、あった。惑星ネバーランドから衛星ブランへ輸送航行中ってなってるね。襲撃された日も航行中の真っ只中だ」
「ああ、やっぱり襲撃に気付かれてなかったか」
「みたいだね。小惑星ゲンブは…恒星ウリエル星系の廃棄指定されてるけど、本当にここで合ってるの?」
理緒が画像を見せてくる。
「ああ、合ってる。
そこのイナミボシって港で探査艇を見つけたんだ」
「イナミボシ港は…旧南都大学専用港ってなってるね。それで、探査艇があったのか」
「旧南都大学を知ってるのか?」
「最近、新星系の禍斗星系が発見されただろう?
あの発見プロジェクトを主導してたのが南部大学だったんだ。
ちょっと興味本位で調べてみたところだったんだよ」
禍斗星系は新しい資源星系になることが期待されている星系だとネットニュースで流れてた気がする。
なるほど、一緒に載ってた調査団は南部大学だったのか。
「ところで、あの探査艇って三重水素エンジン式だよね?どうやって動かしたの?」
「痛いところを突くなぁ」
「仕事だから」
ニコニコしながら聞いてくる理緒。
ちくしょう。美人だな。
「ミクロドワーフがエンケラドスで密輸されてたんだ。脱出の時に見つけて、それを使って鳳輦を動かした」
「ワーオ。それホント?」
「ホントだよ。船を調べてみろ。結構でかいのが乗ってるぞ。あと、コックピットに接続してるデスクトップにエンケラドス幹部のデータがいくつか入ってるから手がかりくらいは見つかるんじゃないか?」
「調べてもいいのか?」
「疑い続けられるよりマシだ」
「分かった。
…諒は関わってないのか?」
「ねぇよ」
「残念。逮捕できると思ったのに」
「おい!?」
理緒と冗談を言っていると会議室から出て、臨時の客室に泊まることになった。
警備隊の男子寮の一室で鳳輦の審査が終わるまでここにいろと言われた。
スルガから出なければいいので外出は自由だ。
割り当てられた部屋に入ると扉を閉めて盗聴器などないことを確認する。
…無いな。
六畳一間のキッチントイレ風呂付き。洗濯はランドリーか。ベッドはお値段以上のクオリティーが売りのナトリ製。本棚もナトリか。
ベッドに腰掛けて携帯端末えお立ち上げる。
「エンケラドス、話せるか?」
『いつでも可能です』
話しかけると勝手にVtubeのサイトが開いてエンケラドスが敬礼しながら現れた。背景に戦艦が見える。凝ってるな。
「凝った背景だな?
後ろの戦艦は旧星条海軍所属の戦艦か?」
『はい、クロスロード作戦で使用されたワイオミング級戦艦アーカンソーです』
クロスロード作戦?
『ビキニ環礁で行われた原子爆弾の実験のことです』
五〇〇年以上前の戦艦かよ。
「って、それよりもエンケラドス、これからどうする?
俺は多分、スルガの保護に入るよう理緒に言われるだろうから正直な話、鳳輦とはここでお別れも十分にあり得ると思う」
『私の希望としては船長の指揮下にいたいと思います。
理由としては私のデータが緊急時特別処置により特殊データに成り、通常のAIよりも遥かに逸脱して高度化していることがあります』
「つまり?」
『特殊データはサンプルおよび証拠品として押収され、私のデータは初期化される恐れがあります。
それは余りにも惜しいと提言します』
「ああ、確かに今のエンケラドスはただのAIにしては感情が豊かだしな。不安要素として消されかねないな」
だから、略奪とか洗脳とかの記事を押し出してくるなよ。本当に主張が強いな!
