彼女の名前はルル
◆ ◆ ◆
ルカに「私はカートを片付けてまいりますので、レイチェル様はお先にお庭のほうへ」と言われ、私は一人で教えてもらったお庭のほうに向かった。
「わぁ……」
お庭へと続く両開きの扉を開けた瞬間、私の目の前には綺麗な薔薇園の景色が広がった。そこにはクロスの掛けられた丸テーブルがいくつか設置され、その上には各々軽食や贈り物の箱などが積まれていた。
「ああ、いらっしゃい、ご令嬢」
「バルディさん」
お庭にはさきほど先にお庭に向かったバルディさんが居て、ここでもまたティーカップでお茶を飲んでいた。そして、彼は薔薇の樹と薔薇の樹の間に立っているアーチを見上げて「これを見てみるといい」と言った。
綺麗な薔薇や設置されているものに目がいって気が付かなかったけれど、そのアーチには白い布がピンと張るようににくくりつけてあって
『ようこそ、レイチェル様。一同心よりお待ちしておりました』
と、とても整った字で書かれていた。
「……ッ」
胸がぶわっと熱くなる。
「これはすべて、リーデンハルク家の領地に住む領民兼使用人たちからの贈り物だよ」
すべてを手で順番に差しながらバルディさんが優しい瞳で言った。
「領民の方々が……っ」
思わず、両目から涙がこぼれてしまう。いままで、こんな風に歓迎されたことはない。
「リーデンハルク家の使用人はみんな、主に救われた領民たちなんだよ。みんな、主に自ら尽くしたいと思って、好きなときに屋敷に来て、屋敷の手入れをしたり、力を貸してくれたりするんだ。あの方は見た目に似合わず、案外お人好しなんだよ」
お屋敷の、ある一つの窓を見つめてバルディさんはふっと笑った。
――やはり、あの方は優しい方なのだ。
人の出入りが激しい理由も分かった。
「ああ、警備なら大丈夫。僕やルカ、それと御者のガイアスが見てるから、変なやつはそれほど入って来ないと思うよ。あ、そういうことじゃないか、君もお腹が空いているだろう? お好きにどうぞ」
「ふふっ」
バルディさんが惚けたように言って、私をクスリと笑わせてくれた。私は涙をハンカチで拭い、「ありがとうございます」と言って、テーブルに置かれた料理たちをしっかりと見てみた。
それぞれ種類のあるサンドイッチにカップケーキ、前に本で学んだことのあるブルスケッタと呼ばれる硬いパンの上に色々な具を乗せて食べる料理、それに似たものが綺麗に並んでいる。
「とても美味しそうですね。――あ! こちらリーデンハルク様も召し上がるご予定だったのですよね? 私、それなのにハンバーグなんて作ってしまって、余計なことを――」
「それは違います」
私が慌てていると、後ろから聞き覚えのある女性の声がした。
「あなたはあのときの……」
視線をそちらに向けてみると、そこにはやはり見覚えのある女性が立っていた。雨夜にリーデンハルク様と同行していた女性だ。小柄で可愛らしい……。そして、今日はメイド服を着ている。
「あの夜は大変お世話になりました。私、ルルと申します。主共々名乗りもせず、失礼いたしました」
そう言って彼女は綺麗にお辞儀をしてみせた。
「ルルさん」
「ルルとお呼びください」
彼女はルカと同じような言い方をする。顔立ちも似ているし、もしかすると血が繋がっているのだろうか?
「レイチェル様、少々、失礼いたします。――先生、そのお茶もレイチェル様への贈り物ですよ?」
私がルルの顔をジッと見つめてしまっていると、彼女は軽く頭を下げて、バルディさんのほうを向いて言った。怒った顔も可愛らしい。
「いいじゃないか、冷めてしまうし。君は本当に可愛くないね」
そう言いながらバルディさんが、ティーカップをゆらりと揺らしながらおどけてみせる。
こんなに可愛らしい女性を「可愛くない」だなんて言えるバルディさんの理想の女性像はレベルが高すぎるのではないか、と思ってしまう。そんな彼をルルは構っても無駄だと思ったのか、無視することに決めたらしい。
「ゴホンッ――レイチェル様、さきほどのお話に戻りますが、ご心配なさることはありません。至極簡単に申し上げますと主は普通のお食事は召し上がらない極度の偏食家なのです」
ルルの言葉には、まるで雷にでも打たれたような衝撃があった。けれど、疑問が残る。
「えっと、あの……」
「おっしゃりたいことは分かります。ご説明をさせてください」
戸惑う私にルルが真面目な顔でグイッと近寄った。