入ってはいけない部屋
◆ ◆ ◆
ルカはテキパキと丁寧に屋敷の案内をしてくれ、私は自分に与えられた部屋の広さと豪華さに驚きつつも、小さい頃に両親の目を盗んで森を探検したときのようなワクワクした気持ちになっていた。相変わらず、使用人の誰にも会わないけれど、先ほどまでの緊張や恐怖感はない。それもルカが楽しそうに案内してくれているからだろう。
「そして、こちらがですね――」
一際豪華な彫り物のされた両開きの扉の前でルカが急に笑みを引っ込めた。ゆっくりとルカがその扉に触れる。私のトランクは部屋に置いてきた。だから、ルカは身軽になったはずなのに、気分の問題なのか、彼の手の動きは重そうに見えた。
さきほどとは全く違う空気感に私もまた緊張してしまう。
「主のご趣味のお部屋ですので、絶対に入ってはなりません」
私の方をチラッと見て、ルカが続けた。絶対に、という部分をとても強調したように聞こえた。瞬間、扉がとても威圧的に見えて、怖くなる。
「……分かりました」
そう返事をするしかなかった。きっと、私が自ら望んでこの部屋に入ることはないだろう。頭の片隅に置いて、いつか部屋の存在自体忘れるのだ。
「では、レイチェル様もお疲れでしょうから、ティータイムにいたしましょうか」
重苦しい雰囲気が嘘のようにルカの笑顔と共に明るいものに変わった。扉から離れて、廊下を少し行き、彼が別の扉を開ける。
「こちらのお部屋でお待ちください。準備してまいりますので」
そこはまだ案内されていない部屋で、見た感じは書斎という感じなのだけれど、ここでティータイムなんてして良いのだろうか、と思う。
でも、この屋敷に来たばかりの私には何も分からない。大人しくソファに座って待つことにした。
けれど、キッチンはそんなに遠かっただろうか? と思うほどルカが戻ってこない。
立派な木の机に乗ったあの金の置物時計は、どのくらい時を進めただろうか? もしかして、屋敷の中で何か起こったのだろうか? やはり、こんなにも使用人たちと出会わないなんて、おかしい……。
心配になって、私はソファから立ち上がり、一瞬躊躇ってから部屋の扉を開けて、そろりと廊下を覗いてみる。左右を確認してみたけれど、誰もいない。
外に出て、扉をそっと閉めて、ルカが向かったであろう方の角に向かって歩いてみる。廊下に出た瞬間はとても静かだと思ったけれど、いつの間にか自分の足音ではない誰かの足音が聞こえていることに気が付いた。
私の後ろだ。
振り向いた刹那、ぶわっと香る、血のにおい。
「……っ!」
思わず、息を吞む。私の後ろには血だらけの男性が立っていた。まるで頭から血をかぶったような、そんな姿で。
――でも、この方は、雨の夜の。
男性は私が一昨日の夜に雨宿りをさせてあげた方だった。大柄で髪の毛がモサッとしていて、瞳が見えなくて、こちらを見ているのか、何を考えているのか、全く分からなくて、私に、手を伸ばしていて……。
――怖い……!
私は彼の手から逃れ、走り出していた。まさか、昨夜の彼があの冷酷で怪物のような、と言われているリーデンハルク侯爵だったというのだろうか。
「……ッ」
走って、廊下の角を曲がって、逃げ場所を探すけれど、まだどこがどの部屋の扉か分からない。ただ、たった一つだけ分かる部屋がある。あの印象的な扉だけは、あの部屋だけは。
――あった!
部屋の前に立つと、扉がとても大きく見えた。後ろには誰もいない。大丈夫。
――お願いだから、開いて……!
心の中で強く願いながらノブを掴んで勢い良く押す。意外にも簡単に扉は向こう側に開いた。何も考えられず、混乱した頭で部屋に入って、慌てて扉を閉める。
良かった、と扉を背にホッとしたのも束の間、私は鍵を掛けることも忘れてしまうほど、衝撃的なものを目の当たりにした。