表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/28

10.悪女、弟と対話する。②

「ノア、もう一度私にチャンスをくれ。あんたの姉として、これからはちゃんと向き合うから。だからどうか──こんな私を、嫌いにならないでほしい」


 それは紛れもない本音だった。

 ただ、その真意は少しばかり違う。

 頼むからもう二度といたずらで殺しかけないでくれ────。

 哀しきかな。これは、そんな切実な思いも孕む本音であった。


「これからはたくさん話そう。何か用があれば、私が寝ていても叩き起してくれればいい。勉強だって私が見てあげるから。もう一度、私にあんたのお姉ちゃんになるチャンスをくれないか?」


 ユーティディアの真剣な思いが響いたのだろうか。テルノアが、おずおずと口を開く。

 その小さな口からは僅かに震えた声が漏れ出ていた。


「……僕のこと、好きになってくれるの?」

「ああ。元々好きではあるが、私に出来る限りの愛情を注ぐよ」

「……僕、ずっと姉ちゃんと一緒にお昼寝したかった。姉ちゃんと一緒のお勉強がしたかった」

「それなら大歓迎だ。一緒にたくさん寝よう。私が色んな事を教えてあげるから、是非とも私より賢くなってみせてくれ」


 そして、どうか私の代わりにこの家を継いでくれ。

 ユーティディアはこんな時でも自分勝手な事を考えていた。この国では女性でも爵位を継承出来るよう、十年程前に法が改正されている。そのため、長女であるユーティディアが暫定次期侯爵なのである。

 本人もそれを分かっているので、ここでふと思いついてしまったのだ。

 これからテルノアに英才教育を施せば、いずれ私を超えて優秀になったこいつが爵位を継承してくれるのでは? ──と。

 その考えが正しかったと証明するために、彼女は面倒だという気持ちを振り切って勉強を教える事に決めたようだ。

 まったく。馬鹿なのか聡明なのか分からない少女である。


「……わかった。僕、姉ちゃんに自慢してもらえるような弟になる!」


 ぐすっ、と鼻をすする音が聞こえたかと思えば、無邪気な喜びを纏った声が降り注ぐ。


「応援してるよ、ノア。ほら、さっさと降りて来い。受け止めてあげるから」

「う、うん!」


 ユーティディアがばっと腕を広げると、その胸元目掛けてテルノアが飛び降りてきた。

 いくらユーティディアが歳上といえども、所詮は一歳差。何より彼女は寝てばかりの箱入り娘。そんな少女が、そこそこ高い所から飛び降りてきた少年を受け止められる訳もなく。


「ひゃっ!」

「うぁっ!」


 二人は揃って、雪のカーペットに倒れ込んだ。


「ごめんっ、姉ちゃん! 僕また姉ちゃんのことを……!」

「いてて……まあ、気にするな。これに関してはマジで私のせいだし。怪我はないか、ノア?」

「──うんっ」


 テルノアは、耳まで赤くして心底嬉しそうに笑っていた。



 ♢



「姉ちゃん、ごめんなさい」


 テルノアを見つけたと侍女達の所に連れて行き、彼が体を温めている間に着替えを済ませたユーティディアは、後頭部のたんこぶが侍女にバレないよう願いつつココアを飲んでいた。

 二杯目のココアを飲み干すといった頃合に、湯浴みを終えたテルノアがユーティディアの部屋までやって来て、開口一番に頭を下げたのだ。


「まだちゃんとごめんなさいって言えてなかったから……僕のせいで怖かったよね。本当に、ごめんなさい」


 あの生意気な弟のこのようなしおらしい姿、はじめて見た。

 ユーティディアは目を見開いてはパチパチと瞬きを繰り返す。


「いいよ。だが次はないからな? いたずらはほどほどにするんだぞ」

「うん」

「ほら、こっちにおいで。一緒にココアを飲もう」

「いいの?」

「ふふ。今ならなんと美味しいクッキーもあるぜ」

「……ぷっ、姉ちゃん変なの!」


 悲しげな表情から一転。テルノアの可愛らしい顔には、明るい笑顔が咲いていた。


「──あのさ、姉ちゃん。侍女達は僕のこと全然見つけられなかったのに、なんで姉ちゃんは僕のこと見つけられたの?」


 二人で肩をくっつけて暖炉の前に座り、ココアを飲んで談笑していた時。おもむろに、テルノアが疑問を口にしたのだ。

 咀嚼していたクッキーが口からなくなってから、ユーティディアはテルノアの花のように赤く美しい瞳を見つめ、サラリと言ってのけた。


「なんでって……あんた、昔からいつもあの木に登ったりあの木の周りで遊んでたじゃない。だから屋敷の中にいないのなら、あそこかなって」


 普段は寝てばかりの彼女だが、起きている時とて一日の中に数時間はある。

 その数時間の中で、彼女は幾度となく窓の外の景色──テルノアが一人で遊んでいる姿を目にしていたのだ。


「…………見て、くれてたんだ」


 目を見張ったかと思えばぷいっと顔を逸らし、テルノアは感情を噛み締めるように呟いた。

 だがその呟きは、暖炉で火が弾ける音に負けてユーティディアには届かない。


(そういえば……ノアの笑顔なんて、久しぶりに見たな。これからはちゃんと、姉としてノアを育てないと)


 そしたらきっと、あの未来のようにノアが敵に回る事はないよね?

 まだ安心は出来ないものの、これからたくさん愛情を注いであげたら、きっと恨まれるような事はなくなる筈。そんな考えも、彼女の頭の片隅にはあったらしい。


(全ては引きこもり生活のため。ノアにはちゃんと家を継いでもらった上で、いざという時私の味方として立ち回ってもらおう!)


 打算と本心で動く変わった悪女は、こうして生意気だが可愛らしい弟と仲直りする事が出来たのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