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秋の桜子の物語集

秘めごと。たんぽぽ綿毛の恋占、ひと息で飛ばす。

作者: 秋の桜子

 フラフラとした気分で、ムシャクシャしながら、石を蹴り蹴り歩く庭では、池に住むカエルが能天気に、ゲロロケロケロ鳴き声が騒がしいのです。頭の中では、なぜだがお寺の鐘が鳴っております。


 はぁぁ、ため息が出ました。何故だか。


 情けないのでございます。

 悔しいのでございます。

 ふくれっ面なのでございます。


 庭の玉砂利を蹴り飛ばし進めば、飛んで行った先の松の下に、庭師が抜き忘れたであろう、西洋たんぽぽが花束の様に天に黄色を主張をし咲いております。その隣には、白いボンボンの様な綿毛のたんぽぽがひと株。近づきしゃがみ込むと、そろりとそれを摘み取りました。


 西洋に詳しい叔父様の声が蘇って来ます。


『たんぽぽの綿毛で恋占をするんだよ』


 好きだったのかしら?叔父様の事を。歌集にある様な血潮が熱持つ、初恋とやらを、知らぬ内に私はしていたのかしら?


 まさかの叔父様に?


 キューピット、キューピット、ツイツイ、燕尾服を着込んだ燕が高く低く弧を描き、空を飛んでおります。




 叔父様が表通りの『恋色堂』からお求めになられた、金平糖の紙袋を上着のポケットにおひとつ忍ばせて、ふらりとお父様をお訪ねになられたのは、庭の紅葉が青葉を繁らせ、池のカエルがゲコゲコ鳴く季節。


 ポケットの中迄、何故知っているのか、それは私のお土産だからなのです。お優しい叔父様は姪っ子の私に、必ず買ってきてくださるのです。


「おじさま、ごきげんよう」 


 小さいときから訪れた叔父様を出迎えれば、頭をポンポンと撫でられた後で、紙袋をひとつ、私に手渡して下さるのはお約束。


 振り下げ髪の時も、三編みに垂らしている時も、女学校へ通う年頃になり、後ろでひとつの三編みを作り、それを形作りリボンを飾る流行りの髪型『マガレイト』の今になっても、ずっとお土産は金平糖。


「私が運びます」


 お台所ではとても良い香りがしていました。叔父様のお好きな珈琲。それとビスケットの菓子皿。帆立貝を模したガラスの器にはスグリのジャム。


 気をつけて下さいませ。小さい頃から変わらぬ心配性のばあやの声。少しばかりムッとするのは、子供扱いされていると思ってしまうから。


 四角のお盆を持ち、お父様達がくつろがれている、日当たりの良い客間へと向かいました。ティーポットには今日は紅茶では無く、芳ばしく香り高い豆の香りが、私の心を少しばかりくすぐります。


 あの日の香りと同じ。

 桜咲く季節、叔父様と入ったお店と同じ。


 お父様にもお母さまにも、お友達にも、秘密にしている小さな出来事。




 ――、「婚礼前の娘さんが、友達と別れ、身内でも独身の男と二人っきりでお茶をするのは、どうかと思うよ」 


「あら、叔父様がお茶でもしないかって、お声をかけて来たんじゃありませんか」


「まさか君だったとは、思いもしなかったんだよ、参ったな。兄貴には秘密にしておいてくれ」


 街路樹の桜が咲初めの休日、女学校のお友達に誘われ街歩きを楽しんでいた私。書店、小間物屋、路上の露天。歌集や小説、リボンに半襟、びいどろ玉の帯飾り、品物を覗いて手に取り、気に入れば買って。さざめいて楽しんでいた午後。