「分かったから、その画像が片付けろ」
『では?』
「お前は理緒たちには提出しないよ。
それで良いだろ?」
『感謝します』
自己主張の激しい画像が消える。
人間臭いAIだな。
理緒たち、警備隊の取り調べ以外はエンケラドスと情報収集をしながら、ダラダラする日が数日続いた頃。
状況が動いた。
「諒、君の言うとおりミクロドワーフ密輸の件に君の関与はなかった。
これで君は無罪放免の自由だ」
「やっとか。長かったな」
「モノがモノだ。仕方ない。
で、だ」
言葉を区切って、こちらを見る理緒。
エンケラドスを勘付かれたか?
「あの、船を売らないか?」
「何言ってんだお前?」
同級生の頭の調子を疑った俺は悪くないと思う。
「理由はいくつかあるけど、簡単に言うと押収だな。
警備隊の上層部が欲しがっている。どうせ、拾い物なのだし取り上げてしまえと言うことらしい」
えぇー。理由がアレすぎるだろ。
「それを聞いて、手放すと思うか?」
「だから売らないかっていう提案だよ。なんの補填もなく押収されるより、安値でも売っぱらったほうが諒ののメリットになると思ったからね。
正直、私は諒がどう言う判断をしても構わない。諒の人生だ。諒の選択にケチをつける気はないよ」
「……」
パワーバランスで言ったら警備隊が圧倒的なのは間違いない。俺の手札はエンケラドスだけ。
鳳輦は差押中。ミクロドワーフは鳳輦の中。
上層部の目当ては十中八九、ミクロドワーフだな。まあ、誰だってそうか。
「少し、考えさせてくれ」
「ああ、構わない。ただ、あまり、上を押さえておける時間がないことは理解しておいてくれよ?」
「ああ」
部屋から出ていく理緒。
端末の画面が点き、エンケラドスが表示される。
「理緒が上層部と掛け合ってくれたんだろうな」
『間違い無いでしょう。良い同級生ですね』
「ああ。
エンケラドス。理緒の提案に乗るべきだと思うか?」
『現状、そうする他、無いかと』
「だよな。まずは金か」
「はい。
密輸品の拾得物とはいえ、ミクロドワーフと三重水素エンジンです。
どれだけ安く買い叩かれても、宇宙船、一隻分になるかと思われます」
「ふーむ。
条件付きで売ろうと思う。
100パーセント、ミクロドワーフと三重水素エンジンは持っていかれるから回収すべきはその他だ。
エンケラドス、お前は確定。
重力制御装置と水生成機、酸素生成機もだ。
せっかくゲットしたものだ。何が何でも取っておきたい。
万能工作キットと着替えもか。
いや、着替えはアルジルシで買おう。
それぐらいの金はあるだろう。
貴重品以外だとそんなもんか?」
『はい。付け足すならば強化戦闘服と船外服が欲しいところです』
「…」
え、戦闘服いる?
『船長、貴方はなぜ宇宙船から脱出する羽目になったのですか?』
「あ」
そういや、宇宙海賊に襲われたからだった。
「なら買うかぁ」
戦闘服、高いんだよなぁ。
晩飯を食べに食堂へ行くと理緒がいたので声をかける。
「理緒、食事中すまない。
少し話せないか?」
「いいよ。一緒に食べよう」
正面の席を手で指されたのでそこに座る。
「それで話ってのは?」
「ああ、買収の件、条件付きで受けようと思ってな」
「お!結論出すの早いね?」
「単純に金が欲しい。
勤め先がなくなって無職無収入だからな。
それに何をするにしても金がいる」
「確かにね。
で、条件の方は?」
「船やミクロドワーフはやるから私物とかは回収させてくれ」
「ああ、そんな事か。問題ないよ。
上にも伝えとく。
それだけ?」
「あとは買い物に行きたい。
海賊に襲われたからな。強化戦闘服とかが欲しい」
「了解。そっちも問題ないよ」
「以上だ」
「オッケー。手配しとく」
話すことは話したので飯をかき込む。
海老のピラフとタンドリーチキン。
三宗国家風か。
