幻のたらこパスタ
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お屋敷に戻ると出迎えてくれたルカから逃げるように、リーデンハルク様はリアルウサギの人形を持ってどこかに消えてしまった。
リーデンハルク様がルカまでも避けるとは、ルカはルルとしっかり意見を共有しているらしい。たしかに主に向けられたルカの視線には鋭さが混ざっていたけれど、これも従者からの愛のムチなのだろう、と思う。慕っているからこその。
「主とのデート、どうだったの?」
そう尋ねてきたのは、キッチンでまた一人立ったままティータイムをしていたバルディさんである。今日手に入れた食材をすぐに使いたくて、ルカと共にキッチンに向かったところ、彼と遭遇した。
「デ……、お買い物はとても楽しかったです。リーデンハルク様は、とても……紳士的……でしたし……」
なんだか照れ臭くて、どんどん言葉の終わりのほうが尻すぼみになる。
「ふーん」
「ああ、良かった……、主はレイチェル様のことをちゃんとエスコート出来たのですね」
私の顔を見てバルディさんはニヤニヤと笑い、ルカは心底ほっとしているような表情を浮かべた。私は何かおかしなことを言っただろうか? と戸惑いながら、エプロンを着けて、食材をキッチンの作業台の上に並べていく。すると
「それで? 君は一体何を作ろうとしているの? そのピンク色のは何?」
バルディさんの興味がそちらに移った。つられるようにルカも食材を覗き込む。
「幻の食材、たらこです。スケトウダラの卵なんですけど、すぐに調理しなければならないので、たらこパスタを作ります」
私は腕まくりをして、ストーブに向かった。
まずは大鍋でお湯を沸かす。この生パスタには塩が練り込まれているのでお湯に塩は入れない。パスタを茹でているときにパスタ同士がくっ付かないようにオリーブオイルをお湯に入れる。
ストーブで大量のお湯を沸かすのには時間が掛かるので、その間にたらこを薄皮から中身だけスプーンでそぎ取っておき、パセリは刻んで、フライパンを用意する。お皿も用意しておく。
何度も言うけれど、茹でているときにパスタがとにかく、くっ付きやすいので手でほぐしておくのを忘れずに。
ここからはタイミングの勝負。
まずは、沸いたお湯にパスタを入れて、二分半の間にフライパンに牛乳とバターを入れて煮立たせる。
パスタが湯で上がる直前にフライパンにたらこを投入し、火がたらこに入り過ぎていない間にそこにパスタを投入する。こうすることで、パスタにたらこがよく絡む。
たらこに火が入ったら、パスタをお皿に盛って、パセリを上から掛けて出来上がり。
「バルディさんとルカの分はこちらに。時間が経つとパスタが大変なことになってしまうので、ルルの分は彼女が来たときに作りますね。では、私はリーデンハルク様のところに行って参ります」
パスタが伸びて大変なことになってしまうので、早口で二人にそう告げて、銀のフタを被せたたらこパスタの皿をカートに乗せ、私はキッチンから出た。
「それで? ご令嬢には一体いつ話すつもりなの?」
私がキッチンを出てすぐ、そんなバルディさんの声が聞こえた気がした――。