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拾われ令嬢と拗らせ侯爵 ~辺境の地に住む侯爵様の趣味は○○でした~  作者: 小早川乗り継ぐ/純鈍
第2話 とろーりチーズinじゅわっとハンバーグ、それと主の秘密
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勇気を出さないと


 ◆ ◆ ◆


「こちらです」


 そう言いながらもハンバーグを乗せたカートを押すルカは、何故か食卓へと通じる扉を少ししか開けない。まるで、隙間から覗いてみてください、と言うような彼の視線からの合図を受けて、私は中を覗いてみた。


 ――あれは……。


 食卓の椅子には座らず、食卓に置いてあったであろう大きめのウサギのぬいぐるみを両手で持って、微かに震えているリーデンハルク様の姿が見えた。


 ――もしかして、可愛さに悶えてらっしゃる?


 モサッとした髪の所為で表情は見えないけれど、恐らく、そうだ。私も珍しい食材を目にしたときは同じように震えるときがある。


 きっと、ルカはあの素敵なウサギを食卓に置くことによって、たまたま通り掛かったリーデンハルク様をここに留めることに成功したのだ。いえ、誘導に成功したのだ。


「さあ、いまのうちです。参りましょう」


 私の予想よりもとても勢いのある動作でルカは食卓への扉を全開にした。瞬間、リーデンハルク様がビクッと反応し、ウサギをどうにかしようと動いたのが見えた。


 結果、ウサギは主よりも先に主の椅子に座ることになり、


「ルカ、すべて処分しろと命令したはずだが?」


 その主は冷たい口調でそう言ったのだった。けれど、チラチラとウサギのことを確認していることを隠し切れていない。


「レイチェル様からお話があるとのことでお連れしました」


 ルカは強い。主の言葉を無視して、要件だけを言い、自分はお辞儀をして後ろに下がってしまった。ここからは私の戦いだ。


「あの、突然申し訳ありません。お話の前にまずはお食事を作りましたので召し上がっていただけますと嬉しいです。リーデンハルク様のためにお作りしました」


 まずは料理が冷めてしまう前にリーデンハルク様に食べていただかなければ。


「食事なんて――」


 私がカートに乗っているお皿から銀のフタを外すまではリーデンハルク様はそんなことをおっしゃっていたけれど、いざ、ハンバーグが現れると


「いただこう……」


 と静かに言った。


 しかし、リーデンハルク様の椅子にはウサギが座っていて彼が困っているのが分かった。


「あの、私にも持たせていただけませんか?」


 主の椅子の前にハンバーグとカトラリーをセットし、私は彼に両手を差し出した。


「ん……」


 持たせていただけないと思っていたけれど、リーデンハルク様は一瞬固まって、それからそっぽを向きながらも私にウサギを手渡してくれた。そして、自分の椅子に座り、静かにハンバーグを食べ始める。


 私も様子を伺いながら正面の椅子に座った。この席で合っているのか分からないけれど、特に叱られたりもしなかったため、そこで様子を伺い続ける。


 あのチーズがやはり〝ちょうどいい〟ことだけは分かった。切った途端にとろけ出てくるタイプのものだったからだ。


 ――それにしても、あのときと同様に黙々と食べていらっしゃる。


 リーデンハルク様の表情は相変わらず見えない。美味しいと思ってくれているのか、何を考えているのか、察知することが出来ない。黙々とハンバーグが消えていく。


 最終的にマナー通りの沈黙の中、ハンバーグは一欠片もなくなってしまった。


 お口に合いました? などと尋ねられる雰囲気でもない。ルカのほうにチラッと視線を向けてみたけれど、彼から助言を受けられるような雰囲気でもない。


 私が第一声に困っていると、リーデンハルク様から口を開いてくれた。


「好き、なのか?」


 そう言われて、最初は何のことを差しているのか分からなかった。


「え……、あ、はい。私も可愛らしいものは好きです。見ているだけで心がほっこりします」


 よく考えて、彼が私の手元を見ている気がして、そう答える。


「そうか」


 リーデンハルク様の言葉は素っ気ない。私は一体、何をしているのだろうか。彼の好きなものを否定しない、と宣言すると決めたのに。何をモジモジとしているのだろうか。


 ――勇気を、出さないと……!


「あの……!」


 思っていたよりも大きな声が出てしまった。顔が熱い。


「なんだ?」


 彼の冷たい口調が少し怖い。


「リーデンハルク様のご趣味のお部屋のものを捨てないでください」


 ウサギを抱く腕にキュッと力を込めて、私は言った。果たして、今、私と彼は視線が合っているのだろうか。


「なぜ、君がそんなことを言う?」


 リーデンハルク様の口調は変わらない。私は唇をくっと噛んだ。


 ――たしかに余計なお世話かもしれない。でも、でも……!


「私は……! いえ……、私にも、好きなものがあります!」


 バッと私は座っていた椅子から勢い良く立ち上がった。それから、リーデンハルク様のもとにツカツカと歩いていく。


「私は料理をすることが好きです。この二十九年間、いままで、料理をすることを否定されて生きてきました」


 彼の横に立ち、礼儀なんて何も気にせずに発言を続ける。

 

「ですが、こちらのお屋敷に来て、リーデンハルク様に好きなように過ごしていいとおっしゃっていただき、とても嬉しかったのです。初めて救われたのです。それなのに、私の所為でリーデンハルク様は好きなものを隠し、諦めてしまう……。とても悲しいです。私はリーデンハルク様にもお好きなように生きていただきたいのです。そのためならリーデンハルク様に利用されても私は構いません」


 ――たとえ、ご自分の噂を隠すために私との婚約を決められたとしても。


 ああ、偉そうなことを言ってしまった、と後悔して私がリーデンハルク様に頭を下げようとしたときだった。


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