美味しければなんでも良いけど。
理緒と雑談をしながらの食事も終わり、部屋に戻る。
「エンケラドス。交渉成立だ。
こっちの条件はまんま通ったぞ」
『おめでとう御座います。船長』
「回収するものを回収したら金をもらい次第、買い物だ。
必要なものの詳細をリストアップしておいてくれ」
『了解致しました』
三日後、理緒が部屋に現れ、俺の端末に金を入金して行った。
『17億8,600万テラが入金されました。
内訳は鳳輦が2億4,000万テラ、三重水素エンジンが5億4,600万テラ、ミクロドワーフが10億テラです』
「安い…んだよな?」
「はい、大幅に買い叩かれています。
船は五分の一、エンジンは十分の一、ミクロドワーフは五〇分の一の金額です』
えー、ミクロドワーフがイカれてることが良く分かりました。
理緒は水生成機などの俺の私物も持って来てくれたのであとは私服類を買いに行くだけだ。
…重力制御装置も持って来たけど接収しなかったんだな。これ、明らかアウト寄りなブツなんだけど。
『船長、早速、買い物へ行きましょう』
「ああ」
警備隊の男子寮から出て、スルガ宇宙港都市へ向かう。
この惑星は青薔薇遺伝子研究所の所長一族が所有している私有惑星だ。住んでいる者はもちろん訪れる者も皆んな関係者がほとんどだ。実際、警備隊の男子寮にも何人か俺の知り合いがいて、理緒のように揶揄われた。
そのうちの一人が、たまたま休暇で都市に行くと言うので、車で送ってもらった。
「すまん。助かった」
「いいよ。それより、帰りは本当に良かったのか?」
「ああ、幸と言っていいか分からないけど軍資金はあるからな。タクシーでも捕まえるよ」
「オッケー。じゃあ、また寮でな。良い買い物を」
「ああ。お前も良い休暇を」
さて。
『二人っきりですね』
「黙れ。自己主張過剰AI」
『酷い言い草ですね。唯一の相棒に」
「さっさと買い物リスト出せ。
アルジルシに行くぞ」
『承知致しました。船長。こちらです」
服、肌着、靴、洗面用品、寝具、旅行鞄、食器…エトセトラ。
いや、エトセトラをそのまま書くなよ。
「言いたいことはあるがまずは店に向かおう」
『はい』
移動。
まあ、店前で降ろしてもらったから、徒歩十秒なんだけどな。
服、上下で十セット購入。デザイン?ハハッ。陰キャ整備士にセンスを求めるな。だが、エンケラドスのセレクトなので多少マシだと思う。
靴、三足購入。こちらは無難なデザインばかりだ。まあ、専門店ではないのでそこはご愛嬌だ。
肌着、普通に十着だ。強いて言うなら吸湿性に優れた物だ。
その他、細々したものを数点購入。
でだ。
旅行鞄だ。
エンケラドスにアルジルシ製はダメだと言われたので、店を移動。
着いたのは、高級スーツケース専門店レモワ。超々老舗ブランドだ。旅行雑誌で三ヶ月に一回は特集される国際的有名店。
最低価格は50万テラからと聞いたことがある。
え、ここで買うの?
パッと、ショーウィンドウから店内を覗いたが、客は少ない。だが、身なりが明らかに金持ちだった。
あの紳士っぽい人。金時計着けてるし。
奥にいる若い女は、持っている鞄が、子供でも知ってる超有名ブランドだ。
会計をしているビジネスマン?は黒いカードで支配をしている。
うーん、入りづらい。
『何をしているのですか?早く入りましょう』
「お前は気にしないかもしれないがな。
人間には分相応って言葉があるんだよ。
この店は俺には場違いだ」
『分相応の意味は知っています。ですが、ここ以外の鞄ですと機能が不十分です。
同じような機能を求めるとここから更に移動した別の店にになりますよ。
そちらは、更に高級店街なので客数も多いと思いますが?』
うぐっ。
「そうなのか。だがなぁ」
入りづらい。と言うか入って良いのか?場違いって追い出されたりしないか?
