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世界の構図

ライングレッド王国は、二つの大国に挟まれる形で立地している。

そしてこの王国を挟んでいる大国というのが、それぞれ『デ・ヘカテス連邦』と『ダイナディア帝国』。いずれも我が国にとっては敵対しがたい超巨大軍事国家である。


オマケにデ・ヘカテス連邦は軍事力を用いた領土拡張に並々ならぬ興味関心をお持ちだということだ。

ならば大した軍事力など持ち合わせていないライングレッド王国など、とっくの昔に連邦に侵攻侵略、そして吸収されていてもおかしくないと思うところだが、幸いなことにライングレッド王国はダイナディア帝国と同盟を結んでおり、ライングレッド王国はダイナディア帝国の強力なバックアップを盾にすることで、連邦の脅威から身を守ることに成功している⋯⋯


と、私はこの世界の歴史書から学んだ。

なお、ライングレッド王国の総兵数は10万人。戦国乱世真っただ中であることを考えれば少なすぎる。


デ・ヘカテス連邦の兵は驚異の2億人。そしてダイナディア帝国は1億人。

これだけ聞けばデ・ヘカテスとダイナディアの間にも格差があるように聞こえるが、ダイナディア帝国には『聖十字騎士団』という一人で1千万の軍勢に匹敵するとも謳われる魔法騎士が10人おり、その他にも相応の実力者が多数、軍に名を連ねている。


一騎当千という前世の言葉が示す通り、1人の圧倒的な個の力は雑兵1000人にも勝る。

よって武力ではむしろダイナディア帝国が上回っていると言われているのだ。


「マリー。随分勉強熱心じゃないか」


自室にて、世界の兵力に関する文献を読み漁っていた私に声をかける男が一人。

整った顔立ちに黒い軍服を着た青年、彼は私の兄であるローディウスだ。

今年で17歳になる彼はライングレッド王国の次期国王としての勉学に日々励みながら、周辺国との交渉や軍の指揮なども同時並行で行っている。私が17歳の時は、薄汚れた机に教科書を広げて大学受験という名の戦争に立ち向かわんとしていたが、彼が直面しているのは文字通りの『戦争』だ。


「世界の動向に興味があるのかい?」


そういう彼は「賢い妹を持って幸せだよ」と言って、自室の書斎に戻っていった。

因みに、ローディウスに魔法の才はない。勉学は幼い頃から叩き込まれているだけあって優秀だが、それでも国家軍術師を目指せるだけの才があるかと聞かれれば、恐らく難しいだろう。

だがそんな彼の背にはライングレッド王国の未来が背負われている。そのプレッシャーたるや、日々踊りと料理、たまに楽器の演奏くらいしか要求されない私とは雲泥の差であろう。


すると書斎から、ローディウスが誰かと話す声が聞こえて来た。


「デ・ヘカテス連邦は、ライングレッド王国を何としても自身の領地にしたいと考えている。彼らの最終目標は世界征服だ、そのためには最大の障害になる超大国ダイナディア帝国を潰さないといけない。でも、その間にダイナディア帝国と同盟関係にある僕たちライングレッド王国が存在している。それが奴らにとっては頭痛の種、いうなら目の上のたんこぶなんだ」


ライングレッド王国は、世界秩序を守るための非常に大きな役割を果たしている。

領土拡張、戦争上等の覇権国家、デ・ヘカテス連邦がダイナディア帝国との全面戦争をするに至らないのは、事実上のダイナディア帝国傘下にいるライングレッド王国を間に挟むことで、ダイナディア帝国が地政的に大きな優位を取っているからなのである。

すると深みのある老人の声がその後に続いて聞こえて来た。


「我が国からはダイナディア帝国から派遣された聖十字騎士団の一人、ギルガード殿がデ・ヘカテス連邦に睨みを利かせております。加えて、我が国が所有している三つの砦『クレバス』『サニイ』『ハーバル』の三カ所からいつでもダイナディア帝国とライングレッド王国の軍勢を出発させる準備も出来ておりまする」


クレバス、サニイ、ハーバルとはかつてライングレッド王国を守護した英雄の名から名付けられた砦のことで、この三つの砦がデ・ヘカテス連邦を囲むようにして立地しているのだ。