 独りが青にするが赤にするか。流行りの蜻蛉玉の帯飾りをさんざ、悩むのに私は付き合いきれなくて、店の外に出て桜の花を見上げつつ、待っていたその時。


「お嬢さん、お暇ならお茶でも?」


 声をかけられ振り向けば。


 しまった!と顔を歪めた叔父様。


 クスクス。フフフ。私達を見下ろし、ひんやりとした春風に揺れる頭上の桜の花達。





「お父様やお母様の仰る通り、遊び人でしたのね」


 パーラーで私はアイスクリーム。叔父様は家に来られた時と同じ珈琲。それぞれ、喋りながら口にしています。


「美しい御令嬢と、お茶をするのが楽しみなんだよ」


「まあ!叔父様に美しいと言われたのは、初めてですわ」


 銀の匙でアイスクリームをすくいながら、茶化すように答えました。


「う……、後ろからだったから、娘さんになったね」


「後ろから?すると私は前から見れば、醜女なのですか?」  


 カチリ。匙を噛んで恨めしく言ってみます。ぶっほっ!むせられた叔父様。


「何を言い出すんだ。大人をからかうものでは無い」


 ハンカチを取り出すと、あちこち慌てて拭いておられます。見たことがないその姿に、どきどきとする私。それから他愛のない話を色々しました。


 洋行帰りの叔父様のお話はとっても面白く、時間が経つのも忘れるぐらいでした。


 それだけ。女学生の私と、気楽な独り身で過ごされている叔父様との間の小さな秘密。


 桜の花が咲き始めた、休日の午後に出来た秘めごと。




 ――、カチャカチャとカップが鳴る音。ドアの前で片腕に滑らし、胸に抱える様に持ち直すと軽くノックをしました。お父様のお声に返事を致します。


「お茶を運んでくれたんだね、ありがとう」


 ドアノブがカチリと開いて、内から開けられましました。叔父様が開けて下さったのです。


「ごきげんよう、叔父様」


 運ぶよ、気さくにお盆を私から受け取る叔父様。ご挨拶をしてお二人の給仕の為に、後ろをついて中に入りました。


 珈琲をカップに注ぎます。お二人の前にそれぞれに置きました。私の所作を見、満足そうなお父様はご機嫌なご様子で話しかけて来られます。


 白いテーブルクロスの上には何時もの店の紙袋。中身は金平糖。


「ありがとう。園子や、良い話を教えてあげよう」


「ビスケットにはスグリのジャムを添えて召し上がって下さいましね。何かしら?お父様」


 帆立貝の器に手を掛けた時でした。


「淳之介に好きな女が出来たそうだぞ、話がまとまれば、婚礼となる。目出度い!その時はお前に、三三九度の雌蝶をしてもらいたいそうだ」


 ……、なぜかしら。私の世界が、バリーン!と音立て割れた気がしましたの。


「それは……、おめでとうございます、叔父様」


 ほぼ、棒読みで答えた私。


「早速、振り袖を作ろうか。それとも流行りの洋装が良いか?」 


「兄さん、まだこれからの話だよ。相手の家に許しを貰わないと……、相変わらずせっかちだなぁ」


 お父様のそれに苦笑する叔父様の言葉が、遠くに聴こえるような私。独り異国にいる様な、知らぬ家に連れ込まれた猫の様な。一人ぼっちの気分に襲われておりました。


 そこからどんなやり取りをしたのかは……。


 あまり覚えていません。




 気がつけばお庭に出ていました。袂の中には手渡され落とした紙袋がひとつ。いつ手渡されて、何時、袂に落としたのか覚えていません。


 しゃがみ込み綿毛を眺める私。何故だかムシャクシャしています。そもそも叔父と姪は、血が近いので結婚等もってのほかですが。



 何故だか、ムシャクシャしているのです。

 何故だか、とても悔しいのです。

 何故だか、馬鹿みたいと思ってしまうのです。



 タンポポの綿毛で恋占。 


 それは、「好き、嫌い、好き……、」と交互に唱えながら綿毛を吹き、思い人の愛情の深さを占うというものだそうです。


 ひと息ですべての綿毛を飛ばすことができれば、


 情熱的に愛されている。


 いくつか残れば、多少の不誠実。  


 たくさん残れば、無関心。 



 好き、嫌い、好きは、省く事にしました。

 叔父様の恋のお相手の、お心うちを占う事にしました。


 ジリジリ焼けるようでシクシク痛い胸の中に、青葉の匂いを纏う空気をいっぱい、入る限り吸い込みました。


 能天気なゲロロゲロロが、知らぬ間に恋をして、知らぬ間に恋破れたらしい、私の事を笑っているかのように聴こえます。


 なのでとっても、ムシャクシャしているのです。



 チロチロ、摘み持つ銀白色の綿毛が、幽かに震えて揺れています。それを眺めながら唇を尖らして。



 ぜんぶ残ってしまえと願ったのは。



 私の小さな、秘めごとですの。


 終。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘くてほろ苦い初恋 若いっていいなあ [気になる点] たんぽぽ占い、かわいいけれど肺活量テストのようでもある かわいいけれど
[一言] 甘い。甘〜いですね〜。 そして少しほろ苦くもある失恋ですか。 でも、叔父さんですからね〜〜。
[良い点]  小さな恋がこの世の全てであると思えるほど重たいのは、初恋の特権ですね。  そのような悲しい思いを重ねながら、それでも誰かを好きにならずにはいられないんですよねぇ。
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