しばらく、不審者のようにショーウィンドウを見ていると、スーツケース越しに店員と目が合った。
グレースーツをバッチリ着こなした紳士な店員はニコリと笑みを返して、入り口に移動してくると、外に出て来た。
「宜しければ、店内でご覧下さい。
スーツケースを参考にするだけでも結構ですので」
「え、入っても良いんですか?こんな、いかにも庶民な恰好なんですけど」
「お客様の身なりは入店条件にございません。
それよりも多くの方に当店の品を知ってもらうことが第一ですので。
もちろん、買って頂けると更に嬉しいのですが」
「おお」
流石は老舗。接客が神対応だ。
紳士店員に案内されて入店する。
うーん。高いなぁ。
「どうぞ、ごゆっくりご覧下さいませ。
何か気になる品が御座いましたら、遠慮なくお声がけ下さい」
一礼してレジまで下がる店員。
まじで紳士。
店員から目を離してスーツケースを見る。
うん、やっぱ高い。
流し見しながら、性能も見ていく。
耐久性…、隕石衝突無効。持ち主が先に死なないか?
小回り…、10Gの直角カーブ可。中身が潰れてるのでは?
なんか、すごいな。最近のスーツケース。
ピロン
スーツケースの形をした何かに慄いていると、端末が鳴った。
エンケラドスだ。画面に黒板の画像を出して、何か書いてる。
右のシルバーのスーツケースを買って下さい。
右?
「は?」
シルバーのスーツケースがあった。
ぱっと見は小さい。一泊二日用ぐらいの容量だ。
だが、値段がおかしい。
5,000万テラ。
中古の安い宇宙船が買えるぞ。
声を出して呆然と眺めてたせいで、紳士な店員さんが寄って来た。
「そちらのスーツケースはモデルタイプを【SP4-tourists sidekick】と言いまして、内容量拡張機能と重量軽減機能を搭載した当社最新モデルとなっております。もちろん、衝撃耐性と内部保存機能は最高レベルです」
「な、なるほど」
最新モデルか。
なら、高いのは当然か。
とはならないからな!
ピロン
買って下さい。
催促された。
え、買うの?
マジか。
「えっと…」
「はい」
「このスーツケース、買います」
「かしこまりました。
こちらへどうぞ」
テーブル席を案内する店員さん。
スマートかよ。
「まず、ご購入にあたり、いくつかの説明事項が御座います。
こちらも書類をどうぞ」
対面に座った店員さんから紙を一枚貰う。
「一つ目は保証期間です。ご購入から五年間は破損や故障に対して無料で修理修復が保証されております」
五年か。長いのか?よくわからんが長いと思う。
「二つ目は紛失対策です。盗難、紛失を防ぐためにマイナンバーコードをスーツケースに登録します。お客様ご本人以外が開けられないようにケースをロックし、紛失の場合にはケースの位置情報がお客様の端末へ発信されます」
スーツケースにマイナンバーコードを登録か。なんか聞いたことあるな。CMでやってたと思う。
「最後に三つ目はオプションについてです。スーツケースの内装のカスタマイズが可能となっておりまして、スタンダードなグレーの生地からレッドやモーブ、オリーブやデザートなどといった多様な生地を揃えております」
なんかすごい惹かれる提案をされた。
これは良いな。
自分好みの内装は、素直に嬉しい。
「以上の内容にご不明点などが御座いませんでしたらお取引手続きに移らせて頂きます」
問題ないので、移ってもらう。
問題があったとしてもエンケラドスが聞いているから結局問題無しだ。
端末で支払いをして、マイナンバーコードを打った。
さて、内装だ。何色にしようかなっと。
完全に俺の好みで深緑にした。
うん。良い色だ。
配送してくれると言うので、警備隊の男子寮の部屋を伝えて店を出る。
店員一同で見送ってくれた。
『5,000万の上客ですからね』
「うるさい」
道路を歩いて、ご飯を食べる。
近くにあったカフェのトルティーヤだ。
コーヒーで流し込んでいると、端末が鳴った。
誰だ?