その三つの砦に見つからずにライングレッド王国への侵攻を行うことは事実上不可能。そして三つの砦のいずれかにデ・ヘカテスの軍が侵攻しようものならライングレッド王国から直ちにギルガードが敵勢の排除に向かうことが可能だ。そして侵攻で手薄になったデ・ヘカテス本国を残りの二カ所の砦を起点としてダイナディア帝国が攻撃することも可能になる。


つまり、この三つの砦がデ・ヘカテス連邦にとっては何としても排除したいライングレッド王国、付け加えるならダイナディア帝国の絶対的なストロングポイントなのである。


「しかし⋯⋯先日妙な噂を聞きましてな。何でもデ・ヘカテス連邦の高官が極秘に隣国のペルドット共和国に向かったとのことですぞ」


「⋯⋯? それがどういうことなんだ?」


素っ頓狂な兄の声を聞いて、思わず私は手に持っていた軍事書を地面に投げつけた。

余りにも察しが悪すぎる。こんなことでは有事の際に後れをとること間違いなしだ。

若いとはいえ、少し兄には大局を見る目が不足していると言わざるを得ない。


「ローディウス殿。ペルドット共和国は古来より我が国と並んでダイナディア帝国と友好な関係を結んできた同盟国です。しかし、この世界情勢の中でまるで人目を避けるようにデ・ヘカテス連邦の高官を招き入れるなどただ事では御座いませぬ」


ペルドット共和国は、立地的にはライングレッド王国の第一の砦クレバスに隣接するようにして存在している共和国だ。この国もダイナディア帝国とは同盟関係にあり、この三つの砦とペルドット共和国を合わせた四点で、デ・ヘカテス連邦を抑え込んでいる状態なのだ。

なおダイナディア帝国は、ライングレッド王国とペルドット共和国との間で友好の証を兼任した不可侵条約を結んでおり、一応はライングレッド王国とペルドット共和国も両国の間で友好条約を結んでいる。


ただし、この両国はお互いに不可侵条約だけは結んでいない。

何故ならこの両国はダイナディア帝国による同盟関係がなければいつ戦争を起こしてもおかしくない程に、古来から険悪な関係が続いているのである。


「ペルドット共和国は、百年前に我が国に一度侵攻いたしました。そして当時その軍勢を打ち破ったのが砦の名前の由来にもなったクレバス、サニイ、ハーバルの三人の騎士と魔法使いで御座います。その際に我らは当時ペルドット共和国の領地であった砦、今のクレバス砦に位置する領土を奪うことに成功いたしました。しかしそれが現在も、両国の仲を険悪化させている一因で御座います」


ペルドット共和国は、未だにライングレッド王国がクレバス砦を統治することを認めていない。

だがこちらも、ペルドット共和国がライングレッド王国を侵攻しようとしてきたことに対して相当な嫌悪感を抱き、また侵略に対する正当防衛を理由にクレバス砦を保持することを正当化している。


「ペルドット共和国はクレバス砦の奪還を悲願としており、それが未だに我が国とペルドット共和国で相互不可侵条約を結ぶに至らない理由であるのは明白でしょう」


「そ、そうだったんだ⋯⋯知らなかった」


知らず知らずの内に、チッと舌打ちしてしまう私。

母に見られればみっともないと叱責を受けたかもしれないが、知ったことではない。


この体たらくでは、デ・ヘカテス連邦の高官がペルドット共和国に極秘入国したことの重大性も理解出来てはいないだろう。クレバス砦の奪還を悲願とするペルドット共和国と、4点の監視地域を設けられダイナディア帝国の監視に苦しんでいるデ・ヘカテス連邦。この両国の目指す思惑は一致しているのである。

