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拾われ令嬢と拗らせ侯爵 ~辺境の地に住む侯爵様の趣味は○○でした~  作者: 小早川乗り継ぐ/純鈍
第3話 まぼろし食材たらこのパスタと重大ミッション
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リーデンルク様の優しさ


 ◆ ◆ ◆


 一時間半前から並んだにもかかわらず、人形はみるみるうちに売れていき、私たちが手に入れたのはかろうじて、という状態だった。正確には、私たちが最後だった。


 歩き始めるとローブはやはり暑いということで、リーデンハルク様は赤紫色の袋に二人分のローブを詰め直して、左肩に担ぎ上げた。


「帰ったらルルにまた何かを言われそうだ。君には礼を言う」


 市場の中を歩きながら、リーデンハルク様が静かに言った。そして、私はその隣でウサギの人形を抱いて歩いている、のだけれど……


「いえ。――リ、リーデンハルク様は荷物持ちにいらしてくださったのですものね!?」


 リーデンハルク様に人形を持たせてあげたくて、なんだか突然わがままお嬢様みたいになってしまった。


「ん?」


 恐らく、分かってらっしゃらなくて、リーデンハルク様が首を傾げたのが見えた。


「こ、こちらのリアルウサギの人形も、もも、持っていただけませんか? 私はこれから、もっともっとお買い物をするのですから!」


 それでも、ドギマギしながら慣れないわがままお嬢様を続ける。周りに聞こえるように大きな声で、周りに見えるようにリーデンハルク様に人形を押し付ける感じで。


「あ、ああ、わかった」


 やっと私の意図を汲み取っていただけたようで、リーデンハルク様は空いている右手でウサギの人形を受け取り、右肩に引っ掛けるように持った。


 これで、彼は私に荷物を押し付けられて、仕方なくウサギの人形も持っている男性になったのである。


 人形が手に入ったことを実感して歓喜してらっしゃるのか、リーデンハルク様はまた微かに震えてらっしゃった。


 ――ふふっ、また人形を持って、震えてらっしゃる。


 そう思いながら、私は市場の魚屋さんの前で立ち止まった。


「あの、リーデンハルク様、こちらで少々食材を見てもよろしいでしょうか?」

「ああ、好きにするといい。気に入ったものがあれば買おう」


 一緒に立ち止まり、リーデンハルク様は私と同じように魚屋さんの商品を上から覗き込んだ。私が次に何を作るのか興味がおありなのかもしれない。


「ありがとうございます。――これは、なんてことでしょう……!」


 お礼を言った瞬間、私は衝撃的なものを発見してしまい、目を見開いてしまった。


「お嬢さん、分かるんで?」


 私の反応で何を指しているのか理解したらしく、店主の方が私に声を掛けてきた。


「ええ、これはたらこ、というものでは?」


 視線の先にある薄ピンク色の食材。スケトウダラの卵。幻の食材、その名もたらこ。


 塩で漬けているにもかかわらず、水分にも乾燥にも弱く、なかなか保たせることが難しく、市場に回るのはとても珍しい。私も初めて目にした。


「珍しいでしょう? 珍しすぎて誰も買っちゃくれなくて、お安くしておきますよ。必ず、本日中にお召し上がりいただきたいんですがね」


 少し肩を落とすように言う店主の方の気持ちは痛いほど分かる。みなさん美味しいことを知らないから……。なんてもったいないのだろう、と思う。


「分かりました。いただきます」


 私がそう言った途端、いままで黙って見ていたリーデンハルク様が一時的に左腕にすべての荷物を纏めて、ポケットから金貨を一枚取り出し、店主の方に差し出した。


「これで足りるか?」

「はい、まいど」


 店主の方はご機嫌に笑って、私は手に入れたたらこに震えた。


 ――ま、幻のたらこ……!


「ありがとうございます」

「構わない」


 私の言葉にぼそりと返したリーデンハルク様はこの後も私の買い物に付き合ってくださって、私は生パスタや牛乳など、帰ってからすぐにたらこを使った料理を作れるように材料を揃えることが出来た。


 あとは馬車に戻ってお屋敷に帰るだけ、というときだった。


「ねえ、ミスグリード様ぁ、あちらもミリーナに買ってくださらなぁい?」


 まさか、こんなところで、その名前を耳にするとは夢にも思わなかった。


 突然、聞こえてきた若い女性の甘ったるい猫撫で声。思わず、足を止めて、そちらを見てしまう。見るべきではない、と自分の頭が警笛を鳴らしていたのに。


 ――どうして……、ミスグリード様のお屋敷からここは離れているのに……。


 ミスグリード様がミリーナ嬢に何かを強請られていたのは市場ではなく、市場から少し離れた場所にある宝石店の前だった。軒を連ねる高級店の入口には、それぞれ警護のために腰に剣を携えた専属騎士が立っている。


「し、仕方ないなあ」


 そう言いながらもミスグリード様の表情は少し引き攣っているように見えた。それでも、その足は彼女と共に今、店の中に進もうとして、ふと、私からの視線を感じ取ってしまったのか、こちらを向き……


「え……?」


 気が付くと、私の姿をミスグリード様から隠すようにリーデンハルク様が目の前に立っていた。表情は相変わらず見えない。急に立ち止まった私に困惑されているのだろうか? 怒ってらっしゃるのだろうか?


 見えない表情を伺うように私がジッと見つめていると、リーデンハルク様は何を思ったのか、突如として手に持っていたウサギの人形をご自分のジャケットのボタンを二つほど外して首元に詰め込んだ。


 ヒョコッと出ているようで可愛らしいけれど、一体、どうしたというのだろうか。これではあまり荷物持ちで仕方なく持たされているようには見えなくなってしまう。


「今、君の手を取ってもいいだろうか?」


 スッと差し出された大きな右手を見て、やっと、私は彼のさきほどの行動の意味を理解した。私の手を取るのに片手を空ける必要があったのだ。


「リーデンハルク様……?」


 名ばかりの婚約者である私が、リーデンハルク様にエスコートしていただくなんて本当にいいのだろうか? と、私が躊躇っていると


「君は一体、何が好きなんだ? 料理以外に」


 彼は私の左手を優しく取って、そう問いながら宝石店のほうへ歩き出した。


 ――どうして、急に……、もしかして、私が怯えているのに気が付いて……? なんて不器用で、優しい方。


「わ、私はお散歩も好きです。こんな風にお買い物に行くことも」


 そのままリーデンハルク様を挟んで、ミスグリード様とミリーナ嬢の横を通り過ぎる。お二方が私に気が付いたか分からないけれど、私はリーデンハルク様のおかげで微笑みながら歩みを進めることが出来た。


 ミスグリード様であったなら、庶民の市場なんて品がない、と言って行かせてもらえなかっただろう。


「そうか」


 そう言ってリーデンハルク様は、また素っ気ない無口な方に戻ってしまったけれど、馬車まで私の手を離すことは決してなかった。

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