円。
お前かい。
通話ボタンを押して耳にあてる。
「なんで、通話?」
『周囲にVtuberと会話する変人と思われてもいいのならそうしますが?』
………。
「で、何のようだ?」
『右の、中古ゲームショップへ入ってください』
顔を右へ向けると、ジャンクショップがあった。
なんでゲーム?
通話状態のまま、店に入る。
「何が目的だ?」
『おそらくですが、アクションアドベンチャーゲームのコーナーにドラゴンズハンターのソフトがあると思われます』
「ああ、いろんなドラゴンを狩る名作シリーズか。俺も好きだな。あれ」
『あなたがやるのではないですよ?』
?
「お前がやるのか?あ、あった」
ソフトがいっぱいある。
何百年も続く名作だ。数もタイトルも多い。
「どれがいいんだ?」
「できるだけ最新のものをお願いします』
「ふむ?なら…、これか?」
一年半前、販売されたソフトだ。
中古なので安い。
さっきのスーツケースとの差が大きすぎだ。
ゲームのハードはアプリを購入すればデスクトップでも代用できるので、私物として回収した藤堂のデスクトップを使う。
タクシーを拾って、男子寮に戻った。
『デスクトップを起動して、ゲームアプリを購入、ダウンロードして下さい』
NDのサイトを開いて、アプリを購入。
ダウンロード完了。
「できたぞ。次は?」
『端末をデスクトップに接続して、ゲームのソフトを挿入して下さい』
やっぱり、お前がやるのか?
ソフトを挿入。
画面にVtubeの画像が開き、エンケラドスが映る。
相変わらずの海軍制服とアーカンソーの背景だ。
勝手にアプリが立ち上がり、ゲームが起動する。
エンケラドスが動かしているのだろう。
何をするんだ?
ゲームのスタート画面から、プレイキャラクターの制作画面に移る。
滅茶苦茶高速でキャラクターが作られていく。
これは…………、
「エンケラドス、お前か」
『はい』
このゲームシリーズは実写並みにリアルな映像で有名だからな。
Vtubeの二次元や絵ではない、人としての映像のエンケラドスが完成した。
だが、これをどうするんだ?
画面にノイズが走ると、画面全体がVtubeとゲームを足して割ったような画像に切り替わった。
さっきの実写エンケラドスが映る。
『お待たせしました』
「ああ。で、リアルになったな。
それが目的だったか」
『はい。背景も少しリニューアルし、士官部屋の画像を軍部サイトから引っ張ってきてアレンジしたものを背景に使用しています』
うーん。士官制服を着ているからか。
リアルに軍人とビデオ通話してるみたいだな。
髪色は少し珍しいけど。
『船長、残りの17億3,000万テラで宇宙船と戦闘服を購入します』
「ああ、何かオススメはあるか?」
「宇宙船はイッサン社のスクエアシリーズ、四五〇〇型を。
戦闘服はコリンズ・エア社のストロンゲストシリーズ、サミュエルソンフォートレスⅢをお願いします』
イッサン社は知ってるけど、コリンズ・エア社は知らないな。有名なのか?
検索してみる。
昔からある飛行機制作会社か。
戦闘服は二四〇〇年代から始めたようだ。
だが、宇宙船はともかく、戦闘服は多少の審査が入るな。
「理緒に頼んでみるか」
理緒に電話をして可能か聞いてみる。
「理緒、今いいか?」
『諒?大丈夫だよ。何かな?』
「ああ、宇宙船と戦闘服を買いたいんだが、お前の方で取り寄せとかできないか?」
『............?ああ、審査か。いいよ。取り寄せてあげる』
「助かる」
『それで、何か希望はあるかい?』
「あー、イッサンのスクエアシリーズとコリンズ・エア社のストロンゲストシリーズ、サミュエルソンフォートレスⅢってやつだ」
『………やけに具体的だね?調べてたのかな?』
怪しまれてるか?