ペルドット共和国とデ・ヘカテス連邦が仮に極秘裏に友好関係を結べば、ライングレッド王国とダイナディア帝国にとっては一大事だ。


「⋯⋯今日は、このくらいにしておきましょう。では私はギルガード殿とお話に行きまする」


すると書斎から、長身の老人が現れた。

彼の名はバルグ。ライングレッド王国の参謀であり、軍を指揮権を委任されている統括官である。


「もしやマリー殿。先ほどの話を聞いておられましたかな?」


この男は鋭い。嘘を言ってもすぐに見抜くだろう。

恐らく私が、兄に見えていない部分も見えていることを薄々感づいているはずだ。


「ペルドット共和国とデ・ヘカテス連邦が手を結べば、4点の監視地点の内の1点が自然に陥落し、地政的にもクレバス砦を守ることが非常に難しくなりますわ。そして仮にクレバス砦をデ・ヘカテス連邦の後ろ盾の元にペルドット共和国に侵攻された場合、ライングレッド本国への侵攻も避けられなくなります。そうなれば私たちはデ・ヘカテス連邦とペルドット共和国の連合軍と対峙することとなり、この国の崩壊はほぼ避けられないものとなるでしょう」


付け加えるならダイナディア帝国が誇る聖十字騎士団の一人であるギルガードでも、その局面を打開することは難しいだろう。となると、ダイナディア帝国は下手に戦わせて大事な戦力を失うよりもライングレッド王国を捨ててギルガードを撤退させる手を打つ可能性すらある。そうなれば、我々が生き残る術は限りなくゼロになる。


「ペルドット共和国がダイナディア帝国との同盟を破棄し、デ・ヘカテス連邦と手を組めば真っ先に攻め入られるのはこのライングレッド王国。そうなれば最悪のシナリオでしょう」


「その通りでございます。何としてもデ・ヘカテス連邦とペルドット共和国が手を結ぶ事態を阻止せねば、ライングレッド王国に未曽有の危機が訪れるでしょう」


恐らくバルグは、ペルドット共和国へローディウスに対話して欲しいのかもしれない。

古来からの宿敵なのは周知とはいえ、ダイナディア帝国との同盟関係がある手前この状況を放置するわけにはいかない。そんな彼の危機感がにじみ出るようだ。


「私が、ペルドット共和国に行きましょうか?」


すると、バルグはフッと笑い首を横に振る。


「マリー殿にそのような危険な役目を任せては参謀の名折れで御座います。万事、このバルグにお任せください。この危機を乗り越えて見せましょう」


恐らく、彼がペルドット共和国と対話をするのだろう。

だが、かの有名なハンムラビ法典の一説『目には目を、歯には歯を』の原則に則れば、ペルドット共和国の考えていることなど容易に想像できる。彼らは我々を敵とみなしており、クレバス砦を奪い返したいのである。たとえそれが、同盟上の仮想敵国家と手を結ぶ羽目になったとしてもだ。


「バルグ様、一つ私から忠告差し上げます。ペルドット共和国を同盟国と思ってはなりませんわ。仮想敵国として、手に刃を隠し持って対話されることを願っております」


すると、彼は軽く私に礼をして部屋を出て行く。


そしてその日の内にバルグは、ペルドット共和国との対話のためにライングレッド王国を発った。

それを見送りながら、私は脳裏にある計画を立てる。


思えばこの異世界での数年間で、改めて前世の偉大なる発明品の恩恵を感じていた。

数十キロ先の目的地にも車があれば一時間で着くし、飛行機に至っては人間では到底成しえない空を飛ぶという快挙を成し遂げた。


だが、異世界にそんな物など存在しない。


石油もないし、エンジンなんぞオーパーツ扱いされて祭壇に祭り上げられかねない世界である。

やれ揚力だ、ベルヌーイの定理だと叫ぼうと呪文の一種だと勘違いされ、『マリーちゃんは面白い子ね』などと言われる始末。この世界に物理学者の類はいないと思い知らされた。


ということで、現状この世界には馬車以外のロクな移動手段が無いのである。

だがかつてライト兄弟が空を飛ぶことを成し遂げるまで、前世でも空を飛ぼうとする人間を変人扱いしていたのも事実である。ならば、私がその先駆者になって見せようではないか。


自室に仕舞ったマル秘ノートには『飛行方法の発明方法』と書いてある。

この世界にて魔法を用いた飛行にはまだ誰も成功していない。だが、私には潤沢な魔力と前世の知識がある。ならば不可能を可能にして見せようではないか。


私は今日より、飛行魔法の発明を始めることとした。

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