第1話 終わりから始まる物語
森は静かにざわめき、曇った灰色の空から雨が音なく降ってくる。
雨が一粒が、少女のやせこけた肌にあたる。
その少女は迷いの森のなかで、空を見上げた。
「おかぁさん・・・生きてて・・・」
第1話 終わりから始まる物語
「これくらいでいっかなぁ~」
村の真ん中にある小さな川から水浸しの衣類をとりだした少女は
もってきたタオルで汗をぬぐった。
「今日も洗濯物かい?ティアちゃん」
金髪のツインテールをした少女が満円の笑みで元気よく答えた。
「はい!今日はおかぁさん、用事あるみたいなんで一人できました」
ティアと呼んだ中年のおばさんは洗濯物を桶からだして、ほほえみかえした。
「そう、レイナ様によろしく伝えておいてね」
ティアはにこやかにほほえんだ。
村の皆からティアの母親は「様」付けをされていた。
昔からそう呼ばれていたことで違和感は感じなかったが、
自分自身そのことについてよくわからない。
村の人、遠方からの客ももちろん、ティアの母親を訪ねにくるひとが多かった。それがなぜかもわからない。
ティアと母親は二人暮らしであった。
父親は十年前のこの世界で起きた歴史的戦争「真実の千年戦争」
が終わったすぐにふたりを置いて旅にでたという。
そのわけもわからない。母親はとても大事な用事だからおわったらかえってくるといっていた。
でも、11才になったティアはまだ父親の顔をわからないままであった。
その小さな村のはずれに二階立ての木の家がティアの家である。
ティアは洗濯物の入った桶を両手いっぱいもちながら、
家にむかって歩いていると、その玄関から母親と背の高い男が姿を現した。
母親がティアをみつけるとにこりと微笑みながら
「おかえり。ごめんね、いっしょにいけなくて」
ティアは首を横にふりながら
「ただいま、おかぁさん。ご用事おわったの?」
ティアは背の高い男を目を向けた。
赤い髪の毛、長い耳と鋭い目つき、長い灰色のコートを着ていてた男は、腰にレイピアのような細剣を携え背中には布包みにされた若干大きな剣を背負っていた。
ティアはその姿に圧倒されながらも
「は、はじめまして・・・です」と深々と礼をする。
赤い髪の毛をしたその男は無表情のまま、こくりとうなずいた。
「ゼフィド・・・ちゃんと挨拶なさいよ、私の娘よ」
レイナはコートの裾をひっぱると、ゼフィドは眉をひそめた。
「すいません・・・レイナ様」
ゼフィドは目線の下にいる少女をみながら
「どうもな・・・私は子供が苦手なんでね」
といって、ティアの横を通り過ぎながら手を振り去っていった。
ティアは男の去っていった道をみながら
「なんか・・・恐い人・・・」
とつぶやいた。
空は相変わらず曇っていた。
レイナは空をみながら意味深な表情をする。
(私の嫌な予感が当たらなければいいのだけど・・・)
暖炉でパチパチと音を鳴らしながら、火はやさしく部屋を包み込んでいた。
ベッドで横になりながら、レイナは窓の先の夜空をみていた。
するとベッドの下のほうからひょっこりと顔をだした少女がレイナをみる。
「どうしたの?ティア」
ティアは何も言わずに母親のベッドに入り、にっこりと微笑んでみせる。
レイナはティアに微笑み返した。
「あら、まだまだあまえんぼうさんね」
レイナはティアの頭を優しく撫でる。
「おかぁさん・・・いつお父さん帰ってくるの?」
その質問にレイナは目を丸くした。
冷や汗をかきながらティアの視線をそらす。
「そ、そうね・・・も、もう少し先かしらねぇ」
ティアは寂しそうな顔しながら母親の服の裾を握る。
「ティアはおかぁさんだけじゃだめ?」
ティアは首を横に振りながら
「ううん、おかぁさんのこと大好きだから、おかぁさんだけでいい」
レイナは微笑みながら
「おかぁさんもティアのこと大好きよ・・・それと」
一つ間をあけると
「この世界のことも大好きよ」
ティアは首を傾げながら小さく唸る。
「おかぁさんはね、この世界にある自然や生き物や大地、空、世の中に存在するものすべてが大好き。だからね、ティアもこの世界がどういう形になったとしても絶対に嫌いになっちゃだめよ・・・それとあと一つ」