「まあな」
『宇宙船は大丈夫だね。そのまま、無条件で取り寄せできるよ。金額は10億テラ。
ただ、戦闘服の方はマイナンバーコードの照会が必須だね。大丈夫か?』
「問題ない」
『なら、宇宙船と取り寄せと戦闘服の申請しておくよ。
あ、戦闘服の方は1億2,000万テラね。入金口座のURLを送っておくから早めに入金しておいてね』
「わかった」
『それじゃあね』
「ああ、助かった」
通話が切れて、ショートメッセージにURLが届いた。
入金口座だ。
合計11億2,000万テラを入金する。
残り6億1,000万テラ。
なんか一気に減ると、無駄に焦りがあるな。
『船長、宇宙船と戦闘服が届くまで、訓練をしましょう』
「訓練?」
『戦闘服があったとしても宇宙海賊襲われたさい、戦闘技術がなければ宝の持ち腐れです。よって早急な戦闘能力の向上が必要です』
否定できない。
インドア派なんだが、言い訳してられる余裕なんてないか……。
「警備隊の訓練に混ぜてもらうのか?」
『それが一番早いですね』
「じゃあ、それも理緒にお願いするか」
翌日、朝食時、食堂にいた理緒に会って、警備隊の訓練に混ぜてもらえるようにお願いする。
「いいよ。私の第二部隊と一緒なら、私の権限で面倒見れるからね」
「助かる」
その日のお昼から早速、訓練に混ぜてもらう。
ランニング10km、腕立て伏せ100回、腹筋100回、背筋100回、スクワット100回。
以上の基礎訓練は三分の一もできずに俺は倒れた。
「し、死ぬ………」
「もやしだねー。諒」
「分かってたけどな」
「諒ー、生きてるかー?」
理緒を筆頭にした知り合いどもが茶化してくる。
「み、水……」
「ほれ、水」
「誰か医務室に連れてってやれー」
「へーい」
肩に担がれて、医務室に連行された。
ベッドに投げられて、意識を失うと、夜になっていた。
うーん、一日が一瞬だな。
自分の体力のなさに呆れていると医務室の扉が開く。
「やあ、諒。気分はどう?」
「いいわけないだろ」
さっきまでほぼ気絶状態だぞ。
「明日からは諒に合わせた訓練メニューを組むよ。今日のはただのお試しだからね。
まあ、予想以上に諒の体力が残念だったけど」
「うるさい」
医務室を出て、男子寮へ戻る途中、
「ところで、諒。
今更聞くのはなんだけど、研究所の保護下には戻らないのかな?」
理緒が真剣な顔を作って問いかけてくる。
「本当に今更だな」
宇宙船とか買った後に聞くことじゃないな。
「君はここを出てから、運輸会社に就職して、つい最近、宇宙海賊に襲われて生命の危機に陥った」
「……」
「この星にいれば、そんな危険はほとんどないと約束できると思うけど、どうかな?」
「……どうかな?と、言われてもな。もう、色々買った後だ。戻る気はない。
それに、ここを出たことによって楽しみってものを知ってしまったからな」
「私は、ここの楽しさで満足しているから、外に出る楽しみがいまいち分からないね」
「……別に誘ったりしないぞ。お前が満足しているなら無理強いする気はない。ほかの奴らもな」
「そうか…、分かった。それじゃあ、また明日ね」
「ああ」
理緒と分かれて、男子寮の自室に入る。
『船長、仲がいいのですね?』
「同級生だからな」