愛あるルルのお説教
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次の日の朝、私が自分の部屋から出て階段を下りていく間に、リーデンハルク様とルルが玄関で何か会話をしている声が聞こえてきた。
「ですから、私は今回は行きませんと申し上げているではありませんか! いくら主の頼み事であったとしても、あれは、そう何度も行かれるものではありません! 主は少々ご自分でも大変な思いをされたらよろしいのです!」
――リーデンハルク様、物凄くルルにお説教をされてらっしゃる?
階段を下りきると声を張り上げるルルの姿が見え、「……くっ」と何かを堪えるリーデンハルク様の姿が見えた。
「おはようございます。一体、どうされたのですか?」
心配になって声を掛けてしまった。主が使用人にお説教されるなど、とても珍しいことだ。これは冗談だけれど、彼女はリーデンハルク様の乳母にも見えないし。
「レイチェル様、おはようございます。朝からお騒がせして申し訳ありません。――実は本日はお昼から隣町でリアルウサギの人形が販売されるのです。それはふわっふわで可愛らしいのですよ。ですが、一つ一つ手作りですから数に限りがございまして、販売開始の一時間、いえ二時間前から並ばないと手に入らないのです。それも寒空の下で、です。それを私に買ってこい、と主がわがままを申されるのです!」
ルルはそう言って頬をぷくりと膨らませながら両腕を身体の前で組んだ。そして、さらに「私はいままでに何度も何度も……、お屋敷のこともあるのに……」とぶつぶつ言っているのが聞こえた。使用人がちゃんと自分の意見も言えるこの環境を私は嫌いではない。
「あの……、私が代わりに参りましょうか?」
本日の予定は特にない。お屋敷の中を探検してもよいのだけれど、リーデンハルク様のお役に立てるのであれば、おつかいを代わりにしても構わない。それに男性が一人で可愛らしいものを買いに行くのは、とても勇気がいるのだろう。
私が代理を提案すると、リーデンハルク様が少し顔を上げて、こちらに期待の眼差しを向けた気がした。変わらぬ前髪のせいで真実は分からないけれど。
「それは……! いけません! レイチェル様がお風邪を引かれたら大変ですから!」
大袈裟に両手を左右にぶんぶん振りながらルルがダメだと言う。
「大丈夫ですよ、ルル。私、案外、身体は丈夫なのです」
ふふっと笑いながら、自分のことを心配してくれる言葉に嬉しくなる。でも、私は大丈夫だ。
「……むむ、レイチェル様が行かれるのであれば、主、あなた様も必ず行かれなければなりませんよ! ご令嬢を町に一人で行かせることも危険ですし、本当に寒いですし、お買い物をされることもあれば荷物持ちも必要ですし!」
うぅぅと唸りながら、ルルがリーデンハルク様にさらに厳しく言う。まるで小さい子供に注意をする母親のようだ。私を馬鹿にしていたメイドたちとは違う。これはきっと愛情なのだ。
「だが……」
「だが、じゃないんです! あなた様は何も分かってらっしゃらないんです! ご自分が逆の立場でしたら、どうお考えになるのですか?」
まだまだルルのお説教は止まらない。
「……わかった」
結局、リーデンハルク様がぼそりと諦めたようにそう言うまで、ルルのお説教は続いたのだった。