レイナはティアをだきしめながら
「どんなことがあっても人を憎んだりしちゃだめ。その人が信じられなくて最後まで信じてあげる。どんなに憎くても許してあげるのよ」
暖炉の火が小さくなっていく・・・
その明かりとティアの笑顔が重なりながら、再度レイナはティアを抱き締める。
(神よ。この子だけでも・・・普通の女の子として人生を歩ませてほしい。父親と同じ道だけはどうか・・・)
まだ夜も更けてないのに窓から赤い空がみえる。
レイナは外の騒がしい音に気づき、窓から顔を出す。
村が・・・燃えている。
ついに来た・・・「聖騎士狩り」が・・・
神はレイナの声が聞こえなかったようだ。
家の外から中年の男が大声で言う。
「レイナ様!!暗黒騎士が!」
レイナは目を丸くする・・・心臓の速度が速くなる・・・
これは私への罰なのか・・・
「おかぁさん・・・どうしたの?」
ティアは目をこすりながら母親の元による。
「ティア・・・ごめんね・・・」
レイナは泣き崩れながら、自分の罪と罰を呪った。
「おかぁさん・・・?」
ティアは今何が起こっていることさえまだ把握してなかった。
先に逃げなさいと母親がそう言い残し、ティアを置いてどこかへいった。
一階の食卓の部屋におりてティアは窓から外をみると
「え・・・嘘・・・」
焦げくさい臭い、村人の死体、全身鎧を着た人達がなにかをさがしてるようにみえた。
それを見てティアはこの村が襲われていることに気づく。
血の気が引く・・・心臓の鼓動ははやくなり、手の震えが止まらない・・・
「にげなきゃ・・・私も殺されちゃう・・・」
そうだ、裏口から逃げれば・・・近くの森にまぎれたらきっと・・・
すると家の外からドアが開く音がする。
(おかぁさん・・?)
ティアは玄関のほうを小さく身をかがめ、顔をだしてみる。
「あれは!!?」
そう、この村を襲っている全身鎧をした者達が入ってきていた。
漆黒の鎧、背丈程ある鎌と大きな両手剣をつけている者もいた。
数は・・・4、5人。
見つかれば確実に殺される・・・。
顔を引っ込めて、この後どうしたらいいかと考えていた時だった。
ティアの口はいきなり後方から塞がれる。もう片方の手で体の動きを封じられた。
ティアは身を震わせながら、目から涙がこぼれ落ちる。
(しまった・・・!後ろのこと・・・こ、殺される!?)
ティアの目線が横をみると漆黒の鎧が見えた。
(だめだ・・・あいつらだ。このまま私しんじゃうの・・・)
「ティア・・・おかぁさんよ、声出しちゃだめ」
すると意外にもティアの口を塞いでいたのは母親のレイナだった。
レイナは両手を外した。
優しい顔をしている母親には似合わないその漆黒の鎧と漆黒の大きな両手剣がティアの目に入った。
「おかぁさん・・・なんでそんな格好・・・」
レイナは小さく一回ため息をつきながらティアに優しく微笑む。
「できるだけみてほしくなかったけど・・・おかぁさんがオトリになってる間にティアは逃げなさい。おかぁさんちゃんと後で追うから」
ティアはレイナに飛びつく。
ティアの涙は冷たい漆黒の鎧の上におちる。
「ほんとに?絶対だよ・・・おかぁさん死んだりしないで・・・」
ティアはぼろぼろと涙をこぼす・・・
レイナもまた涙を堪え切れず、ティアを強く抱き締めた。
「おかぁさん、これでも強いから・・・後で会おうね」
レイナは立ち上がると背の両手剣を構え、玄関のほうへ姿を現した。
「来い!!貴様らの相手は私だ!!」
ティアは数日、飲まず食わず森から森へと逃げ回る。
できるだけ遠くへ・・・
町さえ見つかれば・・・しかし森の中だけに方向感覚を失い、
森からでれない。
まだ幼いティアにとってもは至難のことだった。
空腹の感覚がどんどんとなくなっていく。
たまに吐き気を起こし、よろめきながら倒れることもあった。
雨が降ってきた・・・
「おかぁさん・・・生きてて」
第1話終わりから始まる物語 終わり
第2話認めたくない現実・・・そして旅立ち 続く